今回サンデースポーツがフォーカスしたのは、陸上中距離です。この競技の知られざる魅力を多くの人に伝えようという新たな大会が始まっています。その大会と陸上中距離に熱い思いをかける人たちを中川安奈キャスターが取材してきました。
中川キャスター:入場するということでちょっとついていきましょう。
ファンの行列が向かうのは、競技が行われるグラウンド。中距離ランナーを間近で見てもらおうと、レーンのすぐ隣に観戦スペースが設けられたのです。
1500mの日本記録保持者、田中希実選手もすぐ近くに。
中川キャスター:こんな所から見たのは初めてです。息づかいまで聞こえてきて、こっちが緊張しちゃいます。
女子1000mに出場した田中選手、圧倒的な走りで優勝しました。
中距離はゲーム性が分かりやすい
この大会を企画した横田真人さん。中距離800mの元日本記録保持者です。日本選手として44年ぶりのオリンピック出場となったロンドン大会。それでも中距離への注目度が高まることはなかったといいます。
横田さん:1番人気がないってみんな言う。1番世界ともかけ離れたとか。中距離の魅力をきちんと伝えていければ、そこにしっかりとしたファンのベースができていくと僕は思っていて。
東京大会1500m日本代表の卜部蘭選手。中距離の魅力は選手同士の激しい駆け引きにあるといいます。
卜部選手:(中距離は)誰が勝つのかが分からないっていう、前半型の人もいれば、後半型の人もいるとか、面白さがいろいろあるのが中距離の良さかなって思います。
横田さん:100mじゃ一瞬で終わっちゃうじゃないですか。ゲーム性が分かりやすい種目なのかなって思っています。あと競馬っぽいですね。
駆け引きの要素を前面に押し出したのが1600mのエリミネーションマイル。400mトラックを4周する中で、1周ごとに最下位の選手が脱落するというサバイバルレースです。選手は勝ち残るために1周ごとに熾烈な駆け引きを行い、ファンはその攻防を何度も楽しむことができます。
横田さん:中距離の面白さの伝え方がなんとなく確立してきたと思っていて、ちょっとずつ仲間を増やして変えていけたらいいのかなと思っています。
豊原キャスター:こういうアイデア大事だと思います。また間近で見ると全然迫力違うでしょう。
中川キャスター:ほんとにもう、「速い!」という感じで。オリンピックなどで行われるいわゆる中距離種目は“800m”、“1500m”、“3000m障害”の3つですが、今回の大会でハイライトとなった種目は“1000m”です。専門の異なる中距離ランナー同士が同じ種目でガチンコ勝負をする、この大会ならではのレースです。この種目になみなみならぬ思いで出場した2人の選手を取材しました。
支え合う2人 同じレースで
3000m障害で日本選手権2位に入ったことがある楠康成選手と、南スーダン代表として東京大会1500mに出場したグエム・アブラハム選手。共に1000mにエントリー。同じレースに出場するのはこの大会が初めてです。
アブラハム選手の出身は南スーダン。
複数の民族の対立が続き、2013年から広がった武力衝突では、戦闘や飢餓で40万人が犠牲になったといわれています。自身も内戦で親族を亡くすなど、アブラハム選手は過酷な少年時代を過ごしてきました。
アブラハム選手:法律を勉強して弁護士になりたいと思っていました。でも家族全員に反対されました。正義を主張すると敵を作ってしまい、命を奪われかねないからです。
未来を思い描けない中、人生の転機となったのが16歳の時に参加した陸上大会でした。
アブラハム選手:他の選手を抜いた時、大歓声が響きました。その歓声は一方の民族からだけでなく、あらゆる民族の人たちからわき上がっていました。スポーツが人々の心を1つにできるのなら、僕はランナーとしての能力を母国の平和のために使おうと誓ったのです。
スポーツの価値を思っている
スタッフ:何て呼んでいるんですか。
楠選手:アブちゃんって呼んでますね。アブブかアブちゃん。
アブラハム選手のことを「アブちゃん」と呼ぶのが楠選手。アブラハム選手が東京大会で来日した時、2人は出会いました。当時スポーツが不要不急と呼ばれる中、楠選手はアブラハム選手の姿勢に背中を押されたといいます。
楠選手:オリンピックがあったほうがいいのか、僕自身も明確な答えを持ってなくて、スポーツが母国を平和にするっていうことを聞いて、そういう明確な答えというか、スポーツの価値を思っている選手なんだというのに僕が触れたことで、僕自身がそのアスリートの一人として彼に救われたっていう経験があって。
東京大会のあと、競技に集中できる環境を失ったアブラハム選手。楠選手は自分のチームにプロ選手として招き、今後の活動を支援したいと申し出ました。
楠選手:恩返しの意味も込めて彼の夢っていうのに共感しているので、声をかけさせていただいた。
アブラハム選手:スポーツで結果を残し収入を得ることで、南スーダンの全ての地域のアスリートを支援したいと思っています。たとえ、自分たちと対立する民族のアスリートであっても僕たちはみんな兄弟なのです。
3000m障害の楠選手と1500mのアブラハム選手。お互いを支え合う2人が同じスタートラインに立ちます。まず飛び出したのは持久力に勝る楠選手。快調に飛ばします。一方、スタートで出遅れたアブラハム選手。
アブラハム選手:(楠選手が)1週目からとても速かった。私もついていこうと思った。
持ち前のスピードを生かし順位を上げます。
中川キャスター:楠選手のすぐ後ろをアブラハム選手が走っています。
楠選手に追いついたアブラハム選手。
残り1周、ついにトップに立ちます。
しかし、最後は力尽きました。
楠選手が5位、アブラハム選手は7位。
楠選手:うわあ、悔しいなという話を2人でしました。
アブラハム選手:楠選手とこの場に立てて幸せだし、とても励みになった。レースのたびに多くの学びがある。走ることはそれ自体が学ぶ事なんだ。
楠選手:スポーツの価値をどんどん探して、これからも切磋琢磨して頑張りたいなと思います。
取材をおえた中川キャスターからひと言
中川キャスター:今回、アブラハム選手にインタビューをして、そのまっすぐな思いからスポーツの可能性というものについてすごく考えさせられました。
豊原キャスター:そういう思いが楠選手の問題意識と共鳴したっていうことでしょうね。
中川キャスター:そうですよね。大会を企画した横田さんは来年以降もこうした大会を開催していきたいと意気込んでいます。