停戦の見通しが立たないウクライナ情勢。どうすれば戦争終結への道筋を描けるか。議論は「停戦の可能性」や「条件」へと進みます。そして、ウクライナへの支援やロシアへの制裁など、日本ができることは?
●戦闘終結への道筋は ウクライナ支援は
ゼレンスキー大統領は2月24日記者会見を開き、この戦いに今年中に勝利すると確信していると述べて、ロシア側に徹底抗戦する決意を示しました。
NHKは、侵攻から1年になるのに合わせて、ウクライナの調査機関と共同で市民の意識調査を行いました。ウクライナ政府に何を期待するか尋ねたところ、「停戦し和平交渉を始める」と回答した人が12パーセントだったのに対し、_「軍事侵攻が始まる前の去年(2022年)の時点に戻るまで戦闘を続ける」が11パーセント、「クリミアやドンバス地域を含む旧ソビエトから独立した時点の状況になるまで戦闘を続ける」が73パーセントとなり、領土を奪還するまで徹底抗戦すべきだと回答した人が合わせて84パーセントとなりました。_
ウクライナに軍事的な支援を続けてきたアメリカ。首都キーウを訪れたバイデン大統領は、その後の演説で、「我々のウクライナへの支援が揺らぐことはない、民主主義は弱くなるどころかより強くなった、専制主義こそが弱体化した」と述べました。
(支援のあり方は)
林:
ロシアによるウクライナへの侵略、未だに続いているわけでありまして、なかなか短期的な収束の道筋が見えない中で、このロシアの世論調査もそうですけれど、今のウクライナの調査を見ても、やっぱり戦時の世論調査、実は私は留学中に色んなことがあって、それまで無かったような跳ね上がりが、やっぱり戦争っていうことが起きると出てくるということを経験しております。したがって、この今の73パーセントと、一方ロシア(プーチン大統領の支持率)80パーセントの中で、国民が両方の背中を押してこの交渉に入るっていうのはなかなか難しい状況ではないかと思っておりますが、そうした中で、やはりこのG7を中心とした同志国が結束を維持して、こういう事があってはならないというメッセージをグローバルサウス(西側諸国とロシアが対立するなか、どちらにもつかない新興国や途上国)にも出しながら、引き続きロシアに対する制裁と、そしてウクライナに対する支援を続けていく。これが当面大事なことではないかと思っております。
(ロシア制裁 目的と効果は)
廣瀬:
まず目的は、やはりロシアの経済的な手段を絶つことによって、この戦争の継続能力を失わせるという目的があるわけですけれども、実際1年経って、効いていない面もかなり出てきているのが実情です。特にエネルギーについては、もちろん欧米には売れなくなっているわけですけれども、中国・インド・トルコなどが非常に多くのロシアのエネルギーを購入しているという現実がありまして、かなりの収入を得たままだということがあります。そして、ヨーロッパの国も「瀬取り」などでロシアのエネルギーを買い続けている国もあります。そして問題となっているのが、並行輸入でして、ロシアは輸入ができないということで、色んな生産ができなくなるのではないかと言われていたんですけれども、並行輸入、特にトルコ・旧ソ連諸国などを経由して欧米のものを輸入することによって、かなり色んなものが作れるようになっていますし、商品などもちょっと高くなっただけで、ほぼ戦争前と同じものが入手できる状況があるというふうに言われています。
中西:
経済制裁は何のためにするかっていうことが重要なんですけど、それが十分に定義されないままに行われてきたというところに問題があるのではないかと思います。廣瀬先生がおっしゃったように、ロシアの継戦能力を弱めるということが1つの目標だったわけですけれども、それについては十分な効果は上げることができていないのが現状だと思います。もう1つは、ロシア人の生活水準を下げてプーチン体制に対する不満を高める目的もあったように思いますけれども、こちらについては、どちらかと言うと西側に対する不満を高める効果と相半ばしているような状況だと思います。もう1つは、メッセージとしてロシアがやっている違法なことに対する懲罰という意味があって、これは西側の間では非常に結束して行われているということは事実だと思いますけれども、実際にロシアに制裁を行っている国は世界の中で50弱ぐらいだと思います。そういう意味では、制裁をする国はするけれども、しない国はしないという状況で、この点でもロシアに対する経済制裁は十分な効果を上げているとは言い難いと思います。
東:
今までの経済制裁を見ると、やはり何をしたら制裁を解除するかということを明示した場合は、それなりに効果がある場合はあって、例えばイランに対して核兵器の開発を停止したら解除すると言って、それで2015年に核合意がされたりしたことはあるんですけども、ちょっと今回の課題は、何をロシアがしたら制裁を解除するかということが、なかなか西側が明示できてないところに大きな課題があると思っています。ですから、去年、イギリスの当時のトラス外相が、基本的には2月24日のラインまで、侵攻前までロシア軍が撤退して、それで戦闘をやめたら多くの制裁を解除すべきではないかと話されたんですけども、私はそれが1つの参考になると思っていまして、そういう何をしたら解除するかを決めることで、逆にロシアの終戦への機運を高めていくということも考える必要があるのではないかと思っています。
林:
色んな議論があって、当初の目論見よりも効果が出ていないんのではないかと、こういう議論もあるわけですね。この間のG7でも表明をしたんですけれども、やはりこの制裁の回避、これが出てきているんですね。ここをどうしっかりと抑えてくかと、これが1つあるのではないかということで、議長声明、ミュンヘンで出しましたけれども、そこにもメッセージを出させていただきました。また、プーチン大統領は演説で思ったよりもよかったと言っているんですが、それでもGDPマイナス2.1パーセントです。また、例えば自動車産業で、部品の輸入依存度が高いものですから落ちてきている。こういうことで、粘り強くこれをやっていくということがやはり大事ではないかというふうに思っております。
(停戦の可能性・条件は)
中西:
ウクライナはクリミアを含めた全領土の奪還というのを掲げていますし、ロシアは東部4州とクリミアはもう既に併合してロシアの領土だとしていますので、非常に折り合いは難しいのが現実だと思います。今後あり得るとすると、ウクライナによる反攻が進んでロシアがかなり大きな手ひどい敗北をする。しかし、全てが失われていない段階、例えば東部4州については、ほぼウクライナが奪還の見通しが立って、かつクリミアが残っているというような段階で国際的な仲介が入り、クリミアの将来については今後、平和的な解決を行う。そういったようなことで、ロシアにある種の妥協のインセンティブを与えるというような形での停戦というのはあり得るかもしれないですけれども、その場合でもプーチン体制にとっては非常に大きな痛手になることは間違いないと思います。それを受け入れさせることができるかどうかというのは、国際社会の結束や外交力というのが問われる局面になると思います。
廣瀬:
極めて難しいと思います。現状ですと、やはりお互いがもう疲れきってフローズン・コンフリクト(凍結された紛争)になる直前での停戦交渉ということが一番可能性としては高いと思うんですけれども、その場合、お互いが、どちらかがまた戦力を取り戻すと再び戦争が起こる。それが繰り返される可能性が非常に高く、安定した停戦状況、ないしは終戦というのは、非常に現状では望みにくいと思っております。
東:
今は和平交渉という機運に無いわけですけども、実は開戦直後、ロシアとウクライナはずっと和平交渉を続けていたんですね。私が注目しているのは、去年3月29日にトルコの仲介で両者が対面で会った時に、ウクライナ側が4つの提案をしていて、1つは、2月24日のラインまでロシア軍は戻ってくださいと。もう1つは、クリミアとか東部ドンバスの一部は、別途、戦争が終わってから15年くらいかけて協議しましょうと。その代わり、ウクライナはNATOにも入らないし、NATOの軍事基地も置きませんと。で、4つ目は、ロシアも含めたP5(Permanent 5=国連安保理の常任理事国5か国)も含めて新しい安全保障の体制を作って、お互いに攻め込んだりすることをしないようにしましょう。そういう提案をウクライナ側がして、ロシアの和平交渉団もこれを非常に好意的に評価していまして、その半年後にアメリカ軍の関係者が出た話としては、基本的に和平交渉団の間では合意していたというふうに言われています。ただ、実際はその後、信頼醸成のためと言って、ロシアがキーウの前線から軍隊引き揚げたら、ブチャでの民間人の殺害などが分かりまして、イギリスのジョンソン首相とかアメリカのバイデン大統領が、これはもう戦争犯罪だと、プーチンさんの責任を問うべきだっていうことになって、プーチンさんはもう交渉やめちゃったわけですけれども。私はこの後、廣瀬先生がおっしゃったように、疲弊が続いていった中で、どっかでもう1回交渉しなきゃいけないというふうになった時に、この3月29日に和平交渉団の間では合意した内容というのは1つの叩き台になり得ると見ています。
林:
今、双方の言っていることを聞くと、なかなか今すぐという状況ではないのかなというのは、先生方おっしゃった通りだと思います。やはりいかに停戦に持ってくかということも大事ですが、もともと始まった時の経緯を思い出すと、一方的な侵略なんですね。したがって、これが何か正当化されるような結論っていうのは、非常に禍根を残す。で、国際社会にも誤ったメッセージを発すると。その側面はやっぱり決して忘れてはならないと思っておりますし、今回の国連でも、ただの平和ではないと。ジャストピースだと、正義の平和だというような意見が相当出てきております。そうした声をしっかりと踏まえながら、冒頭申し上げましたように、ウクライナの人がやはりどう考えるかということを中心に考えるべきだと思っています。
(停戦に向けた仲介役は)
東:
仲介をするところと、実際の紛争当事者に影響力を持っている国って必ずしも同じではない場合も多くて。この戦争については、私はトルコと国連がロシアとウクライナの間を仲介して、穀物輸出合意というのを7月末に実現して、今もずっと穀物の輸出は続いているんですね、実は。ですから、トルコと国連が仲介をするというのが1つの考えとしてあると思いますけども、その2つの国はロシアとウクライナを説得する力はありませんので、そこはやはりウクライナについては、最大の支援をしているアメリカが影響力を持っていると思いますし、ロシアに対しては、ガスや石油を買い続けている中国が持っていると思いますので、最終的にはアメリカや中国も含めて世界全体として、このラインで終わらせていく。私は基本的に2月24日ラインだと思いますけども、そういうコンセンサスを作って、ロシアにまずは軍を撤退させてもらって、まさに大臣がおっしゃったように一方的な力による現状変更は認めないという前例を作るという形で終わらせていくのが、やっぱり一番現実的ではないかなと思っています。
(中国の動きは)
廣瀬:
非常に難しいと思うんですけれども、まず中国がこの仲介役を実際に果たせるかというと、かなり難しい。もちろん可能性はあるわけですけれども、ウクライナの意をほとんど取ってないような形で発表した文書というのが出ております。ですので、ウクライナ側としては、中国のアクションについてはほとんど関心を持っていないというような状況で、一応ロシアは表面的には歓迎と言っていますけれども、やはり内容的にロシアも承服できるものではないんですね。中国としては、やはりここで中国がいかにこの戦争を終わらせたいか、平和的な国であるということを世界にアピールすることができますし、また現状、アメリカと中国の関係、非常に緊迫しているわけですけれども、そこでアクション的に我々は平和的なんだということを見せることによって、アメリカとの関係緩和というところも目指しているような気がします。
中西:
今回の停戦提案というのは、中国外交にとっての動きという側面が強いと思います。今、習近平政権が第3期に入って、3月に政府の陣容が発表になるわけですけれども、それに向けて、中国として国際社会に一定の責任を持つという姿勢を示す。とりわけ今アメリカとの関係を調整しつつ、同時にまたロシアとの関係も再調整しているように見えるんですけれども、そういう中で、今この12項目の文書を発表しておくことが直ちに停戦につながることはないけれども、将来何らかの形での停戦に向けた動きに中国が役割を果たす。そこで中国自身の影響力を、ロシアに対してもそうですが、アメリカに対しても強めることができるという、ちょっと長い目で見た動きではないかというふうに思います。
(日本は何ができるか)
林:
やはり先ほど来議論があるように、中国もこういう文書を出してきておりますが、ウクライナのゼレンスキー大統領、非常に一歩引いたような会見になっています。したがって、やっぱりこういう事が起きた。私はウクライナがどうしたいのかということが基本的にあって、そして、現実的にじゃあどう展開していくのかということも必要ですから、先ほど東さんがおっしゃったように一度は出来かけたことがあるわけですね。そういうことも踏まえながら、やはり国際社会がいかにそういう機運をつくっていくか。我々G7の議長国でもありますし、国連にも1月から非常任理事国として入っていますので、そういう機運を醸成していくと、これが非常に大事な事になってくると思います。