大相撲 ”昭和以降初”の事態に好角家は

NHK
2023年3月30日 午後0:29 公開

大相撲春場所は7日目に大関・貴景勝が休場を発表。初日から休場の横綱・照ノ富士と合わせて、横綱・大関が土俵上からいなくなるという、昭和以降初めての事態となりました。
数年前までは、合わせて5~6人の横綱・大関が土俵を引っ張るのが当たり前の光景でしたが、その数は年々減り、今場所は番付に横綱と大関がそれぞれ1人ずつ。その2人がそろって休場してしまったのです。なぜこのような事態になったのか、この先大相撲はどうなっていくのか。好角家で知られるデーモン閣下、能町みね子さんに聞きました。

アーティスト デーモン閣下

Q 横綱・大関が不在の事態をどう感じましたか?

デーモン閣下:見に行く観客も、吾輩も含めたテレビ桟敷の観客も等しく残念に思っていると思うね。相撲を順番に見ていって、最後に横綱大関が出てきてその日の取組が締まる、という感覚があるので。"(取組が)関脇で最後か"という状態はね、しょうがないと言えばしょうがないけど、今ひとつ見ている側も盛り上がってこない感じもあるね。

Q なぜこのような事態になったのでしょうか

デーモン閣下:世代交代の過渡期だというのはおしなべて言えることなのだけど。世代交代ということで、新しい世代がこれから中心となって大相撲を引っ張って行くにあたり、絶対的なヒーローというか、ずば抜けて相撲界を引っ張っていく力士がなかなか誕生していないということ。
もう一つ、力士の体が以前に比べて大型化していて、ケガをしたときに重傷の場合が非常に増えているという点でいうと、ケガの救済措置というものがもう少し考えられてもよいのではないのかと吾輩は思う。かつて公傷制度というのがあったけど、いつの間にか撤廃され、大関の陥落の基準も2場所連続負け越しというのも、大きなケガを負ったときには考慮されてもいいのではないかと、吾輩は思っている。

Q 以前と比べて取組の「強度」は上がっていると感じますか?

デーモン閣下:そうだね。平均体重がどんどん増えていて、自分自身の体もそうだけど、相手の体を受ける負荷が大きくなっていて、同じ「ヒザを痛める」「ヒジを痛める」ということであっても、昔に比べてかなり重たいケガになる頻度が増していると、吾輩にも思われるね。

幕内力士の平均体重は約160キロ

Q 先ほどおっしゃった「絶対的なヒーロー」が誕生しない理由はどこにあるのでしょう

デーモン閣下:力士はどこが悪いということは公に口にしない人が多いので、大関から陥落した人たちも、どこがどれくらい悪くて本来の相撲が取れないのかというのは想像するしかできないのでなんとも言えないのだけど、やはりケガが原因で例えば大関から陥落してしまうというパターンがある。相撲っぷりを見ていても、御嶽海だったり正代だったり栃ノ心だったりといった大関経験者が、自分らしい相撲が取れないという状態は、きっとどこか深刻な問題を抱えているのだろうなと思われる。
大関から陥落するというのもそうだけど、関脇以下の力士で大関候補と呼ばれている力士たちも必ずしも連続して好成績をあげ続けられる力士がいないという状態で。その間に、今まで横綱に君臨していた白鵬や鶴竜、稀勢の里も次々引退してしまったので。だんだん横綱いない、大関いない、という状態になってしまった。

Q 横綱・大関に昇進するための数字上の基準(横綱推薦の条件は「大関で2場所連続優勝かそれに準ずる成績」、大関昇進の目安は「三役で直近3場所・33勝以上」)も影響していますか?

デーモン閣下:そうだね。大関昇進の基準も横綱昇進の基準も、かなり数字に厳しく世の中が口にするようになってしまったけれども、吾輩は、直前の3場所や2場所の成績にこだわるのではなく、その力士がどのくらいのスキルを持っているのか、あるいは1年を通じてどんな成績をおさめてきたのか、過去に優勝や大関を経験しているのか、というのももっと評価に含まれるべきだと思うね。
例えば、貴景勝が(春場所休場で)「綱とり」を結果的に失敗したわけだけど、今場所「綱とり」だったのに来場所「角番」か、ということになるわけじゃない。本場所の土俵上で体を痛めたわけなのに、もう一回振り出しに戻って「綱とり」なのかというと、そこを何とかちょっと改めてガイドラインを設定し直すというのは今の機会にはありじゃないかと。貴景勝は今場所ケガで休場したけれども、それ以前の場所は優勝だったり優勝同点だったりしたわけだから、ケガから復帰したときに「綱とり」というものが継続されていてもいいのじゃないかと、私的には思う。そういうことを考えるいい機会なのかもしれないし。

春場所途中休場の貴景勝 来場所は角番として迎える

今のガイドラインを続けていくと横綱・大関、土俵上にいないだけじゃなく番付上にもいなくなっちゃうからね。大関経験者だって、翌場所10番勝たなかった力士は、結局また振り出しに戻って、また3場所で33勝以上をあげないといけないのというのはどうだろうか。かつて大関だった力士は基準が、初めて大関に挑戦する力士とは違うやや緩やかなガイドライン・・例えば高安、正代や御嶽海が関脇や小結で優勝すれば3場所で33勝していなくても大関復帰、というのがあってもいいと思うし、それを考えるいいきっかけだと今思うけれどもね。

Q 総合的に考えるのが大事ということですね

デーモン閣下:けっこう昔から吾輩はそれを言っていて。直前の2場所3場所で決めるのではなく、もう少し長いスパンで。例えば三役に1年以上居続けた力士は、33勝にこだわらなくても優勝したら大関にあげるとか、そういうのでもいいんじゃないかなと。やっぱりそういう基準を作ってしまったのが何十年も前だから、今の力士の体の大きさ等々含めても、状況と少しズレが出てきてしまっているんじゃないかなというのが、吾輩の思うところだね。

Q 横綱・大関の不在は、大相撲全体にどういう影響を与えますか?

デーモン閣下:番付制度の歴史を考えると、横綱というのは後からできたものだけど、大関というのは必ず番付にいないといけないと決められてきたので。今かろうじて1横1大関いるから成立しているけど、例えば貴景勝が大関でなくなっても、大関という名前は番付に載っていなくてはいけないわけだね。これをどうするんだろうと吾輩は思う。長い歴史のスパンでいくと、(3場所で)33勝がどうだというのがない時代は、必ず大関という番付に誰かはいたわけで、そうせざるを得なくなるんじゃないのかなと。つまり、たとえ次の五月場所で貴景勝が全休したとしても、番付は大関のままで据え置くべきだ、と吾輩は考える。昇進や復帰にしても相撲の歴史をひっくり返してまで今のガイドラインを守るべきなんだろうか、という疑問もある。
インターネットの普及とかでますます世間の意見というものが、かまびすしく声高にいろんなものが飛び交う時代になってしまったから、なおさら3場所33勝以上みたいな数字至上が一人歩きというか、それにこだわる人が多く出てきてしまったきらいがあって。本当はそういうものじゃないんだよ、と。北の富士さんのように、かつては28勝で上がった大関もいるし。昭和30年代、40年代以前とかはたくさんいたしね、33なんて数字にこだわらないで大関にあげる、ということが。
大相撲の魅力は単なるスポーツではなくて、やはり文化をちゃんと引き継いでいるというところなのだから、そこはやはり普通のスポーツとは違うのだよ、といろんな人に認識してもらいたいなと吾輩は声を大にして言いたい。

NHK大相撲解説でもおなじみの北の富士勝昭さん 大関昇進前の3場所は合計28勝だった

Q これから先、土俵を引っ張る新たな力士は誕生しますか?

デーモン閣下:いずれは出てくるだろうけど、じゃあ誰っていわれると、ぱっと1人あげられないのが難しいところで、待つしかないのかなっていう感じ。または、残念ながら大関からは陥落したけども、例えば正代とか今場所いい相撲を取っているし高安も昨年は3回も優勝争いに最後まで絡んで「大関的な役割」を果たしていた。元大関が2場所続けて楽日まで優勝争いに絡んだら、すわ大関復帰で良いではないか、と吾輩は思った。今のガイドラインのままだと、ケガさえ治ればまた実力を発揮してくれると何場所も期待するしかない。我々は何もできないから、相撲を取るわけじゃないので。でも陥落にせよ昇進・復帰にせよ、ガイドラインの変更には積極的な一家言がある、という感じだ。緊急事態の特例でも良いではないか。12年前に八百長問題で関取が20人近く引退した時に、負け越しても番付が上がった力士が何人もいたことだってあるのだから。今こそ伝家の宝刀「伝統文化」を持ち出すときだ。

エッセイスト 能町みね子さん

Q 横綱・大関が不在のこの状況をどう受け止めますか?

能町さん:横綱・大関がいないというのは緊急事態ではあると思うんですけど、私自身は横綱大関が(番付上)1人ずつになったときに、いずれはこういうことが起こるんじゃないかと思っていたので、あまりとんでもないことが起こったとは思っていなくて、これはこれで珍しい時期を楽しむ感じになるかなと感じています。確かに、最後に大関横綱が出てきてしっかり勝ってくれるというのが大相撲の番付社会を味わえる醍醐味ではあるので、物足りないとも言えるんですが。

Q 原因はどこにあると考えますか?

能町さん:率直に言えばケガが良くないんだと思っていまして。どんなお相撲さんもケガを持ってるんですけど、どうしても最近はケガしていても無理に出場してしまったりとか、なかなか回復に向かう前に次の場所が来てしまうことが多くて。ケガのせいで正代とか御嶽海も落ちたんだと私は思ってますし、ケガ対策が未熟な点が大きいんじゃないかと思うんですね。

Q 横綱・大関の昇進基準についてはどう考えますか?

能町さん:私は基準にはそんなにこだわらなくてもいいと思っていまして、特に大関昇進のためには3場所で33勝をあげるというのがどうも情報として出過ぎているところがありますので、そこはプロである親方衆が数字にそんなにこだわらずに、このくらいのことがあれば大関でいいでしょうとあげることがあってもいいと思います。あと大関というのが、番付上、2人以上いなければいけないはずなんですよ、本来は。まあ仮に貴景勝が落ちてしまったりとか照ノ富士が引退とかいうのがあったときに、(横綱・大関が)1人だけというのは、私は良くないんじゃないかと思って、その場合は条件が下回っていたとしても1人大関にあげるというのも方法としてありなんじゃないかと思います。

Q 大相撲を「文化」と捉えるか「スポーツ」と捉えるか、も関わってきそうですね。

能町さん:私は、相撲は文化としてとらえてますので。たまたまスポーツという概念に沿っていたので、スポーツとしても楽しまれているというだけの話だと思いますので。なので文化としてはやっぱり大関関脇小結という番付があってそこが最低2人ずついるという、そのシステムはできればちゃんと維持して欲しい。頂点がちゃんといる、昔、「看板大関」(江戸時代、体が大きく見栄えがするという理由で大関に付け出された力士のこと)なんて言葉があったんですけど、とにかくお客さんを呼べる人を大関にしたりとかそういうことも江戸時代とかにはあったわけなので。今さすがにそこまではやらないとしても、あまりにも上位の人数が足りないときには、基準にはこだわらずにあげるということも文化としてはありかな、と思いますけどね。

Q ケガをした力士に対して、どのように対応してほしいと考えますか?

能町さん:昔、公傷制度というのがありまして、土俵上でケガした場合は1場所は地位を下げないというのがあったんですけど、それが乱用されるようなことがあってなくなってしまったんですけど、ここまでケガが多いと明らかに大相撲全体の経営にも関わることだと私は考えているので、そういった制度とか、そのままじゃないにしても似たような制度を多少考えて、ケガをしてしまった力士のケアをもうちょっと考えた方がいいんじゃないかと。
どうしても体育会系と言うか、「ケガしたら自分で治せ」「ケガするのが悪い」「ケガしない体を作るべきだ」という根性論のような話がどうしても強くなって。それが全く道理がないわけではないとは思うんですけど、せっかく出てきたスター力士がケガして、どんどん番付が落ちてしまうのを何もせずに見ているみたいな状況を、どうも私はあまりにも「情け」がないんじゃないかと思うことがあって。もうちょっと、真面目にやってケガしてしまった力士への、救う制度というか、そういったものが考えられていいんじゃないかと思います。

近年 髙安・御嶽海などケガが原因で大関を陥落する力士が増えている

Q こういう状況の中で、ファンはどのように大相撲を楽しめば良いですか?

能町さん:私が相撲を好きになった時期が平成3~4年で、ちょうど横綱不在、全くいない時期だったんですね。私、「横綱というのは休んでいる人」くらいの感じで最初は見ていて。なので、そこからすごく強い曙というお相撲さんが出てきて、「横綱って本当に強いんだ」という感動が原体験としてあるので、今はやっぱりそれを待つ時期だと思うんですよ。いま群雄割拠で誰が勝つか分からないというというのがけっこう長く続いちゃってるんですけど、おそらくこの後に、誰か突き抜ける人が何人か出てくるはずだと思うんで。それを誰だろうな、と思いながら見て、毎場所毎場所混とんとする土俵になると思うんですけど、その中から突き抜けてく人、まだまだ下の方にいるけど今後強くなってくる人とかに目をつけて見ていくのが楽しいんじゃないかなと思いますけどね。

史上初の外国出身横綱となった曙 若貴兄弟と共に大相撲を盛り上げた