松尾スズキ「丁寧に準備することが大事なんだって、この年になって学習して」

NHK
2023年11月20日 午後4:18 公開

宮藤官九郎や阿部サダヲなどが所属する「大人計画」を主宰し、作家、演出家、俳優として活躍を続ける松尾スズキ。シュールやナンセンスを織り交ぜた独特の笑いにこだわってきた。

福岡県の大学を卒業し、上京後、自らギャグ漫画を書いて売り込むほど笑いにのめり込んでいた松尾は漫画家を志していたが、26歳のとき、ある理由で大人計画を旗揚げする。


松尾: ずっと漫画家志望でギャグ漫画を描いてたんですけど、孤独なのよ。

生田:誰とも関わらない。

松尾:誰が笑ってくれるとも分からない。でも、舞台に立って笑いをつくっていくと、連動的にお客さんがどんどん笑い始めて、その瞬間は答え合わせが出来ている。自分がつくった笑いが、「こういう力学によって、客席に笑いを起こすんだ」って分かり始めた時から、目の前にお客さんにいるところでやりたいなと。そこで笑いが起きるっていうのは、すごい素敵だなと思って。

生田:確かに。「よーいドン」ですもんね。で、皆がもう同じ方向にやっていくっていう。

松尾:うん。チームワークでつくっていけるのが好きね。

生田:ああ…確かに。

松尾:そんなこんなで30数年ですわ。

生田:でも、すごく難しくないですか?人に笑ってもらうって。私、恐怖心あるんですよね。笑いの世界に対する。

松尾:うん。でも、場数なんだよね。

生田:そうなんですね。

松尾:俺らも始めた頃、小さい舞台をいっぱいやって、下手したら年に10本とか、まあ、ばらばらになってやるんですけど、そういうのをやって、滑ったら1回1回ちゃんと傷つくんだよね。特に大スベリっていうの、あるじゃないですか。

生田:笑。確かに。

松尾:「テッパンだ!」って言って、(舞台に)出て、(観客が)スーってなるっていうのが、めちゃくちゃやっぱ傷つくのよね。

生田:笑。舞台の笑いって難しいですね。

松尾:構築したものじゃないとウケないからね。

生田:でも固めちゃうと、またそれはそれで違いますもんね。

松尾:違うんだよね。

生田:かと言って、ノープランで行っても違うじゃないですか。

松尾:だから、稽古に稽古を重ねるんだけど、稽古のことを忘れて、立たないといけないっていう。常に、背水の陣を自分の中で感じていかないと、ノンフィクションな感じで、見えないんだよね。

生田:ああ…。

松尾:ただ、笑いだけじゃないなって、最近、考え方が変わってきてるね。多分それ、コロナのせいがちょっとあるんですけど、俺、『キレイ』のいくちゃんが出てる回で、初めて演出だけする側に回ったじゃない?

生田:そうですよね。それまでは役者としても、出演してましたもんね。

松尾:もうちょっと客観的に『キレイ』っていうものを見てみようと思って、客席側にいる人間になったんだけど、ちゃんとストーリーを持ってお芝居をつくるっていうことに、逆に向き合えたんだよね。「本番を客席で見ることがこんなに重要だったんだ」って思ったんです。

生田:確かに、それまでは見られなかったですよね。

松尾:袖から見てた。で、客がどういうリアクションを舞台に対して取っているかが細かく分かってくるから。だから、「あ、俺、見えてないところ、いっぱいあったんだ」っていうことに気づいて。

生田:すごいですね。この経歴でまだ反省とか気づきみたいなのを重ねていること自体が、すごいなって私、思います。普通、「もう自分、このスタイルです」って変えなくて良さそうじゃないですか。

松尾:うん。まあ、立ち止まる時間があったからだろうね。
 


日本をコロナ禍が襲ったのは、『キレイ』終演後まもなくのこと。演劇界は大打撃を受けた。松尾は流行当初に、濃厚接触者となり、家にこもる以外なかった。しかし、そんな中であるものに出会う。    

松尾:今、俺、毎日、絵を描いてるんですけど、下描きを丁寧にやった上に線を重ねて描くと良い絵は出来るんだけど、自分が本当に良い線だなと思うのは、下描きをしなくてうまく行った絵なのよ。直接ペンでグッと入り込んでつくった線がうまく行った時に、すごいアドレナリンが出るんだよね。

生田:絵ってアドレナリン出るんですね…!

松尾:出ます。

生田:ああ…知らない感覚です。

生田:絵を描くようになって、それが演出の仕方に影響してきたり、見えるものが変わってきたりすることってありますか。

松尾:うん、あると思います。自分で絵描いてて分かったのが、風景に興味がないんですよ。キャラクターにしか興味がなくて。

生田:風景。(松尾の絵を見て)あ、本当だ。

松尾:だから、やっぱり俺、人間を描きたいんだな。人間の中のモンスター的な部分を強調するとこうなるよ、みたいな感じがあるんですけど、

生田:面白い。

松尾:だからこういうのはね、丁寧に描かざるを得ないんですよね。この絵は2022年って描いてあるけど、ここの部分を2022年に描き直したから、本当は2021年。ずーっと変えてる。

生田:じゃあ、1回完成したらそれっきりじゃなくて、後から加えたり直したりするんですね。

後から直すって松尾さん、自分の戯曲でもやられるじゃないですか。時間が経ってから、昔の脚本のセリフを変えたりとかもあるし、スポットを当てる人物を変えたりするじゃないですか。だから、絵のつくり方と本のつくり方って、似てる、通じる部分もあるのかなって今、思いました。

松尾:ああ、言われてみればそうかもしれないですね。再演が含まれるっていうね。だから、丁寧に準備をすることが大事なんだなって、この年になって学習して。一発描きの部分はいっぱいやってきたんだけど、下絵のことを、俺はちょっと軽んじてたところがあるなと思って。

生田:それは、芝居とか戯曲をつくる時もっていうことですか。

松尾:そうなんですよ。


2023年、京都の大学で教授に就任し、月に1回、学生に演劇を教えることになった松尾。2019年に上演し、読売文学賞も受けた2人芝居『命、ギガ長ス』を、学生と一緒に作り上げようと試みている。

主人公は、80代の母親と、その母親の年金にたかる50代の息子。その芝居を、独特の方法で作り上げている。

松尾: 今、京都の大学で、月1で演劇の授業を半年以上やってるんだけど、18、19歳ぐらいの子たちと一緒になってると、50歳、80歳のリアリティーがまあ、つかみにくいんです。

生田:リアリティーとして感じにくいですよね、どうしても。

松尾: そうした時に、「材料と情報を与えてやればいいんだ」って。それをやると、戯曲の言葉の端々に出てくる飲み屋の名前とか、墓地の名前とか、酒の種類とか、調べるべき情報を全部書き出してみたの。そしたら、60個以上あって。

生田:すごい、いっぱい。

松尾: 今、YouTubeとかで当時の映像とか、いくらでも入手出来る。やっぱり、映像と音っていうのが、俺たちの中で、記憶になってるじゃない?その時のテンポ感とか、流行ってた曲とかがずらっと明確になるのね。

母親が50歳の息子を産んだ時に、日本は何年でどういう時代かっていうのを調べると、情報で体が埋まっていくんですよ。こんなにネットでいろんなものが手に入る時代に、それをやらないのって不誠実だなと思って。だから、今、その子たちに情報を出来るだけ与えて、劇をつくるっていうことを、やり直させてもらってる。

生田:『キレイ』の稽古の時、全然そういう感じじゃなかったですもんね。全然っていうのもあれですが…笑。ちゃんと説明してくださるところはあったけど、どちらかと言うと、何か、ムチャブリみたいなところから入って。

松尾: 笑。ムチャブリの一言で済まされると、非常に遺憾ではありますが。

生田:笑。違う違う!そういう部分もあったじゃないですか。「こんな感じで」とか。

松尾: そうね。もともと自分が作家兼演出家だから、戯曲について調べる必要がない状態からやってるんだよね。

生田:そっか。自分が産み出してますもんね。

松尾: 全部自分の頭の中から出てきた世界だから、調べる必要がないのよ。

生田:確かに。その時と今、松尾さんの演出受けたら、また違うっていうことですもんね、きっと。

松尾: だから、絵が介在してるんだよね、きっとね。

生田:絵が松尾さんの演出を変えてるんですね。

松尾: 変えてくるのかもしれない。
 
 

2023/11/17 スイッチインタビュー「松尾スズキ×生田絵梨花」EP2より