ロシアによるウクライナ侵攻から1年がたちました。停戦は見通せず、戦闘が長期化するのは避けられない情勢です。今回の事態は国際社会に何を突きつけたのか。戦闘終結への道筋をどうすれば描けるのか。日本外交の役割は。林外務大臣と専門家のみなさんに議論していただきました。
【出演者】(右から)
外務大臣 林芳正さん
京都大学大学院教授 中西寛さん (専門は国際政治学。安全保障を歴史的に分析)
慶應義塾大学教授 廣瀬陽子さん (旧ソビエト諸国の政治情勢や中ロ関係に詳しい)
上智大学教授 東大作さん (和平調停・平和構築が専門)
●ロシアの侵攻 国際社会は
侵攻1年に合わせ、国連総会では、ロシア軍の即時撤退とウクライナでの永続的な平和などを求める決議案の採択が行われ、欧米や日本など141か国が賛成して採択されました。
(受け止めは)
林:
緊急特別会合が開かれまして、141か国の賛成ということになりました。(私も)ミュンヘンに行っておりましたけれども、なかなか141票、今まで一番多かったとき143票だったんですが、1年前141票、143票というようなラインに、なかなか到達しにくいのではないかと。こういうような話をしておった中で、最後いろんな働きかけ、私自身も含めてですね、やったということが功を奏したのではないかと思っております。やはり世界のどこであれ、力や威圧による現状変更、これは決して認められない。こういう認識が世界に共有されたと考えております。ことしわが国がG7議長国でありますから、安保理メンバーに戻ったことも踏まえて、この決議採択に向けて、こうした点を強調しつつ最後まで各国に働きかけしてきたところです。
(課題は)
林:
どうしてもこの歴史的な経緯もあって、この安保理の常任理事国が紛争当事者の場合っていうのは、なかなかこの安保理を含めた国連がワーク(機能)しにくい。こういう状況に実はなっております。そういう中で、G7が代わりといいますか、役割を果たしてきたというのが状況でないかと思っておりまして、そうした中で、棄権というのが結構多いんですが、実はいろんな国とバイ(二国間)で話してみますとね、自分たちも心は一緒なんだけど、という国も結構いらっしゃるので、実際には、いろんな棄権の票がいろんな意味を持っていると思っていますが、これからこうした国際世論を背景に、しっかりと厳しい制裁と、そしてウクライナ支援を続けて、この結束を維持しながらやっていく。これが大事だなと思っております。
(ロシアの侵攻 国際社会は)
廣瀬:
今回、ロシアはエネルギーを武器に使うという暴挙に出ました。それによって、これまでですと局地戦で済んでいたはずの戦争が、世界規模の影響を与え、誰もが自分ごととしてこの戦争を捉えなければいけなくなった。そして今回の暴挙というのは、やはり民主主義・自由主義に対する非常に大きな挑戦でありまして、この戦争、どの国にとっても、関係ない国というのがなくなってきている。そういう意味では非常に大きな影響をもたらしたものだと考えています。
中西:
2つ指摘したいと思うんですけれども、1つは、やはり今回のロシアのウクライナ侵攻は、大国が世界戦争のリスクもはらんだ形で武力行使をする、戦争に乗り出すという事で、我々にとって戦争というのは過去のものではないということを改めて突きつけたということが、1つの意義といいますか、意味だと思います。今後の情勢によっては世界的な戦争になる危険性もありますので、我々は戦争が未来にあるかもしれないということを認識させられたということです。2点目は、2010年代の後半から進んでいった世界の分断が進行することになったということで、特にコロナで世界が分かれていたわけですけれども、今回の戦争で、先ほど廣瀬先生からもお話ありましたように、エネルギーの武器化であるとか、あるいは西側による制裁であると、そういったような形で、世界の分断が、かなり加速をされ、はっきりしてしまったということだと思います。
(冷戦後の国際秩序の誤算か)
中西:
これは、歴史家あるいは研究者の間でも、いろんな議論があると思いますけれども、やはり究極的には、1990年前後、冷戦が終わった時に西側は、その後の世界秩序についてかなり甘い見通しを持ってしまったということが、今日につながるひとつの原因だったというふうには思います。とりわけロシアの政治について、ソ連共産体制が倒れたあとは、自然と自由民主主義、市場経済が定着するんだというふうに、かなり楽観的な対応をした。ところがソビエトは90年代、うまくいかなかった。そのことに対するロシア人の深い憤り、あるいは情念といったようなものが今日に至って、現在のようなプーチン政権を、内面はよく分からないですけれどもやはり支えている。あるいは、正面から倒そうとしないということには、やはりその経験があったというふうに思います。
東:
人類が始まって初めて核戦争、核兵器を伴う世界大戦に突入する可能性を秘めてこの戦争がずっと続いて、かつ今、拡大をし続けているということが、本当に大きな問題だと思います。これまでも核危機というのはキューバ危機も含めてあったわけですけれども、その時は戦争がなかったわけですね。今回、本当にずっと激しい戦争が行われている中で、例えばロシアが1発NATO(北大西洋条約機構)の加盟国ポーランドなんかにミサイルを撃ち込んでも、全面的なNATOとロシアの戦争になる可能性はありますし、またよく言われるように、ロシアが戦術核兵器みたいなことを使っても、それは何らかの軍事的な対応をNATOが迫られれば、またそこで世界大戦になってしまうと。ですから、そういったことを避けながら、いかにロシアの一方的な暴挙を終わらせてこの戦争を終わらせるかっていうことが問われていると思います。
●最新の戦況 ロシアはどう動く
軍事侵攻から1か月後。去年3月下旬の戦況です。ロシア軍は、首都キーウ周辺まで迫っていました。その後、欧米からの軍事支援を受けたウクライナ軍は、反転攻勢に乗り出し、一部の領土を奪還します。
こちらは今月24日の状況です。現在ロシアはウクライナ東部を中心に攻撃を続けていて、抗戦するウクライナ軍との間で攻防が激しくなっています。
侵攻1年を前にした2月21日、プーチン大統領は、侵攻後初めてとなる年次教書演説を行い、戦争を始めたのは西側諸国であり、われわれは軍事力を行使しこれを止めると言うことだ、と述べ、侵攻を続ける姿勢を強調しました。また23日には、核弾頭が搭載できる新型の大陸間弾道ミサイルを実戦配備するとして、核戦力を誇示しました。
(最新の戦況と今後の焦点は)
廣瀬:
今は、ロシアが反転攻勢に出ようとしている時期だといわれています。ロシアは昨年9月に部分的動員ということで、30万人強の動員をしまして、その半分ぐらいは、おそらくほとんど訓練を施さないまま前線に送り込んでいたらしいですけれども、残りの動員兵についてはずっと訓練をして、訓練が整った兵をこの春にウクライナに投入するということが計画されているようで、徐々にその戦略がもう始められているとも言われているのですけども、まだ現在のところは大規模なロシア側の攻勢には出てない状況です。しかし3月末から4月初めにかけて、おそらくウクライナが西側から供与された戦車を持って、ロシア側に戦いを挑んでくる。その前にロシアとしては、なるべくウクライナを叩いておきたい。そういうところで今後しばらく非常に緊張感が漂う状況になると思われます。
現状、長期化が避けられない状況でありまして、特に和平の交渉を考えるうえでは、交渉のテーブルにつく条件が、ロシアとウクライナであまりに異なっているということがあります。ウクライナ側としては、ウクライナ全土からロシア軍が撤退することということを条件としておりますし、ロシアとしては、ロシアの新しい土地、つまりクリミアと昨年、併合したウクライナの4州、このロシアの主権を、ウクライナが認めることと言っておりますので、非常に交渉は難しいかなというところです。
林:
併合したウクライナの一部地域。これ交渉の対象ではないというふうにプーチン大統領は言っていまして、歩み寄りっていうのが一切ない状況なんですね。したがってある程度ウクライナが、みなさんがやっぱり祖国を守る努力を続ける中で、将来を決める交渉、これはやっぱりウクライナの人がまずは第一義的に決めるべきだと。こういうふうに思っておりまして、そのための環境を整えるためにしっかりとG7等が結束して制裁を続け、そしてウクライナ、そして周辺国に対する支援を続けると。これが大事なことではないかと思っております。
(今後の焦点は)
東:
しばらく膠着状態が続くというのは客観的な見通しではあると思うんですけれども、少し歴史的に見ると、第2次世界大戦後、大国が小国を軍事侵攻した場合を見ると、基本的には小国が軍事的抵抗を続けながら、でもどこかのタイミングで、第3国で大国・小国が交渉して、交渉で合意して大国が軍隊を撤退させていると。撤退してそこで戦争が終結していることが多いんですね。アメリカはベトナムに介入したときも、8年ぐらいは戦争をしたあと、最後はパリでアメリカと北ベトナムが和平合意して、アメリカが撤退をして、戦争が終わると。ソ連がアフガニスタンに侵攻した時も、9年ぐらい経った後、1988年にジュネーブでソ連とアフガニスタンが合意して、ソ連軍が撤退して、その後、戦闘が終結する。その後、アメリカがアフガニスタンに軍事介入したあとも20年ぐらい戦争があったわけですけれども、最終的には2020年にタリバンとアメリカがカタールで合意して、アメリカが14か月かけて撤退をして、その後タリバンが復権して戦闘が終わると。ですから今回の戦争も、どこかのタイミングで、やはり第3国でウクライナとロシアが交渉してロシア軍の撤退を勝ち取るということを目標にしていくことが必要になるかなと思います。
中西:
ロシアとしては昨年の3月にキーウへの侵攻を諦めて、東部に戦線を集中すると、戦力を集中するというふうに変えましたので、その段階でもう長期化というのはある程度、織り込んでいたと思います。しかし、ウクライナ側の抵抗が非常に頑強であるので、9月に国内動員をする、あるいは、東部4州を領土に併合するというようなことを行いました。これは、ロシアが得たものを相手が認めない限りは停戦に応じないという意思を内外に示したもので、その延長線上で今も続けていると。そして先ほどお話がありましたように、当面は今ロシアが攻勢に出ようとしていますけれども、逆にウクライナからの反攻というのも春になると行われると見通されます。しかし、今のところはプーチン体制としてはそういう状況になっても兵力を増強し、戦争をエスカレートさせてでもこの戦争を続けるという意思を、プーチンとしては示し続けているという状況です。
ロシアの独立系の世論調査機関「レバダセンター」によるプーチン大統領の支持率です。侵攻直後の去年3月は83%、去年9月、予備役の部分的な動員の直後は77%となりましたが、先月の調査では再び80%を超えています。
(高い支持率の背景は)
廣瀬:
この戦争というのはプーチン大統領が始めた戦争であるわけですけれども、その戦争の立て付けが、最初はウクライナのネオナチがウクライナ東部のロシア系住民を蹂躙しているので救うという名目で始めていました。そして、戦争がうまくいっていない状況の中でだんだん戦争の立て付けが変わり、欧米との戦争をウクライナが代理戦争しているのだと。そして欧米はかつてのナチである、というようなアナロジーで戦争をしておりまして、国民は皆、この戦争は仕方のない戦争であって欧米がずっとロシアを虐げてきた、その延長線にある戦争なんだという位置づけでおります。ですので、かなり強い意思で国民もこの欧米と戦うというような気持ちを持っていますし、それを支えているプーチン大統領、やはり国民が守っていかなければいけないという意志が非常に強くなっている。もともとプーチン大統領は、強いロシアを再現させたということで国民の支持率は高いということで、そのために一時期、部分的動員を行った9月だけちょっと下がっていますけれども、あとは非常に高い支持率を維持しているということだと思います。
(来年予定されているロシア大統領選の見通しは)
廣瀬:
来年3月に大統領選ありまして、恐らくプーチン大統領、出馬するのではないかと思われます。そしてこの間の年次教書演説でも選挙はやるというふうに言っておりますので、そういう意味では総動員令などしかけることは恐らくなく、この戦争を長くやっていくつもりだと思います。
(核兵器使用の可能性は)
中西:
今の段階では、使用の危険性っていうのはそれほど大きくないと思います。現状では、戦況は比較的膠着状態で、それを突破しようとロシアとしては動員兵を投入するなどしていますので、それでなんとかならないかとやっている状況だと思います。しかし今後、ウクライナ側が戦車を含めて反攻に出て、それでロシア側の軍事的な情勢が非常に悪くなる、大規模な撤退を余儀なくされるという状況になってきて、プーチンの大統領選への出馬自体が危ぶまれるほど国内に動揺が走るというような状況になってくると、異なる段階になってくる可能性があると思います。そういう段階では、西側と戦うということがこの戦争の本来の目的なんだと、改めてこの戦争目的を入れ替えて、核使用を少なくともちらつかせながら、西側にウクライナへの支援を思いとどまらせる。それがうまくいかなければ、核の戦術的使用という可能性も全くは排除できないというふうに思います。
東:
今のところロシアは、やっぱり核兵器を使ったら世界的にも孤立すると。中国でさえ核兵器の使用は絶対に許すべきじゃないと言っていますので、そういった意味では、当面は通常兵器だけでなんとか領土を拡大したいということだと思いますけれども、今、中西先生も言われましたように、ウクライナが本当に完全撤退を余儀なくされるような状況になった時に、彼らがどういう対応をするのか。また、これは無いと思いますけど、ロシア本土に戦禍が及ぶようなことになった場合に、またロシアは別の計算をすると思いますので、そこも考えながら西側としては対応を決めていく必要があると思います。
廣瀬:
私は核の使用は当面は無いというふうに見ておりまして、少なくとも戦争が継続している間は無い。もしロシアが使うとしたら、完全にロシアにとって負けという状況が決まった時に、若干予期せぬことが起こり得る可能性もあるということは想定しております。その一方で、新START(アメリカとロシアの核軍縮条約)を停止するということですけれども、脱退ではないということを強調しているんですね。脱退ではない。ですので、ロシアは軍縮をする気はあるんだけれども、欧米がロシアに対して敵対的だからこうせざるを得ないんだというような論法なわけですね。ですので、これも情報戦の一環というふうに見ております。
林:
戦況について一定の見通しを申し上げるのは差し控えたいと思いますが、唯一の戦争被爆国として、広島・長崎以来77年間、核兵器は使用されていない。この歴史をしっかりと踏まえて、核兵器による威嚇、また、ましてやその使用は全く許されないということで、これは国際的な世論をしっかりと広げていく必要があるというふうに思っております。
実は昨年のNPT(核拡散防止条約)にも、岸田総理が総理として初めてこのNPTに参加されて、ロシア1か国の反対で実はコンセンサスが成立しなかったと、こういう状況もあります。その流れを受けながら、広島サミットに向けて、しっかりとこういう状況の中で、核の無い世界へ向けての流れっていうのを止めないようにしていく。これが非常に大事なことだと思っております。