中島岳志「“利他”を考える時には、“沿うこと”が重要」

NHK
2022年8月1日 午後11:19 公開

政治学者の中島岳志は、インド地域研究を中心にアジアの政治やナショナリズムなどを専門とし、多数の書籍を出版している。中島の代名詞は「保守」。だが、一般的な「保守」のイメージとは異なり「リベラル保守」の考えを掲げている。
  

中島の考える「保守」は「自分を過信せず、他人の意見に耳を傾けながら微調整を続けること」。そのためには、過去の人々が積み重ねた失敗や経験を大事にする、つまり「死者たち」を背負って政治を考えることが重要と語る。

そして、理想とする「民主主義像」は、過去にリスペクトをしながら「永遠の微調整」を続けること。そのために集まり、異なる人の意見を尊重しながら合意形成していく場が無数に作られていることだと考える。そう伝えて続けてきた中島が、少し力が抜けた形で「この世界がこうあったらいいよね」との思いを込めて書いた本が『思いがけず利他』だ。
 

「利他」とは、他人に利益となるように図ること。自分のことよりも他人の幸福を願うこと。

中島は、この考えの中に今の世の中を救うヒントを感じ、大学で研究している。
 

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中島:利他をやるのは結構難しくて、例えば私がUAさんのためにと思って「これ食べてください」と何かを差し上げたとして、それがUAさんにとって食べると体に変調が起きるような物だとすると「困ったな」となるわけです。

で、どんどん「食べてくださいよ。おいしいですか?」と言えば言うほど、僕の言葉は暴力的になっていく。つまり、誰かのためにと思っても、それは受け取られないと独りよがりやありがた迷惑となっちゃうんですね。
 

利他を考えていくにあたり、中島が最も影響を受けたのは、昔ながらの家庭料理の考え方。

「おいしいものをつくろうっていうことは和食では考えない。自然のことだから、まずくなりようがないんですよ。6割ぐらい。あとは自然におまかせ。自分の力でどうにもできないってことを最初からあきらめてるんです」(料理研究家の土井善晴)

ひとりよがりにならず、素材の良さを信じて力を抜いてみること。 ここに、利他的になるためのカギがあるという。

 
 
中島:「人から受け取ろう」と思うのではなく「僕たちはもう受け取っている」ということに気づかないといけない、と思ったんですね。

さきほどサンドイッチをいただきましたけど、具材の野菜は“大地の恵み”なわけです。太陽の一方的な贈与とかあるいは土とか、僕たちは、僕たちを超えたものによって“生きるということ”を与えられている。そのことに僕たちは気づいてないんですよね。

“利他”を考える時に、僕は“沿うこと”がすごく重要と思ったんです。相手に沿いながら、その人のポテンシャルが引き出される時に、とても重要な瞬間があると思うんです。

例えば、僕がすごく好きな番組がNHKの『のど自慢』。僕は、あの番組の主人公はバックミュージシャンだと思ってるんです。なぜかというと時折、ご高齢の方で全然イントロと違うところから歌い始めちゃう人、いるじゃないですか。
 

UA:緊張のあまりにですね。
 

中島:けれど、あのバックミュージシャンの人たちは「そこはイントロじゃないよ」って演奏しないですよね。歌い始めたらそれに合わせていく。ピッチがずれると合わせてあげる。すると、サビのあたりでその方がすっごくノッてきて、会場もすごくあったまる。うわあーってみんな笑顔になって。でも、カンカンカン!としかならないんですけど。笑

その歌が、その人の人生を見た感じになるんですよね。それはバックミュージシャンが、うまくその人の個性、在り方に“沿うこと”によって発揮された何かなんだと思うんです。僕は、あの一(いち)バックミュージシャンのようになりたいなと思っていて、相手の中から自ずから出てくるものをどう拾っていくことができるか。そうできたらと思っています。
 
 

2022/8/1 スイッチインタビュー「UA×中島岳志」EP2より