髙木美帆×山縣亮太 五輪主将どうしが語る【前編】

NHK
2022年10月26日 午後7:55 公開

ことし2月の北京オリンピックで金メダルを含む4つのメダルを獲得したスピードスケートの髙木美帆選手(28)と、陸上男子100メートルの日本記録保持者で去年夏の東京オリンピックに出場した山縣亮太選手(30)。ともにオリンピック日本選手団の主将を務め、世界を舞台に戦った2人の対談がサンデースポーツで初めて実現しました。競技に向き合う姿勢やそれぞれが抱える悩み、オリンピックへの思いや今後の活動への抱負を語ってもらいました。

対談前、それぞれをどう思ってる?

髙木選手と山縣選手が顔を合わせるのは今回が初めて。対談前にどういう印象を持っているのでしょうか?まずは髙木選手から。

―― 山縣選手はどんなイメージですか?

髙木選手
テレビやニュース、特番で見る限り、ストイックそうだなとは感じたんですけど。でもアスリートってストイックじゃない人は見当たらないと思いつつ。すごく自分のやりたいことがはっきりしている印象はありましたね。

―― 自分と似ている?違っている?

髙木選手
山縣さんがNHKの特集に出ているのを見たのですが、印象深い言葉があって、そこは私とは違うと思ったことがありました。山縣さん1人でというか、選手1人で少数のチームで活動していると伺ったのですが、コーチをつけない考え方もあるんだというのが新しい発見というか面白いなと感じました。(現在はコーチをつけて活動)

――髙木さんも新しい体制を模索していますよね?

髙木選手
山縣さんの心意気というんですかね。チームに対するマインドを聞けたら面白いと感じています。私はどちらかというとコーチがいないと自分で組み立てていくのができないと思っているので、そういうところの違いは興味深いと思っています。

――きょう聞きたいことは何ですか?

髙木選手
知りたいと思っているのはオンとオフの切り替え。私はどちらかというと苦手なタイプで、オフにしちゃうとオンにするのに時間がかかるタイプなので、そのあたりを聞いてみたいです。あとは純粋に、山縣さんは職人肌なのかなと思ったので、どういう話になるんだろうと興味がありますね。感覚派なのか理論系とか、そのあたりを聞くことができたら面白いと思っています。

ーー山懸選手が対談で楽しみにしていることは何でしょうか?

山縣選手
髙木さんといえば、スピードスケートの世界で誰もが知る選手ですが、オリンピックの主将をやられたというところで自分はすごく悩んだので、何を考えながら競技をしているのか、そういうところも聞きたいと思って楽しみにしていました。競技的な話でいうと、陸上の世界でもスピードスケートの技術はスタートダッシュであったり、体の使い方がものすごく参考になることが多いと思います。自分もオリンピックを目指しているので何か1つでも持ち帰って競技に生かせたらいいなと思っています。

――陸上の短距離とスピードスケートの共通点はありますか?

山縣選手
ありますね。左回りでずっとトラックを回ることやコーナリングとかがあります。地面をどう捉えていくか、加速していく上での体の使い方、実はすごく参考になるのではないかと思っています。

――どんな時間にしたいですか?

山縣選手
ものすごく僕はモヤモヤしているので、競技という意味でもそうですし、アスリートとしてどこに向かっていくのかみたいな、競技の先にあるもの。きょうの対談を1つのきっかけにしてそのモヤモヤが晴れたらうれしいですね。

山縣選手
お願いします。

髙木選手
お願いします。姉(髙木菜那)と会いました?

山縣選手
会いましたよ。

髙木選手
そんなことがあるんですね。

山縣選手
たまたま駅前のカフェでコーヒーを飲んでいたら隣の隣だったらしくて。

髙木選手
なるほど。その証拠写真が送られてきて、『これ、山縣さんだと思うんだけど』みたいな。写真じゃわからないよとか言っていたんですけど。

山縣選手
そうですね。写真を撮られてたんだ。

髙木選手
聞きました?

山縣選手
いや、全然聞いてないです。

髙木選手
やばい。言っちゃった。

山縣選手
全然大丈夫です。そうなんですよ。まさかだったんで。スケート選手って自転車に乗るんですよね。

髙木選手
乗りますね。自転車はめちゃめちゃ乗りますね。

山縣選手
お姉さん、めっちゃ自転車の話をしてた。

髙木選手
同い年ですよね。

山縣選手
同い年です。

テーマは食への向き合い方からスタート

髙木選手
印象、どうですか?

山縣選手
髙木さんは勝手ながらすごくクールなイメージがありまして、すごく落ち着いているというイメージがあります。

髙木選手そうだといいなと思いますね。私、NHKで密着されていたのを見たんですよ。
一番驚いたのは白菜の量を量っていて、この人の食事、こんなにストイックなんだとすごく衝撃を受けました。

山縣選手
心の中で、白菜を量っても意味ないぞとか思ってないですか。

髙木選手いえいえ、思ってないですよ。思ってないですけど、私たちは体重管理がそこまで厳重じゃないので、甘いものとか食べたくならないのかなって。

山縣選手あのとき確かに一番厳しくやっていましたね。2年くらい前ですけど。今はそうじゃないので。

髙木選手食べますか、甘いもの。

山縣選手
食べますよ。さっきもチョコレートを食べました。

髙木選手私のイメージはすごくストイックなのと、表現が難しいのですが、自分の道をしっかり決めているというか、見ているというか。俺の道はこれだみたいなのを持っていそうだなと思いました。

山縣選手
ありがとうございます。自分もけっこうそれに近い印象を持っているんですけど。でも意外と食事制限とかあまり管理が厳しくないって言ったら違うかもしれないけど。

髙木選手太りすぎてしまったりやせすぎてしまったりしたらいけないですけど、ここまで体脂肪を絶対減らして筋肉たくさんのほうがいいというところでもない部分はありますね。私たちは冬のスポーツなので、移動も転戦が多い中である程度の健康的な部分がないと風邪をひいてしまう可能性があったりするので。バランスみたいなところはあったりもするんですけど、緩くなっちゃうときは緩くなっちゃいますね。

山縣選手でも、なんかいいですね。あまりそこを気にしすぎなくていいというか。気持ち的にもゆとりがあって。

髙木選手
そうですね。健康的でいるのが一番強くいられるのかな、スピードの場合は、と思っていますね。コーチからは一時体重が落ちたときに何回か風邪をひいたので、特にオリンピック期間中になったら大変なので、あまり落としすぎない方がいいと言われたことがありましたね。あと極端でなければそんなに食べちゃだめとか何々をしちゃいけないというようなことはないですね。

山縣選手
記事で読んだんですけど、スケート選手は年中ナショナルチームで動いたり、そこのコーチから食事管理のことであったりとか徹底的に管理されるものですか?

髙木選手
ナショナルチームは日本代表チームのように、その都度選手やコーチが替わるというわけではなくて、ずっと1つの大きいチームで1年間過ごす感じなんです。栄養士がいて、基本的にビュッフェのメニューで管理されているのですが、それを自分でどうチョイスするかは本人次第というところはありますね。極端に厳重管理はされていなくて、だからこそ自分の努力次第で変わっていく。いいほうにも悪いほうにも変わっていってしまうような場所かなと思っています。

山縣選手ナショナルチームだったらものすごく管理されているのかなというイメージがあったのですが、意外にそうでもない。

髙木選手スピードスケートのナショナルチームはそこまでではなかったですね。あと、それぞれが抱えている問題も違ったので。

山縣選手個人の課題に対してはすごく柔軟にというか、型を押しつけるんじゃなくて個人個人の課題に合わせたコーチングなり何なりというのが?

髙木選手そうですね。あまりにも人数が多すぎて、1つの型にはまらなかったというのもあると思いますね。

山縣選手いいですね。スピードスケートが強い理由はそれかな。陸上をやっていても、足が速くなる方法は何ですかってよく聞かれるんですけど、課題って人それぞれじゃないですか。あまりそんなことを言われてもなって、僕なんか思うんですけど。

髙木選手難しいですよね。『どうやったら速くなりますか?』『わかりません』って。

山縣選手
言えないですよね。でも、実際はわからないからいつもどうやってその質問をかいくぐろうかみたいな。

髙木選手どうやってかいくぐるんですか?  

山縣選手とりあえずパッと目についた動画とかがあれば、わかりやすいことは言うんですけど、心の中では『別にそれが全てではないけどな』と思いながら言うみたいな。

髙木選手このあいだ、どうやったらオリンピック選手になれますかという質問があって、小学生だったのでなおさらすごく難しい質問だなと思って。ちょっと今、聞いてみたいなと思いました。

山縣選手難しいですね。

髙木選手はい。どうやったらなれると思いますか?

山縣選手いやいやいや。難しいけど、どうなんですかね。『まずその質問を止めることからだ』みたいな。

髙木選手うわ、深いなー。なるほど、そこの視点にはちょっといかなかったな。ちょっと面白い。ありがとうございます。

オリンピック日本代表選手団主将の就任の背景には?

山縣選手大変なときに、自分も相当悩んだんですけど、北京オリンピックで主将をしましたよね。あれって急に来ました?主将、お願いしますみたいな。

髙木選手どこまで話をしていいのか。1回夏に来たんですけど。

山縣選手そうなんですね。早いですね。

髙木選手はい。私、1回断っていて。そんな余裕はございませんという感じでお断りしたんですけど、もしもう1回まわってきたら結局誰かに当たって断られて、やれる人がいなくてまた来るのであればほかの人に押し付けるような形にもなってしまうので、そのときは引き受けようかという話をしていたら、また来たなって感じでしたね。

山縣選手実は、僕も言っていいのかわからないけど1回断っているんです。自分の場合は6月に日本選手権があって、そのレース結果を受けてほとんど代表が決まりというところでお話をいただいたんですけど、でも本番開始の2か月前とかなんです。1か月前か。かなり直前だったんですけど、さすがにその余裕はないぞと僕もやっぱり思って。ご時世もご時世だし。たぶん同じような理由で、自分にまわってきた話であるなら人に押し付けるわけにもいかずというのもあって、自分が最終的にはやりたいというところでお受けした話ではあったんですけど。

揺らぐオリンピックの価値に選手として思うことは?

山縣選手
でも、すごく悩みませんでした?僕、競技しながらすごく悩んだんですよ。夏はオリンピックをそもそもやるのかやらないのかというのが直前までもめていたから。その中で主将をやることに対してネガティブな感情を持っている人も少なくないわけじゃないですか。こんなときにスポーツなんてみたいな。競技する意味って何なのかなみたいなこととか悩んだのですが、そういうのはなかったですか?

髙木選手
私たちは冬だったのでなおのこと、そういうことを考える時間があったというか。私たちが東京オリンピックに出るわけじゃない中で、それでも同じアスリートとして感じる部分もあって、なんか難しいなというのをすごく考えていた時期はありましたね。

山縣選手僕、今でも悩んでいるんですよ。最近はオリンピックがらみでよろしくない問題とか、どんどんスポーツと社会って離れちゃってるなというか。それでいいんだっけみたいな。

髙木選手
でも、私はオリンピックが終わってから、最近はSNSが増えてきてけっこう身近にファンの人たちや応援してくれる人たちの声が届くようになってきた中で、スポーツだから共有できる頑張ろうと思う気持ちとか、受験生の方だったり、仕事で悩まれている方だったりとかから『もう1歩踏み出せる勇気をもらいました』という言葉をいただいたので。これはスポーツという特有の、また芸術とは違うものだからできることでもあるのかなと思うことはありましたね。だから、進めばいいんだと思っています。

山縣選手僕もそうなんですよ。僕自身がすごくスポーツが好きだから、陸上だけじゃなくてオリンピックはどの種目もけっこう見るし、ふだんは野球もすごく好きで見に行ったりするんですけど、スポーツに近い人間だから『感動するな』『悔しいな』『勇気をもらうな』というのはすごくわかるのですが、でも自分がスポーツが好きじゃない人間だったらどう思っちゃうだろうと思うんですよね。誰しも学校体育とかでスポーツに触れる機会がけっこうあると思いますが、そこでスポーツに対してポジティブな感情を抱く人と、一定数はスポーツなんか嫌いだ、運動なんかしたくないみたいな。だから、そういうのが届かない人たちに対して自分たちは何ができるのかなという。

髙木選手本当に好きな人たちだけではできないものなんだなって。東京オリンピックをこの年で見て感じたので、なかなか難しい問題ではありますよね。

山縣選手スポーツが好きな人たちだけで勝手に盛り上がっているイベントにしないようには、少なくともオリンピックはしたいなと思ってはいますけどね。

髙木選手
スポーツが純粋に好きで取り組んでいるからこそ、自信というか、胸を張っていきたいなというのはありますね。

山縣選手
僕も最後すごく悩んだけど、自分の好きなことであり仕事として自分に与えられたステージだというところで胸を張って、申し訳ないなと思いながら競技するのは違うと思うから、与えられたものに感謝をしながら全力でプレーするという、最後は選手としてそういう気持ちでスタートラインに立っていたのでそれでしかないのかなと思うんですけど、また悩みモードに入ってる。

スポーツと社会の接点を求めて

山縣選手
髙木さんの今スケートをやっているモチベーションで一番を占めるのは、楽しいとかワクワクとかですか?    

髙木選手
これも話し出したらきりがないんですよね。結局のところ。こんなに打ち込めるものってあまりないじゃないですか。だから、打ち込めるだけ打ち込みたいというのも出てきたかもしれないですね。昔はあまりこんなことは考えなかったのですが、そういう刺激みたいなものはあるかもしれないですね。

山縣選手悩ましいなと僕はすごく思っていて。30歳になってあとどれぐらい競技できるのか。身体的に競技できるのかなというのも考えるころなんですけど、アスリートとしての目標というのは、例えば100メートルだったら9秒8出したいなとか、オリンピックでメダル取りたいなとか。個人で成績を残したいなとか、そういうのもあるんですけど、考えすぎてそれを達成したからなんなんだろうみたいなこともすごく考えるんですよ。スポーツがなんぼのもんだみたいな、みんながそう思っているわけじゃないとは思うけど、スポーツにほとんどの自分の人生の時間と労力を費やしてきたので、意味ないって言われちゃうと悲しいなというところも感じつつ。

髙木選手けっこう考えるんですね。  

山縣選手どうしようもないところまで考えるんです。とはいえ確かに、僕はスポーツをやっているんです。やらせてもらっているんですじゃなくてやっているんです、胸を張ってスポーツに時間をかけてきたんですと言えるような、そういうものでないと胸を張って町を歩けないみたいな。  

髙木選手そんなことない。

山縣選手そんなことないとは思うんですけど、思うわけですよ、最近のいろいろな問題を目にするにつけ。難しいなと。

髙木選手
私は最近、競技スポーツにかんしてはちょっと分かんないですけど、運動するということ自体は人間にとって必要なことじゃないかなというのを感じていて。例えば、脳科学者が運動しましょうと言ってもなかなか一般の方に届かなかったりするものが、アスリートがコラボすることでもっとその重要性というか、ただ『スポーツって健康にいいんだよ』だけじゃなくてもうちょっと深いところで、スケートが終わってからの話ですけど、そういうことを伝えることができるんじゃないかなって思ったりはしていて。

山縣選手
めっちゃわかります。人間の根本的な欲求の中に体を動かすとか体を動かしたいというのはやっぱりあると思うんですよね。1人の人間として時々散歩に行きたくなったり、身体を動かしたくなったり、筋トレしたくなったりというのはあるのかなと思うので、そういう側面にもっとスポットライトを当てたいなという。競技スポーツはちょっと違うかもしれないって話がありましたが、でも僕は競技スポーツをもっともっと高いレベルに押し上げることも、今のスポーツに関わりがある人たち、ない人たち含めて、みんながアクティブな人生を送ることにおいて、そこがけっこう土台がつながっている気がしていて。体を正しく理解して体の使い方を知って、体を鍛えるというか。足腰が悪い人やひざ関節が痛い、僕みたいにひざが痛い人が股関節をちゃんと使えるようになったら痛くなくなりましたとか。

髙木選手可能性がありますよね。

山縣選手と思って。今のが僕のモチベーションです。

髙木選手
私の中で競技人生のビジョンは、いつか辞めたあと、絶対来るであろう終わりのあとは何となくこういうことをしたいなみたいなぼんやりとした感じ。競技人生って難しくないですか、今。

山縣選手難しいですよ。競技者としてはただ上を追求するだけなんですけど、その中で得た発見とか気付きとか体に関するものというのは、スポーツがある種の健康問題的に社会との接点を持つことができる部分かなと僕は思っています。

髙木選手
長生きする人が増えているじゃないですか。体が動かなかったらたぶん楽しさが半減しちゃうよなって思うこともあるんですよね。どこかが痛いとそこが気になっちゃって楽しめなかったりとかすることもあると思うので、そういうのを広めたりできたらいいですよね。

後編では、オリンピック後にそれぞれが踏み出した新たな一歩について語り合います!