担当ディレクターより

• 「日本の小学校を撮りたい。」そう初めて思ったのは２０１４年に遡ります。 イギリス人の父を持つ私は、日本の小学校を卒業した後、インターナショナルスクールに転校し、大学時代からニューヨークに住み始め、すでに６年ほど経っていました。 異国の地で生活し、自分のアイデンティティーや日本という場所への見方も変わっていったこの頃、「自分はどうしてこんな人間になったんだろう」と考えることが多々ありました。 そして、考えれば考えるほど、小学校に通った６年間で学んだことが自分の人間としての基盤になっていると気づいたのです。 日本人なら誰もが経験する小学校。それは海外からの視点を入れると、特別な部分がたくさんあります。 そもそも給食の配膳や自らの教室を掃除することだけでも外国人は驚くことが多く、運動会や卒業式などの行事ごとのスケールや真剣さも、なかなか他の国には無いことです。 更には、集団生活の中で身につく規律と周りに対する配慮。そして〇〇係や〇〇委員という制度の中で学んでいく、自分の役割を見つけ責任を持つ意識は日本社会にも深く反映されていると感じました。 日本の小学校を取材すれば、日本の今、そして未来の姿が見えてくるのではないか。 そしてまだあまり世界に発信されたことがない日本の姿を紹介することができるのではないか。 そう思い、取材を始めました。 私が希望する形での撮影をさせてもらえる小学校に出会うまで、数年かけ３０ほどの学校に足を運んだ末出会った、東京都にある世田谷区立塚戸小学校。 日本全国どこにでもありそうな「普通」の学校でありながら、「国語・算数・理科・社会」といった勉強以外の学校生活のことをいう「特別活動」に力を入れているマンモス校。 この学校を「日本代表」と位置づけ世界に発信したいと準備を進めていた矢先に、パンデミックが勃発。 撮影を一度延期しつつも、まだコロナ渦が続く２０２１年度にプロジェクトを決行しました。 元々の想定になかった「コロナ時代」。でもこんな時代だからこそ、大事なものが見えてくるはずだと信じて。 １年間を通した撮影日数は１５０日。集まった素材は７００時間以上。 そこから見えてきたものは、魔法のような子供時代を懸命に生きる姿と、その成長を必死に支える大人たちでした。 この番組は、新一年生になる子供たちを入学直前からの１年間にわたり、とても近い距離で追ったドキュメンタリーです。 小学校に入る頃、新一年生はまだ何も知らず、手の上げ方や廊下の歩き方から学んでいきます。 黄色い帽子をなくしたり、クラスの代表に選ばれなかったり。先生に褒められたり、叱られて悔し涙を流したり。 私たち大人からすると「なんでもない」と感じることも、子供たちにとっては一大事。 ６歳の子供たちは様々なルールやあるべき姿を学んでいき、「頑張ること」に対する達成感を経験し、自分のこと以外にまで気を配れる人間になっていきます。 そんな１年生たちの憧れの存在は６年生。 学校のリーダーとして様々な形で学校を支える姿を見ると「この１年生たちも５年後にはあんなに立派になっていくのか」と気付き、こんな一年の積み重ねが「人生」になっていくんだと体感します。 そして子供たちに寄り添い、時には厳しく指導する先生たち。 パンデミックに翻弄されながらも常に子供たちのことを一番に考え、試行錯誤を惜しまない姿。 正解がない教育現場で日々奮闘する「先生」たちが、日本の未来を作っていく人材を育てていると実感しました。 学校の一部になるぐらい通い、子供たちにとって空気のような存在になり、多くの時間を共に過ごしたからこそ実現するナレーションのない伝え方と近距離での記録。 現場の音と映像だけで伝える１時間には、「ドキュメンタリー」という分野の可能性に挑戦する気持ちもありました。 マスクやパーテーション、黙食給食が目立つコロナ時代。 こういった日々の制限がもたらす子供たちへの影響が分かるのは、何年も先になりそうです。 しかし、その風景の中に一歩踏み込むと、そこにある会話や表情はいつの時代にもありそうな子供の成長物語でした。 自分の小学校時代と重ね、さらにはこの子供たちが大人になった時の日本社会のことを想像してもらいながら、どっぷりと映像と音に浸っていただければと思います。 山崎エマ ドキュメンタリー監督 （シネリック・クリエイティブ）