2022年7月31日「日本経済の先行きは」③なぜ賃金は上がらないのか

NHK
2022年8月5日 午後6:09 公開

最後のテーマは各国と比べて伸びが低迷している日本の賃金。柳川さんは労働生産性を高めるためにも企業の人的投資・設備投資が重要だと指摘します。企業が投資する前提としてもあくまでもデフレ脱却が最優先だとするのが岩田さん。木内さんは、市場の変化に合わせた労働力の流動化をポイントに上げました。井上さんは経営者として就職氷河期世代への期待と可能性に言及し、水野さんはこれ以上の成長を目指す社会のあり方に疑問を示します。「人への投資」、そして日本経済のこれからに向けたさまざまな観点からの議論。みなさんはどう考えるでしょうか。

物価高騰が続く中で、政府が重視しているのが人への投資です。政府は、おとといの閣議で、来年度の予算案の概算要求の基本方針を了解し、この中で、岸田内閣が掲げる新しい資本主義を進めるための枠を設け、人への投資などについて、4兆4000億円規模の要求を認めました。

背景にあるのは、日本の賃金の低い伸び率です。1人当たりの実質賃金の伸び率を各国比較で見てみると、1991年を100とした場合、2019年は105と、この30年、欧米の先進国に比べて伸び悩んでいます。

水野:

これは、1人当たり労働生産性に追随して、1人当たり実質賃金が上がってないというですね。それはほとんど当期純利益の方に回っているということですので、これは分配の問題が歪んでいるという。しかもそれが25年間ですから、景気のよしあしに関係なく、ずっと歪みっぱなしということですので。それは、25年分をちゃんと政府が本来の所有者の所に戻るように、そういう政策をとらないといけないんじゃないかなと思います。

井上:

私が今の会社に入って10年なんですけれども、そこから比べますと、約2割欠けるぐらいの賃金上昇を果たすことができました。物価上昇率×10っていうと、大体そのぐらいか少し負けるぐらいかなという事で、やはり、岩田先生がおっしゃったような時給換算にしますと、2割近くぐらいは上がっています。外国人労働力にもう既に日本は頼れなくなってきつつありますので、そういった力がないと、やはり日本のマンパワーを駆使しなくてはいけませんから、それは自然と賃金は上がらざるを得ないと言うんでしょうかね。外国人労働力はやはり、多少安価でしたから。だからそれが見込めないとなると、やはり日本人を雇用するとなると、それはもうスタートから高いという。それが少し重しではありますけれども、それが普通になれば、またそこはそこで日本人のリソースの質の高さですか。そういったものを利用していきたいなとは思っています。

(どうすれば賃金上がるか)

木内:

先ほどお話に出た、人への投資っていうのはやっぱり重要で、日本は特にこれが遅れていた分野でもあります。学校で教育も重要なんですけれども、働きに一旦出た人が、社会がその間に相当変わるわけですから、それに合わせて技能も新しく身に付けていくという意味で、リカレント教育(社会人が大学などで学び直すこと)ですとか、リスキリング(変化に合わせて必要とされるスキルを獲得すること)とかっていうのはやはり重要で、それに対して政府が支援をするというのは重要だと思います。これは、岸田政権の経済政策の中でも、ある意味最も重要な政策じゃないかなと思っています。ただ、その新しい技能を身に付けた人が同じ企業の中でずっと働いていると、それが十分生かされないっていう部分があるわけですね。世の中が変わって、それに合わせて産業構造も変わるべき時に、人も動かなくちゃいけないということですから、そういう意味では人への投資と合わせて、労働市場の流動化というのも考えてくと。もちろん失業が増えるような感じになってしまうことはよくないと思いますけども、安定的に別の業種とか別の企業に移るみたいな仕組みをもうちょっと考えてって、人を流動化させていくって政策とセットでやれば、これは生産性の上昇、そして実質賃金の上昇につながっていくというふうに思います。

柳川:

人への投資、いろんな側面が恐らくあって、あるいは先ほどおっしゃったような、シニアの方のリカレント教育で、しっかりこれからも稼げるようにするっていうのもありますけれども、なかなか今まで働くのが難しかった、あるいは非正規でしか働けなかったような人たちに、しっかり能力アップをしてもらって、もっと稼げるような、もっと働けるような機会を与えれば、労働供給の量も増える。そうすると、経済全体にも大きなプラスになると。いろんなところにやっぱりそういう人への投資が必要なんだろうと思います。それからそういう日本全体だけではなくて、世界全体が今、大きく産業構造が変わっている中で、さまざまなリカレント教育、リスキリングをやろうという動きが出ています。ですから、今まで足りなかっただけじゃなくて、これからももっと増やしていかなきゃいけない。新しい分野への能力を身に付けてかなきゃいけない。いろんな分野で必要になってきています。それからもう1つは、やはり人への投資だけじゃなくて、企業の投資もやっぱり大事で、労働生産性って実は、労働だけで実現できるわけではなくて、企業がやっぱり稼ぐ力が出ないと、労働者もあんまり結果として労働生産性が高いようなデータが出ないわけなんですね。そういう意味では、やっぱり企業がしっかり設備投資を行って、しっかりと技術力を磨いて、能力を高めていくと。このへん総合的にやっていくことが重要になるんだと思います。

岩田:

先ほどからちょっと誤解があるので、ちょっとそこだけやっときますけれども、金融政策というのは、需要不足だからそこのところを埋めて、潜在的な成長率まで近付けると。その過程で、少し賃金が上がっていくと。時給で見るのはおかしいって言うんですけど、実は、皆さんが自分で選んでいるわけですから、それだから時給で見るということを言っているわけです。ちゃんと上がっているということです。それがまず1点。で、それ以上これから上げるっていうことですね。言っているのは。それは労働生産性を上げるっていうんで、第3の矢である、本当は規制改革をきちっとやるということが大事です。人への投資に関しては、これは、岸田さんがどういうふうに人に投資するのかよく分からないんですが、例えば大学の無償化なんかするのかよく分かりませんけどね。私はもう1つ大事なのは、いわゆる失われた世代っていうのがいるんですね。これは、長い間のデフレでもっているわけで、柳川さんは企業がどんどん投資すべきだって言ったけど、それは、デフレの中ではしないんですよ。投資っていうのは。だから金融政策っていうのは、そういう設備投資や人的投資をする。そういう条件をつくるというのが、金融政策なんですね。その条件はもうできていますから、これからはやるわけなんですけど、そうすると、失われた世代が一番私は問題で、特に、就職氷河時代ですね。こういう人のリカレントっていうか、新しい職業訓練。就業支援訓練。そういう事が重要で、実は14年から19年にかけて、安倍政権でそれやっているんです。これは北欧が特に盛んで、これを積極的労働政策というんですが、労働就業政策。要するに、既に失業したら雇用保険だけ払うんじゃなくて、きちっと職業訓練する。職に就けるようにスキルアップすると。それに非常に力を入れないと、失われた世代っていうのは本当に惨めなもので。で、ここへの人への投資っていうのは非常に大事で、これは既に安倍政権でやっていますので、これをどんどん進めるということで、岸田さんもそういう岸田政権も、きちっとしたのを掲げていただきたいというふうに思っています。

柳川:

就職氷河期の方々に対するしっかりとした支援というのはとても重要だと思います。安倍政権の頃からいろんなことをやってこられたっていうのも、その通りだと思います。ただやっぱりそれがまだ十分でない。あるいは、金融緩和をして金利がほぼゼロなんだけれども、なかなか企業に設備投資が増えていない。技術力が高まっていないのも事実だと思いますので、やっぱり国内での設備投資をしっかり増やしていく。あるいは、必要だと言われていたリカレント教育、あるいは就業支援。こういうものにしっかりと力を入れていく。そういう意味では、実は言われてきたことは結構前から言われてきていて、やっぱりそれがしっかり実行できてないというところに今の日本の課題があって。これを今、ある意味では、いろんな苦しい状況ではあるんですけど、そういう状況だからこそ、しっかりとした対策を打っていくと。政策を長い目で見ることをやっていくということが重要ではないかなと思います。

井上:

実は、30代と40代の失われた世代の中途採用、かなり増えてきているんですよ。彼らを見ていますと、すごくやる気ありますね。ようやっとチャンスが回ってきたということで燃えてますんで。ただそれをなかなか発揮できる機会がなかったということなので採用してみますと、素晴らしいですよ。なので、彼らにもう少し発信して、あなたたちの出番ですよと。しっかり教育を、訓練を受けて、まだまだ頑張れるんで、一緒にやりましょうというようなそういった強いメッセージ、応援メッセージを投げていただければ、彼らもすごく臆して、なかなか出てこないという。だからサービスがあっても、なかなかそれに集わないっていうところが、今ちょっとミスマッチだと思うので、しっかり発信して、一緒に頑張りましょうっていうような。まだまだやれますっていうことを発信していただけるとよろしいんじゃないかなと思います。

水野:

人への投資っていうのは、その通り重要だと思うんですけども、新しい資本主義という大枠の中に人への投資が入るということになると、これは、人間っていうのは資本主義に奉仕するために存在するかということに。岸田さんの言う新しい資本主義の資本主義の定義が明確ではないんですけども、利潤追求という点では、多分それは変わってないと思うんですよね。そうすると、利潤追求で、もっと経済成長して、そしてROE(自己資本利益率:企業の収益率を示す指標)をもっと高めたいという。そのために人への投資っていうことになると、人間が道具になっているかなというですね。それはその前の、女性の活躍というのも標語にあったと思うんですけども、これも、女性も成長に貢献するために働くのかという、そういうのが感じられますので、別枠で人への投資というのは、全く違う別の柱で、人への投資をしてほしいなと思います。

木内:

私はやっぱり人への投資は重要かなと思っています。先ほど柳川さんがおっしゃった、企業の設備投資。ここらへんがやっぱり鍵かなと思うんですね。潜在成長率が十何年間下がり続けてきた理由として、人口の減少もあるんですけども、それよりも、いわゆる潜在成長率を分解してみますと、生産性上昇という部分が一番落ちてきているんですね。これは、働く人の質が下がっているというよりは、やはり投資が弱いってところがあると思います。新しい技術が生まれてっても、投資しなければそれが生産活動に反映されてこないんで、いかに企業の投資を増やすかっていうのはやっぱり重要だと思いますね。そういう意味で、岸田政権の当初、新しい資本主義を掲げていた当初は、少し再分配の政策にちょっと比重が置かれていたように思いますが、足元では、成長戦略に重点が移っているように思います。そういう形で、企業の成長期待を高める、あるいは生産性を高めていく努力をすると。こういうのが、やっぱり日本経済の再生にとって重要なんで、人への投資というのも重要だと思いますし、先端産業を育てていくというのも重要だと思いますし、新しい企業が成長していくのを助けてくというのも重要だと思います。ただ、ちょっと欠けているのは、例えば、出生率が足元でも1.3までまた下がってきていると。こういうことになると、やっぱり日本の市場は将来成長しないんだっていう期待が企業の間で生まれてしまうので、どうしても設備投資を控えてしまうということですから、人を増やす、人を動かす政策っていうのにもうちょっと比重を置いた方がいいんじゃないかなというふうに思っています。

(日本経済 いま何が最も重要か)

井上:

難しいですね。課題は多いですし、それぞれ簡単ではありませんけれども、でも、力を合わせて進んでいけば、きっとよくなるっていうような、そういった少し楽観的な。でも、希望を持って進んでいくということと、あとやはり、子どもたちの教育が手薄になっていますので、是非、例えば経済的困難で、大学や高等教育を断念しなくてはならなくなった人たちには、永久休学というんでしょうかね。いつか戻って来たら、またそこからピックアップできるというような、そういった政策などを進めていただけると、これからの子どもたちのためにも、いい日本になってほしいなと思います。

木内:

申し上げた通りなんですけども、追加で必要な成長戦略としては、人を増やす、あるいは人を動かすってことが重要かなと思っています。例えば、今議論されていますけども、技能制度を見直して、もう少し特定技能制度を拡充して、外国人の働き手を増やしてくとか、あるいはインバウンド戦略を見直して、複数の国に偏らない、もっと多くの国から観光客がずっと継続的に来てもらうという需要側の先行きの期待から投資を生み出していくということも重要ですし、あるいは、大都市に集中している人が、もっと社会資本が余っている地方に人とか企業が移っていくことによって、実際そういった道路とかインフラを活用して生産性を上げて、それによって、日本全体の生産性を高める、成長期待を高める、そして、設備投資は企業から出てくると。こういう姿が望ましいんじゃないかなと思います。

岩田:

やっぱりきちっとデフレ脱却するっていうことですね。まず財政金融政策で緩和的にして。こういう環境にすれば、2019年辺りかなり人手不足に実はなって、そこで次にコロナがきてちょっと挫折するんですけど、先ほど井上さんがおっしゃったように若い人が来たっていうのは、人手不足になったからなんですよ、基本は。人手不足にするっていうことです。まず。人手不足にするためには、やっぱり需要が大事なんですよ。需要を引き上げてやると。需要不足ではできません。需要不足の社会では成長期待も出ないから、柳川さんのような設備投資が起こってこないんですよ。ですからそれをやると、設備投資が起こってくる。人的投資をしたって、人手不足だ、人的投資もする。人的投資が何か、資本主義に仕えるためじゃなくて、自分の生産性が上がれば、自分の賃金も上がるんですそれで。そしてそれによって、結婚して子どもを産めるようになるんですよ。だから少子化だって止まるんで。日本の少子化が始まったのと、デフレが始まったのはぴたっと一致しているんですよ。ですから人への投資というのは、何も資本主義に仕えるんじゃなくて、自分の生活を豊かにし、賃金を高くし、家庭を持ち、家族を持つ。そういう生活ができるということです。

水野:

今の日本の課題が、成長すればいろんな問題が解決できるかということを、もう一度考え直さないといけないんですね。今の日本の置かれた環境というのは、人口が増えないっていうか、ちょっと下がっている。それから、資本装備率も十分にある。すると残るは、あとイノベーションっていうことになるんですけれども。イノベーションは、アメリカがITで一番先行していると思うんですけども、イノベーション、いわゆる技術進歩率というのは、アメリカでさえ、もう1930年代の技術進歩率よりも、1995年のIT革命以降の方が半分以下なんですね。だからIT革命で、もう一度エジソンとフォードの時代のような、そういう技術革新ができるなんていうことは、もう難しいと思うんですね。ですから、もう十分日本は生活水準は高くなっていますので、これをどうやってあとは働く人が豊かに生活できるかっていうことを考えることが必要だと思います。

柳川:

急がば回れだと思うんです。どうしても短期的な政策に我々偏りがちで、すぐ成果を出そうとするんです。でもそれを繰り返していっても、結局なかなか大きな成長にはつながらない。短期には成果が出ないけれども、長期に大事なことをしっかりやっていく。人への投資はまさにそうで、水野さんおっしゃるように、企業のためだけではなくて、我々の生活のために何が必要かってことを考えてこそ、はじめて経済にもプラスになると。あるいは、人々の企業の活動も活発になるということかと思います。