10月21~23日にかけて、スピードスケートの今シーズン国内開幕戦、全日本距離別選手権が長野市のエムウェーブで行われ、女子では、髙木美帆選手が3冠、小平奈緒選手も引退レースで優勝するなど、盛り上がりを見せました。 スピードスケート女子は、北京オリンピック以降、急速な世代交代に直面しています。ナショナルチームを見てみると、髙木美帆選手が個人での競技活動のためにチームを離脱。さらに、姉の菜那さんが現役を引退し、押切美沙紀選手も第一線を退きました。銀メダルを獲得し感動を呼んだ北京五輪団体パシュートメンバーで見てみると、4人のうち実に3人がナショナルチームを離れるという事態が生まれているのです。
そんな中、ひとり残されたのが25歳の佐藤綾乃選手。チーム「最年少」から「最年長」へと大きく立場を変えた今シーズンを、どのような思いで迎えたのか。同学年で親交のある村上茉愛さんが聞きました。
村上さんが訪ねたのは、全日本距離別選手権の2週間前。大会前にもかかわらず、佐藤選手は明るく迎えてくれました。2人が直接会うのは約4年ぶりとのことですが、その間もSNSを通じて頻繁に交流していたそうです。インタビューは和やかな雰囲気で始まりました。
村上さん:よろしくお願いします。
佐藤選手:初めての氷上練習の見学はどうだった?
村上さん:かっこよかった!リンクサイドにいても、通り過ぎるとびゅーんって風がきてすごかった。あと、カッカッカッカッっていう音が思ったよりも大きくてびっくりしました。大会前ですが、調子はどうですか?
佐藤選手:私自身は、だいたい毎年全日本距離別で100%の力を出し切れてなかったので、不安要素が多いところではあるんですけど、例年よりもうまく自分の感覚と、スケーティングが、マッチしながら調整することができているのかなと思います。
村上さん:緊張とかはするんですか?
佐藤選手:私自身緊張とかは全然しなくて。唯一、いままでのスケート人生で緊張したのは、平昌オリンピックのチームパシュートの決勝の前のみで。18年の。国内の大会は基本的に緊張しないので。緊張しないけど、いい刺激は自分の中では入れていけてると思うので、精神的な面でもいい状態を作っていけてるのかなと思います。
佐藤選手が初めてオリンピックに出場したのは、2018年のピョンチャン大会。団体パシュートのメンバーの一人として、金メダル獲得に大きく貢献しました。そして、ことしの北京大会でも団体パシュートで銀メダル。さらに個人種目である1500メートルでも、4位入賞を果たしました。
自身を取り巻く環境が大きく変わったのは、その北京大会のあとのことです。長年練習を共にしてきたナショナルチームのメンバーが、大きく入れ替わったのです。チームパシュートメンバーだった髙木美帆選手・菜那選手・押切美沙紀選手らがチームを離れ、10代の選手を含む若手メンバーが新たにメンバー入りしました。
村上さん:北京大会から半年ちょっとたって。練習環境だったり、チームメートだったり大きく変わったと思うけど、率直にどうですか?
佐藤選手:難しさとか、葛藤しているところが本当に大きくて。チームメートががらりと変わって、年齢層が一気に若くなって。今まで、私がナショナルチームに入ってから、6年間、去年までずっと年下の立場でやってきたのが、急に一番年上の立場になった。年下の子たちとどう対応していいかとか。今まで関わったことのない子たちもナショナルチームに入ってきたので、そこのコミュニケーションとかはなかなか難しいと感じることがある。もちろん代表の経験をしている子もいれば、中には、ジュニアでは活躍していたけど、シニアは全然経験したことがない子たちがたくさんいる中で、一人一人のモチベーションも全然違って。スケートに対する意識は人それぞれだと思うんですけど、トップとか世界で戦う上での考え方が根本的に違っているので、その少しのズレを私なりにすごく感じているので…。トレーニング内容もそうですし、一緒に過ごす中で、ちょっともどかしいなっていう気持ちが、今は正直あります。
村上さん:ずっと一緒に練習してきたパシュートメンバーの3人がいなくなったことはやっぱり大きいですか?
佐藤選手:本当にお世話になっていたというか、私がチームに入ってから去年まで、先輩たちに育てられて今の自分がいる。もちろん自分自身の成長もあるとは思うんですけど、ほかの先輩たちの存在があって、お互いに刺激し合ってここまでやってこられた。 特に美帆さんは世界のトップで走り続けている、私のいち目標の先輩・選手でもあるので、すごくいい環境でトレーニングすることができていたんだなっていうのを、ことしここまで過ごしてみてすごく感じる部分が多かった。いまの後輩たちとはやっぱり力の差とか、スケーティングの部分とかでもやっぱりかなり差があるので、今シーズンはそこを一人でどういう風に伸ばしていくかが課題だと感じていますが、ちょっとそこの難しさと、やっぱり…先輩たちに戻ってきてほしいな、という気持ちがすごいありますね。
村上さん:たまたま今日は同じ時間、同じリンクの中に髙木選手がいて、でもチームが違うから一緒にはやらない。私には不思議な感覚だったが、実際、その状況はどうですか?
佐藤選手:そうですね・・・でもまるっきりいないって言う感じではなくて、こうやって同じリンクで、同じ時間で練習することができて、視界に入るというか美帆さんの存在があるっていくことだけでも、刺激にはなるので。そういう意味ではプラスに捉えられる部分と、一緒に練習したいなっていう気持ちが混ざり合ってる感じがしますね。
ナショナルチームの中で一気に最年長になった佐藤選手。力の差があるという若手との練習では世代交代の影響を感じさせる場面が見られました。
隊列を組み、決められたラップタイムで滑る練習でのこと。最初は5人でスタートしましたが、周回を重ねるごとに一人、また一人と遅れ始め、最後には隊列は完全に崩れ、佐藤選手一人が残る形となっていました。
村上さん:メンバー内でまだ差があるということですけど、自分自身の練習の中で、影響はありますか?
佐藤選手:陸上トレーニングに関しては個々のトレーニングになるので、一緒に同じ練習をしていても、そんなにパートナーという意識はないので、あまり夏の間は影響を感じていなかったんですけど。氷上トレーニングが始まってきて、スピードの出し方であったり。例えばきょうのトレーニングでもわかったと思うんですけど、最後の最後までラップ指定を守り切れなかった選手も中にはいるので、そういったところでも、自分だけではないんですけど、影響は出てるなって。今まではそういうことがなくて、むしろ(ラップタイムが)28秒で設定されていたら、27秒で回ってくるような練習が多かったので。そういう風に考えると、足りなさというか、大丈夫かなっていう心配がどうしてもあります。
チームメート全員が年下という中で、その気持ちをどのように伝えていくか。インタビューの途中では、村上さんに「年下とのコミュニケーション」について尋ねる場面もありました。
佐藤選手:体操って年齢差あります?
村上さん:ありますよ。(現役だった)去年の東京五輪だと4歳差、いまの代表の子と私だったら、一番下が18歳なので、ちょっと発言とかでギャップは感じる。
佐藤選手:話す内容も全然違うじゃないですか。どういう風にやっていこうかなって、まだ葛藤してるんですよね。ズバッていうと傷ついたりする。そこを優しく、でもストレートに、とか…。
村上さん:私はズバッと言っちゃうタイプ。だけど、あんまりその場でというより、最後に「ミーティングしようか」って言うとか。本当にたまったら言う感じかな。
佐藤選手:確かにそれが一番かもしれない、参考にします。
葛藤を抱えながらもチームを引っ張ろうと前を向く佐藤選手。ナショナルチーム全体の成長を自分自身の成長につなげたいと、新シーズン、そして2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪へのモチベーションを新たにしていました。
村上さん:練習を見ていて、チームの中で、一人で先にバイクに行ったり、一番最初に氷上に入ったり、後輩たちより先に行動してるなっていうのが伝わってきました。
佐藤選手:そうですね、まったく意識していないというわけじゃなくて、そういう一つ一つの行動が、伝わってくれたらいいなというのは感じています。私も今までの6年間を経験して、先輩たちが行動で示したものは、自分なりに察して、いろいろとこれをまねしてみようとか、スケーティングに関してもそうなんですけど、自分なりに全部吸収していこうという行動をとってきたので。後輩たちも全力で練習はやってくれていると思うので、それ以上でやってとも言えないですし、彼女たちなりに頑張っているとは思うので、例えば、1周回れないっていうのであれば後ろからフォローしてあげるとか、私もまだまだアドバイスとかフォローはできるなとは思うんですけど、コミュニケーションはまだ取り切れていない。選手同士もそうですけど、コーチとももうちょっと質を上げていく練習をするためには、どうしたらいいのかなというのを話し合っていかなければ、自分のためにならない。限界があるなかで、でもできることはまだまだあると思います。 いま、女子は日本のトップと次の子たちとのタイム的な差が開いてしまっているので、できるだけその差を縮めたい。でないと、この先(世界で)戦えない状況ではあるので、そういった私の一つ一つの行動が、行動だけではなくて言葉でも、伝えていけたらいいなと日々思っています。
村上さん:次のオリンピックについては頭にある?
佐藤選手:なかなかオリンピックが終わった後のシーズンということで、それがモチベーションにはまだならなくて。これから大会も始まって、W杯とか世界選手権が始まってくると、自然にこの先のオリンピックが見えてくるんじゃないかなと思っています。いまこうして新しい環境でスケートをやって、その先にオリンピックがあるなら、やっぱり北京五輪の1500mで4位という悔しい結果があるので、その思いを晴らせたらいいのかなと思います。
村上さん:ありがとうございました!
佐藤選手は、全日本距離別選手権で、マススタートで優勝したほか、1000mでは自己ベストを更新して髙木美帆選手に続く2位に入るなど、新たな環境で好スタートを切りました。ナショナルチームメンバーの飛躍と、佐藤選手の今後の活躍から目が離せません。