10代から世界の一流コレクションで活躍するトップモデルの冨永愛。高校生の時には、世界的なコレクションが開催されるニューヨークでオーディションを受けた。冨永はその時の気持ちを、自身の著書でこう綴っている。
「みんながみんな一流のモデルたちだから、その雰囲気はすでに異様。最初は、それだけで飲み込まれてしまいそうだった。目に入るひとりひとりに、心の中で喧嘩をふっかけた」。
冨永:一瞬で判断される感覚って、それまでなかったんですよね。人を見て一瞬で「イエスかノー」って、そんな酷なことはないじゃないですか。でも、そこでやっていくと決めたから、戦っていくしかないわけですよね。どうやって勝っていくかを散々考えた結果、当時の若い私はにらみつけるっていう感じになったんでしょうね。笑
磯田:目力、眼光とか雰囲気。今日も来る前に僕、考えてたんですけど、人のたたずまいとか雰囲気は形を超えたものだと思うんですよね。
冨永:そうかもしれないですね。雰囲気勝負みたいなのはありますからね、私たちは。
ランウェイを歩いていて、それも1分未満しか歩かないけれど、しゃべらないから雰囲気で見せていくじゃないですか。この雰囲気の冨永愛が、この服を着て歩いているところを見て、すてきって思う。かっこいいとかきれいとか、いろんな表現があると思うんですけど、それを見せていく職業だから、雰囲気づくりはすごく鍛錬したかもしれないですね。一瞬の判断の、一瞬の雰囲気の出し方とか、あるかもしれないです。
その後、テレビやラジオなどに活躍の場を広げていった冨永。モデルで培った身のこなしと表現力を活かし、演技の仕事にも精力的に取り組んだ。
「たたずまい」で表現するモデルの世界から、「言葉」を扱う演技の世界へ。冨永にとっては大きな挑戦だったという。
冨永:私からすると演技のお仕事は総合芸術なんですよね。(たたずまいに)プラスしゃべりが入ってくるとなると。だから、その先に行ってみたいと考えたときに、演技のお仕事に興味を持ちましたね。非常に難しいですけど。
磯田:言葉も入ってくるから、いっそう表現の手段の幅は増えますけれども。
冨永:死んじゃうんじゃないかなと思いましたもん。これでしゃべったら。「すごいな、俳優さん」って思いますもん。
磯田:せりふがないときに雄弁である俳優っていうのは、実は非常に重要なことで。
冨永:そうなんでしょうね。
磯田:(あなたは)雄弁です。はっきり雄弁です、雄弁です。
冨永:いやあ…そこ目指したいですよね。目指します。はい。笑
磯田:そして僕も感動しましたけど、『大奥』で時代劇。初挑戦と思えないんだよな。
冨永:一生懸命やるしかないでしょうみたいな感じでしたね。100%以上を出さないとなって。
磯田:かつら乗せただけで通常の状況じゃなくなる方もいて、なかなか役を作れないんですよ。かつら、ぎゅうぎゅう締めますしね。
冨永:そうですね。着物もありますしね。
磯田:着物も重たいですよ。身分が上がりゃ上がるほど、着物も重たくなっちゃうんで。
冨永:重かった。吉宗しかも倹約家なんで、絹使ってくれないんです。
磯田:あ、木綿でいきますもんね。
冨永:全部、木綿なんですよ。
磯田:木綿、重いですよ。
冨永:重かった。
磯田:登場したときの特別感っていうのがやっぱり出ますね。要するに、神君家康は特別感あったんですけど、その後特別感のある将軍って一度も出てこなくて。いきなり、百年も出てこなかった特別感が出る将軍を演じてもらう。で、(冨永さんに)やってもらったら出たっていう。
冨永:めっちゃ嬉しいです。報われた感がすごくあります。正直しゃべらなければ雰囲気を出すことはできるだろうなとは思ったんですよ、しゃべらない職業なんで。でも、そこにしゃべりが付いてきちゃうともう不安でしかなかったですもん、私。
磯田:本当うまくいってましたね。
2023/6/23 スイッチインタビュー「冨永愛×磯田道史」EP2より