入江陵介選手 日本選手権9連覇「苦しさはあるけど泳ぐことが好き」その原動力に迫る

NHK
2022年5月6日 午後2:35 公開

アスリートの多様な個性=色、にパラアスリートの谷真海さんが迫るコーナー「たに色まみ色」の2回目は、競泳の入江陵介選手です。4大会連続の五輪となった東京大会後の引退を考えるも、一転現役続行を決意。2022年4月に開催された日本選手権では男子100メートル背泳ぎで大会9連覇を達成しました。長くトップレベルで戦い続ける原動力を探りました。

▼日本選手権9連覇を振り返る

谷:100メートル背泳ぎで9連覇おめでとうございます。ご自身でも納得のレースだったんじゃないですか。

入江:タイムとしては思ったよりも速いレースができたので非常によかったですが、やはりまだまだレベルは低いと思うので、うれしい反面、まだまだ先に進まないとなと思った大会でした。

谷:レース後のインタビューで「調整していない、泳ぎ込みの最中」ということをおっしゃっていたのですが本当ですか。

入江:先週土曜日まで高地トレーニングに行っていてちょうど疲れが出てくるタイミングで、今回に関しては6月に世界選手権が控えているので、泳ぎ込みながら強化をしていくなかでの出場でしたので。

谷:信じられない。32歳で調整を十分していない中での好記録とは。

入江:あらためて調整の難しさというのも感じはしますね。

谷:ベストと思っている調整が本当にベストだったかということですね。

入江:はい。すごく調整しても意外と結果が出ないときがあったり、調整していなくてもいい結果が出たりするので、そういう意味では自分自身をもっともっとコントロールしなければいけないと思います。

谷:今回の大会はどんな課題をもって挑みましたか。

入江:100メートルに関しては世界との差を考えたとき前半の50メートルですごく差が生まれてしまうので、どうしたら差を詰めていけるかというところで臨んでいたのですが、タイム的にはまずまずで、世界を目指すには、最初の50メートルをもっと速くいかなければならないというのを感じました。

谷:前半を速くいくというのは、練習方法を変えるということですか。

入江:そこのバランスが非常に難しくて、速くいこうと思えば速くいけるのですが、そうすると後半の50ががたんと落ちてしまう。今回の日本選手権に関しては自分が思ったよりも速いタイムで前半を折り返したんですね。その感覚はすごい大事だと思うので、50まで速いタイムで来られるようにしていくのが今後の課題かなと思います。

谷:ターンしたあとがさらに加速したような感じでしたね。

入江:どうしても前半で離されてしまうのは仕方がないと思っているので、だからこそ自分の持ち味であるラスト50メートルにかけるという部分をあくまで大切にしながらの前半だと思っています。

▼水泳、そしてオリンピックへ思い

谷:東京五輪のあとには引退も少し考えたりということがあったそうですが。

入江:東京五輪がちょうど31歳のときに迎えたのですが、競泳界としてはある意味、引き際の年齢ではもちろんありましたし、これ以上できるのかなといろいろすごく考える時期はすごく長かったですね。ただオリンピック後に休みを取るなかで、自分自身やり残したことはないとは思いますが、純粋に続けていたいと思ったり、後輩やコーチなどからも、「まだ競泳界にいてほしい」というありがたい声もいただいて、そういったなかで1年1年続けてもいいのかなというふうに思いました。

谷:最年少で日本代表に入ってから最年長と言われるまで本当に長いあいだ活躍して、日本選手権も何度も何度も優勝してたくさんのことを達成されてきたと思いますが、継続するとなると、きつい練習をたくさん乗り越えていかなければいけない。そこまでしてでも続けられる、その根底にあるものはなんなんですかね。

入江:泳ぐことが好きなんだろうなと。競泳界のなかにいることが楽しいからこそ続けているんだと思いますね。試合で結果が出ないときとか悔しいことももちろんありますし、練習も競泳はすごく地味で、同じプールを行き来するだけの生活なので苦しさはもちろんありますが、試合で結果が出たときの喜びとか、もちろんチームメイトやいろんな選手などに会う楽しみもあったり海外に行く楽しみもあったり、そういうのが楽しくて続けられているのかなと思います。

谷:そういう「好き」という気持ちに出会えたのは昔からですか。「水泳が好き」って。

入江:練習などしんどいことが好きな人はあまりいないと思いますし、プレッシャーもすごく大変ではありますが、なんやかんや続けているということは、好きなんだろうなと、嫌いだったらたぶんやめているんじゃないかなと思います。

谷:後輩たちへのメッセージのようなものもありますか。

入江:現状としては背泳ぎに関しては若手が育っていない種目と言われているなかで、僕自身もそう感じていますし、派遣標準記録も突破している選手が今、僕以外にいない現状なので、そういったところでは、もっと若い選手がきてほしいなという気持ちはあります。

谷:世界でトップに立ちたいという気持ちがまだまだありますか。

入江:日本ではもちろん何連覇もできたり、勝てることはできるんですが世界の舞台ではメダルという部分では、少し遠ざかっているのが今の現状ですので、どうしてもロンドンオリンピックのとき表彰台に立ったときの光景が、すごく素晴らしいもので、それをまた見たいというものが心の奥底にもあると思いますし、現役を続けるにあたっては、ただ泳ぐだけではなく、表彰台に立つという目標を持たなければだめだと思うので、そこを持ち続けられているのが続けられている秘訣なのかなと思います。

谷:やはりオリンピックですか。

入江:そうですね。オリンピックというものが自分自身特別なものでしたし、2013年、一緒に招致活動をさせていただいて、正直、想像がつかなかったですよね。7年後、実際は8年になりましたが7年後の自分というのが、想像できました?

谷:私は全然できませんでした。

入江:僕もそのとき23歳で「30歳か」みたいな感じで、30歳は競泳的にはけっこう厳しい年齢になるので、目指したくても目指せない可能性もあったので。

谷:2020年をどう迎えるかはずっと心のなかで考えていたのですが、漠然としていてなかなか現実として見えなかったですね。1年1年積み重ねるなかで見えてくるのかどうかという感じでした。入江さんはロンドンでメダルを取られて、その翌年に招致決定の瞬間をブエノスアイレスで迎えたのは大きかったのではないですか。

入江:非常に大きかったと思います。あのとき自分自身引退したい気持ちもあったので、そういったなかで東京にオリンピックが来ることがすごいうれしかったのと、招致に携わらせていただいて、こんなにもたくさんの人がオリンピックを呼ぶために動いてくれて開催してくれているんだと感じたときに自分自身、そこに臨めるチャンスがあるのに、簡単に手放すのはもったいないと思ったときに、「東京五輪に行きたい」と思いましたね。

▼転機となったアメリカ武者修行

谷:そうですよね。悔いだけは残したくないというのがありますね。そのなかでリオ大会も見事に出場されて、ただそのあとすごく悩んだ時期がもう一度あったそうですが、そこからどうやって再びはいあがって、気持ちを立て直してきたのでしょうか。

入江:リオオリンピック後が、すごく一番心がどん底になった時期で、もちろんやめることが非常に明確に見えてしまっていた部分はあったのですが、ただ、今まで日本でしか練習をしたことがなかったので、どこか海外でチャレンジしてみたいという気持ちがあり2017年からアメリカで3年間ほどトレーニングさせていただいて、自分自身今まで見てこなかった景色、してこなかった練習というものをやって、あらためて水泳の楽しさも知ることができましたし、そこでまた「東京五輪へ」というふうに思えたのかなと思います。

谷:アメリカに武者修行に行ったのが大きかったんですね。

入江:かなり大きかったと思います。自分自身の価値観も変わりましたし、見え方とか、いかに自分が日本にいていろんな人に支えられていたのかということを改めて感じられたので、非常によかったと思います。

谷:私自身が感じたことで海外の選手は本当に人生のなかに競技があって、すごく人生をエンジョイしている感じがあるんですけど、オンオフの切り替えとか日本とは違うなと思うところがありましたか。

入江:かなりありましたね。日本にいると環境がいいがゆえに、常にスポーツのこと、競泳のことを考えられる環境であったので、それで逆にオンオフがつけられない部分があったのですが、アメリカでトレーニングをしていくなかで練習が終わった瞬間、みんなどこかに遊びに行ったりとか、土曜の朝練が終わったら昼から飲みに行こうよみたいな感じだったり、そういうのを体験していくうちに、もっともっと自分の人生だから、楽しまなきゃいけないし、競技だけしていても、結果は残せない部分ももちろんあると思うので、そうした中であらためて心の豊かさについて学ぶことは非常に多かったです。

谷:アメリカの3年間がすごく大きな心の変化になったんですね。

入江:行ってよかったと心から思いますし、行っていなかったらもしかしたら途中で現役をやめていたかもしれないですし、東京五輪が終わったあとも続けてはいなかったのではないかと正直思っています。その経験がすごく生かされて今の自分があると思いますし、今、コロナ禍ではありますが今の若い選手たちにも、どんどん外に出ていろんな世界を知ってほしいですし、外に出て初めて、日本の良さ、日本の環境の良さに気づくことがあると思うのでいろんな選手に今後もチャレンジしてほしいと思います。

谷:長く活躍し続けて、進化している入江選手だからこそ後輩に示せる姿があるのかなと感じます。

▼「引退しても、水泳から離れることはたぶんない」

入江:谷さんも東京五輪が終わって競技を続けるか悩まれたと思いますが、続けると思えたきっかけはなんだったのですか。

谷:非常に難しい質問ですね。私の場合はゴールを決めない、生き方として自分のなかでスポーツは欠かせない、その延長線上で世界を目指せるうちは目指してみようというスタンスで、ずっとメダルを取ってプレッシャーがかかっている入江選手とは立場が違うので気楽に。しかもトライアスロンは、そのときどきで環境が変わるので、やっていく楽しさはあるんですよね。3種目あるので成長もかなりしていけるかなというのがあるので、ちょっと違うかなと思うので、私は小学校のとき選手コースで挫折した人間なので、そこからもう何十年もやっているって信じられなくて、すごいなと思います。

入江:正直、競泳はすごく…

谷:タフなスポーツですね。

入江:テレビとかで見るとすごく華やかですけど、練習とかふだんの環境は本当に大きく変わらなくて、外を見上げることもなく。

谷:練習も厳しくて。

入江:室内で練習することが多いので正直、トライアスロンとか、いろんな1つだけではない種目も、すごく楽しそうだなと思って、僕自身もアメリカへ行ってスポーツは日常のなかにあるんだなというのをすごく感じて、日本にいると「続ける」イコール「戦うんですか」という感じなんですけど、続けるのに理由はいらないし、続けるからといって必ずしも大きな大会を目指さなければいけないわけではないと僕自身も感じたので、そういったところが今後日本のスポーツ界も変わっていけばいいのかなと正直、思います。

谷:そうですよね。心の持ち方しだいで、競技人生は延びるかなというのがあって、水泳界では最年長かもしれませんが、ほかのスポーツから見ると、ものすごく若い。次の世代に残せるものがありますよね。

入江:あると信じていますし、僕自身32歳ですけど、スポーツから外に出てみると30歳はまだまだ若造だし、何も知らないようなものなので、だからこそ次の人生のことをもちろん考えはしますが僕自身も引退したとしても、水泳から離れることはたぶんないと思うので、そういったところではスポーツは一生やっていくんだとは思いました。

谷:それは20代のころには考えていなかったようなこと。

入江:思っていないですね。

谷:ずっと注目されて、それこそ水泳界にファンも多い入江選手なので、かっこいい姿を見せたいじゃないですか。それでも今は自分の心と向き合ってという感覚になられているのかなと。

入江:そうですね。誰かのためにももちろん頑張りたいし、ただ、自分自身の心を豊かにしない限りは、このパフォーマンスができないと思うし、続けることもできないので、今は自分の心とすごく向き合えているのかなと思います。

▼水泳競技を続ける理由

谷:6月の世界選手権の代表権もつかんでいますが、目標をお聞かせください。

入江:僕自身7度目の世界選手権になるのですが、ここ最近、ずっと表彰台を逃しているので、再び表彰台に立ちたいというのが今の一番の目標で、ただ現状のタイムでは正直厳しいと思っているので、ここからしっかりとより強化して個人でメダルを取って、競泳はメドレーリレーというリレー種目もあるので、最終日にそのメドレーリレーもチャンスが十分あると思うので一泳者としてしっかりとチームを引っ張っていけたらいいかなと思っています。

谷:すごいですよね。オリンピックを見ていても、水泳は個人種目ですけど、リレーの華のある感じ。盛り上がる感じは見ているほうも、すごくワクワクするものがあるので期待しています。

入江:頑張ります。ありがとうございます。僕自身競泳が好きとひとことでいっても、何が好きかと聞かれたらすごく難しくて、しんどい練習は好きじゃないし、プレッシャーも好きじゃないしという部分では、何が好きなのかなと思うことはあるのですが、この空気感が好きなんですよね。大会に来ると、ドキドキもするし、ワクワクもするし、もちろんナーバスな気持ちにもなるのですが、それが終わったあと、自分の目標が達成されたあとの達成感とか、幸福感というのは、それでしか得ることができないものであったり、それをどこか常に求めていたり、それが日本の大会でももちろんですし、アジア、世界の大会だとまた雰囲気が変わってくるので。どこか自分自身がまだオリンピックで見たあの幸福感を求めていたり、なにより競技をしていくなかでいろんな人と出会って、コーチ・スタッフ、いろんな人に助けられて励まされているときの自分、応援されている自分もすごく幸せで、だからこそ、総じて好きなのかなと思います。

谷:すごいよくわかります。共感します。

入江:若いときの「好き」とは、年々変わっていますね。

谷:違いますよね。楽しむという感覚も違いますよね。

入江:違います。若いときはプレッシャーに押しつぶされたり、周りの感謝もわからない部分が当たり前になっていた部分があって。

谷:記録しか頭にない感じだった?

入江:うん。結果、結果になっていた部分もあるのですが、大人になって年をとることによって、いろんな人と関わって、いろんな立場から物事を見ていくなかで、あらためて自分って幸せだし、この環境は本当に幸せなんだなと思います。

谷:長く続けてきた人にしかわからない世界かもしれないですけど。

入江:そうですね。だからこそ続けられているのかなと思います。

谷:13年前のご自身の日本記録がまだ残っていますが、その記録を超えるのも、モチベーションになっていますか。

入江:はい。現状としてはまだ0.6ほどあるので、ちょっと遠い部分はあると思いますが狙えないわけではないと思いますし、そこにチャレンジしていきたいですし、2009年はもちろん年齢的にも若かったですし、当時、高速水着と言われる、タイムが劇的に上がった年ではあったので、非常に厳しいタイムではありますが、チャレンジしたいし、チャレンジできるというふうにはあらためて感じているので、自分自身がその記録を破ることによって後輩たちにも何か伝えることができるのかなと思っています。

谷:(自身の日本記録を超えたら)世界の表彰台がぐっと近づく。

入江:近づくと思いますね。このタイムでいけば、だからこそよりそこをターゲットにしています。

▼入江選手の「色」は

谷:最後に、まだまだ現役バリバリの入江選手ですが、いまの心の色を教えてください。

入江:心の色は水色かなと思います。自分自身、水色が一番好きなんです。ブルー系の色が、すごく好きで、だからこそ、水を見ると親しみを感じるし、ほっともするし、もちろんつらい思いも、その色では連想するけれども、自分自身の人生はずっと水色で満たされていたのかなと。

谷:冷静な入江選手にぴったり。落ち着いているところとか。

入江:僕の好きな色です!

谷真海の「たに色まみ色」第2回 入江陵介選手は、サンデースポーツ(総合・2022年5月1日夜10時00分~)で放送。