日本の研究力低下が懸念されている中、大学にいま何が求められるのか、後半は、研究に携わる人材をどう育てていくか、そして人口減少が加速し社会が大きく変化する中、大学はどう変わっていくべきか、専門家が議論しました。
ここまでの議論はこちら ⇒「どうする“研究力低下” これからの大学は」前半
(国際卓越研究大学で世界トップレベルの人材を育成できるか?)
横山:研究自体には非常に興味があるけれども、博士課程にいくほど自信がないであるとか、その先の雇用を考えるととても行けないと思っている若手の方、とても多いと思うんですね。しかし、そこをしっかり支えないと若い人たちを増やしていくことができない、ついては研究力も強化できないということで、まずは我々自身が腰を落ち着けてしっかりと研究に取り組む時間を確保し、研究力を回復すると同時に、我々自身の姿を見せることで若手を応援していく必要があると思っているんです。しかし先ほどから申し上げているように、例えば私たちが大事に育ててきて地方大学に就職した若手研究者などは、教育や他の事務作業に忙殺されて、年に研究をできる時間が春休み1週間、夏休み1週間、年に2週間しかないというような方たちも非常に多いんですね。この現状をまずはしっかりと認識することが非常に重要だと思っております。
研究人材について2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治さんに取材をしたところ、次のように指摘していました。
(国際卓越研究大学によってこうした人材は生み出されていくか?)
横山:ぜひ期待したいところでありますね。特に野依先生がおっしゃるように、枠にとらわれない人は我々が育てようと思って育てられるわけではなく、ある程度のダイバーシティーをもって人を育てる中でたまたま出てくる状況だと思います。最初から我々があまりにも「こうならなければいけない」ということを持ちすぎることも逆に弊害になる可能性もありますので、世界を見ながらどういうふうに人を育てていくのか、これまでとまた違った取り組みも重要になってくるかと思います。十分に注意しながらダイバーシティー、研究環境を確保していきたいと考えます。
高橋:横山先生の話には全くアグリー(同意)です。やっぱり研究者が魅力ある仕事にならなくちゃいけなくて、そのためには時間に追われて忙しいというのはダメです。もう1つ、日本の研究を支えているのは大学院生で、非常に大きな重要なプレーヤーだと思いますが、彼らが安心して研究に没頭できる環境ですね。ただ1ついい材料としては、今回あまり表に出ていないんですけれども、毎年7000人の博士課程の学生に経済的な支援をというのが実はパッケージの中に入っています。これは私が学生だった時、何十年前よりはもう破格にいい条件ですので、そういうところをポジティブに評価してというのもありかなと思っています。
榎木:ちょっと懸念しているのが、トップ大学、東大・京大、今回の東北大といったところに、例えば学部卒業したあとに大学院として進学することはもちろんあり得ますし、それは悪いことではないんですが、ただ、そういった吸い上げた人材が次にどこに行くか。先ほど横山さんがおっしゃったように、就職先としての地方大学とかまさまざまな研究機関がもし痩せ細ってしまったら、その優れた人材がどこに行くんだということになって、それが例えば海外流出してしまうということになったら、広い意味で見れば、経験を積んだ人が戻ってくればいいんですけど、戻れないということになってしまったら、非常に人材の浪費ということになってしまいます。その循環をどう築き上げていくかというところが重要だと思います。
研究者をめぐっては、働く環境の不安定さも指摘されています。40歳未満の国立大学の教員のうち、任期付きで働く人は増えていて、7割近くに上っています。
(この現状をどう考えるか?)
榎木:非常に深刻だと思っています。任期付きのかなり多くの方々にお話聞きましたが、本当に不安でしょうがないと。来年、あるいはその数年後が全く見通せないということですね。そういったプレッシャーの中でよい研究ができるのか。とてもできるとは思えないということです。確かにある程度の健全なプレッシャーは必要ですけれども、有期雇用で明日のこと、短期的なことばかり考えていたら、とても独創的な研究はできないということで、もう少し安定雇用を広げていかないといけないのではないかと思っています。全員安定雇用にしろとは言わないまでも、今はあまりにも過度になりすぎているのではないかという問題点を指摘させていただきたいと思います。
中空:そもそも、ここまで任期付きで働かなきゃいけない人たちが多い、フラジャイル(不安定)な状況になっているということは、本当はもっとお金を入れなきゃいけないです。そうでないと、基本的な基盤もありませんよ。でも私たちは今から競争力をつけたいと思っていて、基盤もないし競争力もないし結構いろんなものを失ってきたわけなんですが、この何十年という間に私たちはいったい何を失ってしまったんだろうと思いながら聞いていました。その意味でいくと、今からやらなきゃいけないことが多いと考えておりまして、本当に大学がそういう場を提供できるか。それは卓越大学で安定的にできるかというと、また違う気がしていまして、基本的にはいろんな意味合いがあると思うんです。産官学の連携も必要になりますし、その意味では就職先を考えることも必要になる。加えて、いろんなお金を持ってくる。そしてオープンイノベーションといいますが、いろんなところとの交流がきちんとできるようになる。同時並行的にいろんなことやらないと、結構難しいと思ってお聞きしました。
(人材への投資が今なぜ問題になってきているのか?)
横山:研究力の低下が議論されるようになったきっかけは、やはり2004年の大学法人になった前後からです。
運営費が減ってきて、それによって若い人たちを任期付きにせざるをえなかったという状況があります。というのは、上の教員をなかなか切ることができないので、若い人を不安定化させたということがあったんですね。その運営費の低下、人件費の低下が最初の問題の発端にあったわけなんですね。そこをぜひこの制度で、本来は安定雇用というところをしっかりと支えていただきたいんですね。研究力強化のためには基盤部分が重要で、それは研究力強化とは違うからと分けられない問題が実際には存在してるわけなんです。研究力強化のために必要なことは実はものすごく限られていて、安定雇用、時間の確保、そして人の循環と国際交流。こうした点にほぼ限られている中で、私たちは本来を見失って使うところばかりに投資をするようなことにならないように、政府が期待することと実際必要なことというのにずれがあるのではないかというのが、やはり継続しての懸念ではありますね。
(任期付き雇用は、大学や研究にどれだけ負担となっているか?)
高橋:組織と当事者が明らかに違う観点で見られる部分だと思っています。まず、難しい当事者の部分は今までのご指摘のとおりですし、榎木先生がおっしゃった健全なプレッシャーは非常に重要なこと。特に若い人生の一時期、がむしゃらに仕事するのは求められることだと私は思っています。ただそれが精神に何か問題を来すほどとか、生活環境が失われるほどというところまでいってはまずいというのも全く同意見です。一方で、組織的なマネージメントの観点からすると、研究もやはり変遷があります。例えば1つの分野に関しても、研究のトピックやその最先端知識は常に流動して、知の蓄積がなされていくわけです。そうすると研究組織としてマネージメントした時に、同じ研究分野に同じような研究をしていくことを安定環境として提供するのがいいかというと全然違うので、そこは任期付きで人の流動性をあるマスでちゃんと担保するということと、研究機関のマネージメントを両方考えていく必要があると思います。
(研究者としてのやりがいと生活が両立するには何が必要か?)
榎木:キャリアを積み重ねていくためには、キャリア教育もやらなきゃいけないのではと思っています。研究者の方に話を聞くと、研究以外をちょっと下に見てるというわけではないですけれども、抵抗感があるみたいな形で、社会に出ていってさまざまな場所で活躍するということに億劫になっている部分があると思っています。大学院で育成した人材が全て研究者になるわけではないし、そういったさまざまな社会の場所に出ていくことを、もうちょっと大学自身もしっかりとサポートしていかないといけないのではと思っています。
(企業が研究者を採用して自社で競争力を高めることも考えられる?)
中空:産官学連携のプロジェクトですとか、それに熱心な企業も増えているようにも感じられるので、それぞれの企業の競争力強化のためにも、それから収益力強化のためにも積極的にやる必要があるし、やっている企業の方がやっぱり勝てると思うんですよね。だから私はわりと期待して見ているところではあります。ただ、期待して見てればいいかというと、それだけじゃ進まないこともありますので、基盤を作って研究職はいい職業だということもみんなに思ってもらって、日本の研究力が世界に流出することのないよう、日本でやりたいと思うような仕組み作りは必要だと思います。一方で、本当に全員が全員、同じ扱いではないので、適度なプレッシャーというのもありましたが、健全なプレッシャーをかけるように優秀な人にお金を持ってもらうのが大事だと思っていて、それがきちんとできるかどうかにかかっているかなと思います。
(研究者にはどんな支援が必要か?)
高橋:榎木先生ご指摘のように、研究者はドクターをとったあとアカデミックキャリアに行くことが最善であり、それ以外のオプションがどうも2番手になってしまうという暗黙の前提をぜひ変えたいです。日本でかなりシリアスな問題としては、大学という組織体のマネージメントなんですね。ヒト・モノ・カネという話がありましたが、それを最大効率に運営して経営していくというような、まさに企業と同じだと思うのですが、プロフェッショナルなアカデミック組織の運営・経営というのは少し違う部分があります。外部環境が今非常に変わっていて、国際的な動向とかデータやAI、倫理の話、コンプライアンス、一方で政策がいろいろ複雑になっていく中でどういうお金が最適なのか。情報収集、IR等も非常に重要で、それは非常にエクセレントな研究者がその後、学部長や学長になっていくというところでは、なかなかカバーしきれないものです。なので、大学にも新しい経営マネージメントの人材が必要で、そういうところにもぜひ科学を愛するという意味で博士号を持った人たちのコミットがとても重要だと思います。
(若い世代が研究に関心を持てるような取り組み、何が必要か?)
横山:研究の中身自体を伝えることは前からやっているように非常に重要だと思っています。高校生や中学生、若い人たちがより研究に魅力を持つような情報提供は非常に重要だというふうに思っています。あとやはりダイバーシティーの問題。女性研究者や運営者とかがしっかりとその魅力を伝えていけるような、そうした環境も重要だと思っています。
今、直面しているのが、学生をどう確保するかという課題です。4年制の私立大学600校のうち、今年の春に入学者が定員に満たなかった大学は53.3%。初めて5割を超え、定員割れが広がっています。
さらに大学全体で見ると、現在、全国の入学定員は合わせておよそ63万人ですが、文部科学省は2040年には入学者数がおよそ51万人に減少すると推計。今の定員を10万人以上下回ることになります。
(大学はどう対応していくべきか?)
横山:非常に難しい問題で、すぐに何か解決策があるわけではないのですが、やはり人口減にもかかわらず研究力をしっかりと担保していくために我々は努力をしていかなければいけないと思っています。一方で、学びをする人たちは若い人だけなのかという問題もあるかと思います。昨今AIの関係でリスキリングが非常に重視されておりますし、特に私のような理系出身で人文社会科学の研究者として研究室を持っておりますと、社会人の学生の方の入学が非常に増えてきていると実感しています。そうした、実際に社会を経験した方たちが大学に入ってくると、若い学生との交流等もそうですし、非常にお互いにとってメリットが高いと感じております。すそ野を広げるという意味では、よりリスキリングや社会人の方の学びを支援していくのも大きな観点かと考えております。
高橋:人口減少、18歳人口が減るのは所与の前提で考えなくちゃいけないと思います。横山先生がおっしゃったとおりと思っています。私の今の違和感は、大学の価値のようなものを18歳の人たちが入学試験で受ける時の合格者の偏差値のようなもので、一軸で大学の全体的な価値を何となく思っている社会があるのではないか。そこにノーと言っていきたいと思います。分かりやすく言うと、“富士山型”のようなもので、入学偏差値の一軸だけで全体の形を何となくランキングしているような。でもこれからは絶対に、極めてすぐれた学部教育を提供するピカピカの大学ですとか、AIと自然科学のミックスをやるような大学院ですとか、やはりもう少し特徴が出ていくべきです。そういう時に、数の問題ではなくて、日本全体としてそういう特徴を持った大学群を形成することが重要だと思っています。そういう意味では、“八ヶ岳型”のような形で日本の大学は変わっていくべきかなと思っています。
(地方大学はどう活路を見いだすべきか?)
高橋:社会課題を技術や科学で解決できることの可能性が言われている中、知の創出のエンジンである大学には活躍の場が実は潜在的にあるんだと思っています。ただやはり大学の壁はあり得ると思いますので、多様な専門家がその穴を開けて、地方自治体とか市民、NPOとかいろんなステークホルダーと一緒になって解決する。そういう形の大学がもっともっと育てていけばいいと思っています。
(人口減少の中での大学経営はどこに活路を見いだすべきか?)
中空:難しい問題ですが、人口減少は大学だけでなく、企業にとっても同じです。人口減少でどうするか考えなきゃいけないとなってくると、やっぱりそもそも論として今、大学多すぎないかということから考えなきゃいけないと思います。定員割れと言っているのに新規の大学増設する動きもあるわけで。これは正しいのかどうか。そして、いろんな心持ちをみんな変えなきゃいけない。学生は学生で、大学に入るのは難しいけれど、出るのは簡単な日本の制度だと、4年間遊びに行くようなもの。だけどほかの国はそんなことはないわけで、その辺から変えなきゃいけない気もします。大学は大学で、もっと企業体の気持ちになって自分でどういう経営をするか考える必要があると思うんです。例えばさっき“八ヶ岳タイプ”って高橋先生がおっしゃいましたが、やっぱりとがっていることだと思うんです。例えばこの大学を出ると中国語がペラペラになるとか。何かいろんな特性を考えないと、もう紋切り型の大学ではやっていけなくなる。それは地方だから、東京にあるからという話じゃなくて。
(学部と大学院の役割分担やバランスは?)
横山:学部教育は4年間しっかりと教育するという大変重要な役割を担っているわけですが、私たち教員は学部と大学を行ったり来たりしながら両方の役割を担っているわけですね。そういう意味で大学は本来、研究力を持った研究者、教員が、学生と一緒に研究していくということで、学部教育とも接続をしているわけなので、当然簡単には切り離せない関係性にあります。一方で、やはり研究力強化といった時に、大学院の足場を置いてしっかりと進めていくことはとても重要だと思っていて。そうした意味で、学部の効率化は大事なんですが、大学院のほうにしっかりと足を置いていく今の体制がより安定的になっていけばいいのかなと感じているところです。
榎木:私も大学教員だったことがあるので感じているんですけれども、教育と研究、医師だったので診療もあったんですけれど、3役をすべてトップレベルでやるのは無理であると思ったりもしています。もちろん研究を切り捨てろとは言いませんが、教育に特化した教員も必要であるし、そこで評価軸を設けるべきだと思っています。どうしても研究だと、論文の数とかインパクトファクターとかで評価されてしまって、教育面ではあんまり評価されないみたいなところがありますので、しっかりと教育をする人材を評価するシステムというのも大学に求められているのではないかと思っています。
(国公立と私立の大学の連携や役割分担は?)
高橋:もう連携は必須。これまた所与の前提というぐらい必須だと思っています。その上でやはり国立公立がパブリックマネーをベースにしていることと、私立が専ら学費収入で運営されていること。この財源の違いが、いろいろな活動の制限だったり違いに出てくることは、今考えなくちゃいけないと思います。これからはそういう意味では同じような環境で、しかし自分が強いと思うところ、伸ばしたいところでベストパートナーと、あまり所属に限らず組むということが、日本全体に“八ヶ岳”を伸ばしていくことだと思っています。
横山:やはり底上げをするところと、研究力として特化するところとのバランスだと思っているんですね。と言いますのは、例えば人社系の研究者などは、それぞれ1人ずつが特色ある分野にいて、まとまった特色あるかたまりを作るのがなかなか難しいんですね。そうした意味では、例えば理系で特色あるところだけに特化した支援をしていくと、非常にばらつきが出てくるということで、やはりバランスの問題であるとは思っているんです。そうした多彩な多様な研究者に行き渡る支援というのが、前提としての特化というふうに考えております。
(これからの大学に何が求められるのか?)
榎木:これからの大学というのは本当に厳しい状況に陥るわけですけれども、地方大学を中心にその地元の産業とか文化であるとか、そういった地に足をつけた在り方を考えるのが非常に重要だと思います。確かにトップレベルの大学、東北大学が今回選ばれましたけれども、そういう大学と地域の大学で役割分担はきちっとしていくっていうのが非常に重要だと思っております。
高橋:これだけ全国に一定のクオリティーを持った800の大学が所在する国というのは、実はそう多くないと思っています。その中で、それをどう生かし切るかというと、自分の人生の必要な時に、自分の判断でもう1回学びに行ける場所というような、そういう組織に全体が変わっていくこと。それがとても重要だと思っています。
中空:今、参加者の側の心持ちの話が出たんですが、大学側として私が求めたいのは、やはり生き残るために特徴あるものをどうやってやるか。それは民間事業体と一緒だと思うんですね。どれだけ魅力的な大学でなり得るか。どれだけ学生が来たがる学校になれるか。そこはチャレンジしてほしいと思います。そして国はその競争力の観点と、基礎的インフラと両方の目線でバランスのとれた投資の仕方というのをどうやって上手くやっていくか。ここを考える必要があると思います。
横山:研究者というのは、放っておけば研究したくなる生き物だと思うんですね。政府も大学も、現場の研究者を信頼して彼らが力を発揮できるようにすることが、これからの大学でますます大事になってくるかと思います。そうすると、おのずと進むべき道が開けてきて、社会との関係もますますよくなると期待しておりまして、現場の研究者が安定して研究をしていける環境というのが、1にも2にも重要だと感じているところです。
(国の責任をどう考えるか?)
中空:国は競争力を上げたいと思っているはずです。私は今、日本に競争力がなさすぎると思っていて、これを磨くためには大学との連携が確実に必要だと思います。責任を持って基礎研究はバックアップしていく必要があると思います。それ以外のところはきちんとPDCAを回し、説明のつくお金の出し方ができるかどうか。ニーズ背反するところもありますが、うまくコントロールしていくことが求められると思います。
(大学からの発信は?)
横山:発信は非常に重要でますますやっていかなきゃいけないと思っています。大学が社会の変化を感じ、自ら変わろうという意思で、社会の公共にいかに貢献するかというのを認知した動きというのが重要になってくるかと思いまして。そういう意味でも発信と、受信ですね。両方大事だと思っております。