久石譲「自分と対象との距離をどう取れるかが重要」

NHK
2023年9月29日 午後10:00 公開

珠玉の映画音楽で世界的に知られている、日本を代表する作曲家・久石譲。宮﨑駿監督とのコンビから、国民的とも言えるヒット曲も生まれた。最新アルバムは、アメリカ・ビルボードのクラシックアルバム部門・クロスオーバーアルバム部門で1位の快挙を成しとげ、ワールドツアーは大盛況。グローバルに活躍の場を広げている。

そして久石は今回、宮﨑監督の最新作『君たちはどう生きるか』の音楽を全曲、最小限のフレーズを、反復しながら少しずつずらしていく「ミニマル・ミュージック」で書き上げた。


久石: 今回の作品だけは秘密で、僕にも何も言ってくれなくて。あるとき突然「映像できたから見てくれ」って。それが忘れもしない去年(2022年)の7月7日なんですよ。もう96パーセント以上、ほとんどできてた。

映画音楽を作るときに最も重要なのは、監督と話し合いながら「ここからここまで音楽を入れましょう」と音楽を入れる場所を決定すること。例えば、最初の『ナウシカ』の話し合いは、昼から始めて夜中の3時ぐらいを2回やったんですよ。

ところが今回は映像を見て「こういう感じだから、あとはよろしく」ってだけだった。「え?打ち合わせは?」「久石さんに全部任せたから」「は?」みたいな。何にも打ち合わせなし。消化するのに時間がいるからこちらもほっといて。笑

9月か10月になって「そろそろやんなきゃやばい」と思って、音響の人と相談して「だいたいこの辺で音楽入れるか」と決め打ちで作って、デモを宮﨑さんに聞かせたんです。そしたら宮﨑さん、すごく喜んで。もちろんいくつか「ここはこっちかな」みたいなことはありましたけど、ほとんどその通り。全てミニマル・スタイルだけで書いて、通常はメロディーで書くけど書かないで。だから、今までとは全く違うプロセス。

テリー:そう感じました。本作では音楽と物語のパワーがところどころ違っていましたね。あなたの音楽は前に進もうとしていてストーリーも前進している、映画全体が疾走している感じでした。セリフは分からないから、映像と音楽を聴いていたのですが、2つの流れが呼応しているわけではないけど、うまく機能しているように感じました。映画制作と並行して作曲しなければならなかったということですが、必ずしもエリアごとに分かれているわけではないんですよね。

久石:   そこが僕が考える映画音楽のものすごく重要なところ。今のハリウッドが全滅している理由は、単純に言うと“効果音楽”になっちゃっている。走っていたら速い音楽をつけて、泣いたら悲しい音楽。コンピューターが流行ったからみんなが口出して、はっきり言ってゴミみたいな音楽しかついてない。本当は映画に対して距離を持って、画面をなぞるんじゃなく違うものをやらなきゃいけないけど、今、そういう映画に出会うことはほとんどないですよね。

どんな場合でも、例えば人と人の付き合い方にしても、映像に関しても全部そうだけど、「自分とその対象との距離をどう取れるか」、それがすごく重要だといつも思います。ちなみに僕と宮﨑さんは40年近く一緒にやってるけど、お酒を飲んだこともご飯を食べたこともない。パーティーで食べたとかはあっても、個人的な付き合いは一切しないんですよ。

テリー: それは面白いですね つるまないんですね。

久石: No, まったくないんです。「この映画を作る」「ミーティングする」「終わり!」。ずっとそれだけ。That’s it!  Haha.
 

2009年からオーケストラの指揮者としても活動している久石。ベートーベンなど、クラシックの作曲家の楽譜と向き合い、同じ作曲家である久石の感性で捉え直す。捉え直された新しいクラシック音楽が立ち現れる。  

テリー: 譲さんの音楽を聴くと、いつも自分のやり方と比べてみるんです。自分にはとても難しいと思うのが、音楽を創作して書き留めるのだけど、そこに即興的な感覚を出すのが難しい。でも、譲さんは書き留めながらも即興で弾いているように感じます。自然に発展していくような感覚です。それは天賦の才ですよ、間違いなくあなたが授かった才能です。譲さんはこの仕事をするために生まれてきたんです。

私は、キーボードを弾くと次に来るメロディーやリズムもあらゆる変化を思いつくんです。演奏していると次の展開がやってくるのが聴こえます。でも、座って書いていると楽譜にした時点で即興感覚を失ってしまう。あなたの場合、音楽を書いても自然な流れに感じるのはどうやるんですか?

久石:   とても難しいところですね。一番難しいのは、僕がコンピューターを使い出した大きい理由は、「1つ浮かんだ、こんなのどうかな」とイマジネーションがあって、譜面で書き起こすとどうしても時間がかかるから、まずリアルタイムでキーボードを弾いてレコーディングしちゃうわけです。聴いてみて、「ちょっとリズムが弱いな、じゃあここを直そう」と、どんどん修正して譜面にすると、最初に出たイマジネーションはすぐ逃げていくから、それをつかまえる意味ではコンピューターが便利だと思っています。

テリー: そうですね。私はコンピューターがあって初めてオーケストラ曲を書けました。オーケストラの曲をどうやって書き始めるのかもわかりませんでした。でも、コンピューターのおかげで書けたのであなたの言うことはわかります。再生して変えたければ曲のエネルギーを調整できる。でも、あなたはその前から作曲していますよね?だから、すでに作曲の能力はあって、コンピューターは素材の整理をしやすくしてくれただけです。

久石:   実は『ナウシカ』をつくった頃にフェアライトという、当時1,300万ぐらいするシンセを買ったんです。すごいよね、年収半分もなかったのに。笑

音が同時に8つしか鳴らない、8ボイス。キーボードの「ドミソド」でthis is four。残り、other is four。バイオリン、メロディー、ベース。残りはハイハットとスネアしかない、みたいな。要するに、全部で音が8つだからその中で音楽、ベースの形を作らないといけなかった。これはものすごい訓練になって、無駄な音を絶対使わない。必要なものだけをしっかりやって音楽を組み立てる。そうすると、和音で4つも5つも使うと何もできなくなるから、極力和音には頼らないことをやってたんですよね。それがいい訓練になったかな。
 

一方で、コンピューターの“コピー&ペースト”で作曲における想像力が妨げられることに危機感を覚えると二人は語り合う。

―想像力は“コピー&ペースト”の箱の外からやってくる―

久石はしばしばコンピューターを離れ、ピアノに向かう。自由な即興を深めるテリーも、多彩なスタイルで奏でる久石も、音楽を生みだす「ひらめき」を追って、歩んできたのかもしれない。  

久石: テリーさんがすごいのは、観客の前で即興で演奏しながら自分を客観的に見てやっているじゃないですか。「あ、ちょっと違った」で1回やめて、もう1度頭からやることはできない。ということは、いつもぎりぎりのところで、その瞬間に感じたものを音にする訓練をずっとされていると思うんです。

テリー: 私は演奏をするときに“危うさ”が必要なのです。危機感を持つことがワクワク感になり、やる気を出させてくれるのです。だから私は、コンサートで何を演奏するか決めないようにして気持ちを高めます。そのせいで間違えて、想定外のことをやってしまっても、よりハイレベルのインスピレーションで演奏していますから。だから私はそうしています。危機感を持つため…アブナイのがいいのです。笑
 
 

2023/9/29 スイッチインタビュー「テリー・ライリー×久石譲」EP2より