谷真海の「たに色まみ色」第1回 マラソン 大迫傑選手

NHK
2022年4月14日 午後7:19 公開

パラアスリートの谷真海さんがアスリートの多様な個性を取材する新コーナー「たに色まみ色」。

第1回はマラソンの大迫傑選手です。

先月、小中学生にランニングの指導などを行う教室を開いた大迫選手。インタビューは谷さんがその教室を取材したあとに行われました。

■子どもたちへの授業を見て

谷:大迫選手というとすごいストイックなイメージがあるんですけど、子どもたちと触れ合う時にすごく笑顔が多かったように感じたんですけど、楽しむ気持ちを感じてもらうという意図もあるんですか。

大迫:そうですね。今回やっぱり初回だったので僕自身が緊張してしまったところはあるんですけど、そういったふうに笑顔だったりとか、ちょっと楽しくっていうところを心掛けてやらせていただきました。

谷:子どもたちがすごく近い気持ちでお話をきいてるなっていうのを感じました。教室の中でも、好きなことをたくさん書いて、その延長線上で目標もたくさん書くっていうプログラムが斬新で、すごくすてきだなと思ったんですけど、あれはどういう意図でやられているんでしょうか。

大迫:たぶん僕ら(大迫選手と谷さん)ですら、どういったことによって目標や夢が作られてるのかというと、子供の頃自然に好きな事と出会って、いい指導者に恵まれて、それによって好きな事から夢へ(向かう)ということがあったと思うんですけど、じゃあ全員にそういうチャンスがあるかっていうと、もしかしたらそうではないかもしれない。そういうチャンスについて教えてあげるだけではなくて、自分から考えることで、彼らが大人になった時とか、目標が変わった時にもいきてきて、彼らの成長や豊かな人生につながるんじゃないかなと思いますね。

谷:そこまで考えられてるんですね。よく指導者や学校の先生が「夢を持て」とか「目標を持て」と言うんですけど、なかなか具体的に持てない子どもたちも多いのかなっていうふうに思うんですけど、たくさん書き出すという事によって自分の気持ち、心の声をきいて、だんだん目標を見つけていくヒントになるんじゃないかなというのを感じて「ああ、なるほど」と思いました。

■現役復帰について

谷:ストレートに、なぜ競技復帰をされたんでしょうか。

大迫:もうシンプルに、もう一回その場でちゃんと走りたくなっただけっていうところなんですよね。やはり何か発表する時に「誰かに何か言われるんじゃないか」って思うじゃないですか。復帰とか自分の新しいチャレンジのハードルが、どんどん自分の声を聞かないせいで上がってしまっている部分はあると思うんですよね。そういうのって僕自身は元々違うなと思っていたので。

2021年10月にシカゴマラソンがあって、以前チームメイトだったゲーレン・ラップ選手がすごくいい走りをした時に、本当に直感として「ここに戻りたいな」って思ったので、周りの声とか、それによってどういった影響がでるのかっていうところはまずおいといて、走ることが自分の一番やりたいことになったっていうことだけですね。

谷:オリンピックが終わってわずか2か月という段階で、実はもう復帰について考えられていた。

大迫:そうですね。トレーニングに関してはそこから徐々にっていうところではあったんですけど、まずは僕のコーチだったピート・ジュリアン氏に、もう誰かに言わなきゃたぶんその熱って冷めちゃうと思っていたので、熱いうちに彼に話しましたね。

谷:ピート・ジュリアン氏はどのような意見でしたか。

大迫:単純に喜んでくれたましたね。「どんなことをしたらいいか一緒に考えていこう」みたいなポジティブなことを言ってもらいました。

谷:東京オリンピックの前に引退宣言された時はもちろん本気だったと思うんですけども、その決意はやはり東京オリンピックまでの期間の長さとか、気持ちの強さからだったんですか。

大迫:そうですね。もうあの時点では本当にここで出しきっておしまいだと思ってましたし、そういう気持ちになった理由っていうのもやはり東京オリンピックってその大会だけのプレッシャーだけではなくて、それに至るまでの選考レースだったりとか。で、僕で言うと選考レースのあとにもう一回走らきゃいけない、この緊張感だったりとか、すごくプレッシャーのかかった大会が続いてしまっていたので、この先って考えるともう全力を出し尽くせないなっていうふうな思いから、一度その大会をゴールにする。まあその、引退っていう言葉を使わないのはなんでかっていうと、別に人生を退いたわけではないので、陸上人生としてのまずはゴールとして、その先はいわゆるランナーとして、人生を走るランナーとして走り続けていきたいなっていう思いがありましたね。

谷:そこから、市民ランナーとしてではなくて、やはりプロとして世界を目指すというところに戻ろうかなっていうふうに思われたんですか。

大迫:そうですね。1回市民ランナーというか、純粋に走ることを楽しんだってところもあったので、そこからまた競技という狭い中ではなくて、もうちょっとひいてみるというか。ランニングの可能性、スポーツの可能性を考え始めるようになったっていうのが、一回こうゴールにしたことで、休んだことでわかったことではあるなっていうのは思いましたね。

谷:一度引退されたあと解説をされたり、それこそ育成もそうですけども、順調に次のステップに上がられたように思っていたんですけども、その道だけで生きていくのはちょっと違うのかなっていう違和感はあったんですか。

大迫:違和感というよりは、競技に復帰してないところでも、子どもたちや次世代の背中そしてもっと言うとランニングを通して色んな人の背中を一歩を踏み出す背中をちょっと押す手助けにはなれるのかなって思ったんですけど、それにプラスして自分自身がランナーとして競技者として走っていくことで自分の競技や生きていくことに対しての姿勢を見せていけると、より相乗効果でいいんじゃないのかなとは思いましたね。

谷:引退前までのストイックに競技1本でというのとは違う形で第2章が始まった感じですね。

■ランナー人生のチャレンジについて

谷:大迫選手はこれまで陸上界の常識を破るようなチャレンジを続けてこられて、私も早稲田大学のユニホームを着て走っている姿がまだ印象に残っています。大学を卒業後、アメリカに渡ってチャレンジすることを決められたのはどういう決意だったんでしょうか。

大迫:中学校から高校に上がって、高校から大学、大学から実業団っていう長距離のラインとされてきた部分があって。でも本当にそのラインしかないのかなっていうふうに思ったんですよね。それこそ世界を見た時に、色んな選択肢がやっぱりあるじゃないですか。選択肢がそれしかないのではなくて、それしか知らなかっただけということに気づいて。純粋に速くなるためにこっちを取った方がいいっていうふうなシンプルな思いでチャレンジしましたね。今までの概念での正解・不正解っていうところは、あまり気にしなかったところはあります。

谷:不安などはなかったんですか。

大迫:そうですね。僕の場合は、アメリカのチームで自分がどこまで成長できるんだろうということを考えられたんですよね。当時の流れだと、何か頭打ちになるんじゃないかっていう恐怖のほうが強かった部分はありますね。

谷:アメリカに行ったことでトレーニング方法の違いや競技への打ち込み方、それまでの価値観と変わった部分はありますか。

大迫:よりシンプルになったというか、無駄なものがそぎ落とされた感じはやっぱりありますね。どうしても日本よりもアメリカの方がより目標に対してシンプルに逆算をして考えていく。そこに余分なものはついてこないようなイメージはありますね。それがやりやすかったっていうのがありますね。

谷:そのあとケニアにも行かれました。ケニアって本当にマラソンに強いイメージはありますけども、やはり飛び込む勇気は相当じゃないかなと思うんですけども、いかがでしたか。

大迫:そうですね。なんか飛び込もうってすると、ちょっと逆に飛び込めないみたいな。だけど、その先にある達成感だったり、じゃあここに行った時に何が得られるのか。例えばさっき、アメリカに行ったことによって英語で最低限のコミュニケーションをとれるようになったとか、あとは海外の人とも対等とは言わないですけどちゃんと話せるようになったっていうところで言うと、それってすごく1つ能力としてアップしてるじゃないですか。そういった部分を想像すると、逆に自然と体が前に出た部分はありますよね。

谷:じゃあ世界で、まずアメリカで武者修行して、それで世界を渡るハードルが下がったイメージですかね。

大迫:そうですね。本当に特に陸上競技っていうのはチームもないですし、一人で走る競技じゃないですか。そもそもボーダーがない競技。なので、バック一つ持って行けば、シューズがなかったとしても走れるわけじゃないですか。そういう競技特性からかもしれないですけど、色んな世界を走って渡ることに関してのハードルもなかったですし、逆にワクワク感しかなかったっていうのはありますね。

谷:それはアメリカに行くときからですか。

大迫:もちろんアメリカに行くときは英語がしゃべれなかったのでもちろん不安はありましたけど、でも、まず大きい目標があったんです。

谷:子どもたちに「すごく大きな夢や目標を持ってほしい」っていう思いも大迫さんの経験からくるものですかね。アメリカに1歩踏み出してみるみたいな。

大迫:そうですね。夢や目標を持つことっていうのは、別にそこに必ずしも到達することだけが全てではないというか、もちろん到達することはいいことだとは思うんですけど、変わってもいい。夢や目標が変わった時に、そこに到達すべく全力で頑張って計画をして一歩踏み出すことが、最後まで行くのと同じぐらい大事なことなんだよっていうのは思いますね。そこで蓄積したスキルっていうのは、次に行った時のアドバンテージになったり、一歩人よりも早くスタートできたりするので、そういうのを積み重ねていけば、どこかの世界ではいわゆるトップレベルになれる可能性があるのかな。子供たちには本当に、とりあえず何かしら本当に好きな事を見つけてほしいですよね。

谷:競技復帰については年齢的にどうかという声もあるかと思うんですけども、私は「まだ30歳」と思うんですが。

大迫:そうですね。もちろん年齢っていうのも避けて通れない部分ですけど、唯一、古くならないっていうのはやっぱり思考だと思うんですよね。どんどんそれをアップデートしていく。マラソン競技は、もちろんフィジカル面も大事なんですけど、キプチョゲ選手を見てもわかるように、30代中盤あたりで一番の活躍をされている選手が多いんですね。特にアメリカの選手なんかは、中盤や後半になってからハーフマラソン自己ベストを更新する選手もいるので、より思考的な成熟を求められるというか、そのウェイトが大きい競技だと思っていて。ならば、30歳からそこを極めていくことで、体もまだまだ極まっていくと思うんですよね。いま、栄養学も進化していますし、おそらく人の体っていうのも年々進化してると思うんですよね。寿命がのびているのと同じように。そのリミットというのは、データとかではなくて、じゃあ自分はどうなんだろうっていうことをチャレンジしていく。そんな思考で、どんどんことしよりも来年みたいなところを重視してやっていけたらいいなと思っています。

谷:スポーツ界でもサッカーや野球で選手寿命が本当に伸びて、40歳前後までピークでやられている選手も多いんですけれども、陸上だと長距離は特に引退が早いかなっていう印象があります。それについても今後の陸上界、スポーツ界へのメッセージ的なものもありますか。

大迫:そうですね。もしそういう思考を持っているとしたらすごく残念だなと思ってて。僕、今回自分がやめたいと思ったからやめたし、自分が走り出したいと思ったから走った。そこに人の意見って関係ないというか。そこで頑張らなきゃいけないとこっていうのがもちろんあるんですけど、ちゃんと競技の中で、そして生活の中で波を作るっていうことがどのスポーツにおいても必要かなとは思いますね。

谷:そういう意味では積極的な休養や思考をリフレッシュさせる時間も大事ということですかね。

大迫:そうですね。

谷:大迫さんはこれまで、よい意味で自由に多様な選択肢の中から生き方をチョイスしてきたと思いますけども、ご自身の経験を子どもたちの未来にいかしてほしいという思いはありますか。

大迫:本当に色んな選択肢があることにまず触れてほしいなっていうのはすごく思いますね。色んな選択肢があると自分で選択できるわけじゃないですか。自分で選択したものって、たとえ何か大変なことがあったとしてもそれを乗り越えるのって、容易ではないかもしれないけど、ポジティブに乗り越えられると思うんですよね。だけどこれしか選択肢がなくて、いわゆる選ばされたものっていうのはそれこそ重くしかないっていうか、ハードでしかないので、そうなってしまうと僕自身はあまり良くないなと思うので、まずは色んなことに触れて、視野を広くして、選択肢がたくさんあることを、子供たちには知ってもらいたいですね。

谷:今後、アスリート活動を続ける中で陸上界やスポーツ界に残していきたいメッセージはありますか。

大迫:そうですね。陸上界もそうですし、それに限らず選択肢たくさんあるというか。そしてこれはたぶんどこでも言えると思うんですけど、今ある正解が未来の正解とは限らないというか、もしかしたら新しい正解もあるかもしれないし、正解ってもっともっと多様性があるというか、もっともっといろんな種類があると思うので、まずは今の正解、選択肢を疑ってみて、新しいのがもしあればそれにどんどん、どんどんチャレンジしてもらいたいな。僕自身も今後、競技を通して体現していきたいなっていうふうに思いますね。

■今後について

谷:今後のことについてお聞きしたいんですけども、具体的に今後の目標を教えていただけますか。

大迫:マラソンを主力においていくのはもちろんそうなんですけど、まだ大会は決まってないのが現状です。まずはそこを決めて、今までと変わらない走り、今まで以上のチャレンジをしていくことによって、結果というのはまた見えてくると思います。その積み重ねによって、本当に次のオリンピック、もしくはその次のオリンピックっていうところも見えてくるんじゃないかなって思うので。とはいえ、やはり、そんなに、甘い世界ではない。マラソンにおいてもいろんな若手が出てきていますし、頑張っている選手って多いので、しっかりとまずはえりを正して、競技に対して真摯に向き合っていきたいなと思います。

谷:オリンピックという場所を2回経験されて、心の奥底にはオリンピックへの思いは強いですか。

大迫:そうですね。オリンピックへの思いは強いですし、オリンピックが全ての正解なのかっていうことの疑問で言うと、もしかしたら何かしら他の部分を作ることによって新しい正解を生み出していくみたいなところもおもしろいですよね。いわゆる正解の形が1つだけじゃないってところをまた自分の第2章を通じて体現していける、表現していけるっていうのは今後やっていきたいなというふうに思いますね。

谷:正解とかゴールをきちっと決め切らずに走りながら見つけていくという段階ですかね。

大迫:そうですね。

谷:私自身もパラリンピックで環境が恵まれてない状態からチャレンジしてきましたし、アスリートとしてそれこそ道がない中で道を探りながらというところがあったんですけども、大迫選手もこれまでの常識になかった道を歩んできて、そういった道を残していきたいっていう思いもありますか。

大迫:そうですね。僕自身もそうですし、あとは僕らだけでできることって限られているじゃないですか。人間には寿命という限界がある中で、そこでじゃあいくつの道を作っていけるかっていうと、おそらくそんなにたくさんないと思うんですよね。ただ、プラスできることでいうと、次、道を作ってくれる人たちを育成していくというか、彼らの背中をしっかり押していくってことが陸上競技にとどまらず、いろんなスポーツ、そしてもっと言うと、いわゆる世界で大事なことなのかなと思いますね。

谷:これからはご自身も世界を目指しながら、自分の後についてくる後輩たちにも新たな世界を見せていくっていう覚悟ですかね。楽しみにしています。

大迫:ありがとうございます。

■大迫選手の「色」は?

谷:最後に、大迫選手の「色」について教えてください。

大迫:(しばらく考えて)僕の色は白ですかね。僕、好きなのは黒なんですよ。黒なんですけど、自分の色としていったらそこにキャンパスがあって、やっぱり黒だと何も描きたくないじゃないですか。でも白のキャンパスって自分が横にある色を好きなだけ、そして好きなような形を描いていける、好きな絵を作っていけるっていうところで。

谷:なるほど。

大迫:自分自身もそういうふうにしていきたいっていう思いから、ベースの色っていうのは白なんじゃないかなとは思いますね。

(谷真海の「たに色まみ色」第1回 マラソン 大迫傑選手は、2022年4月10日夜10時サンデースポーツで放送。)