私がジャンさんの取材を始めたのは、２０２０年６月、コロナ禍で迎える初めての夏。コロナが私達の生活に大きな影を落とし、経済的に困窮する人々が増えている頃でした。ジャンさん（＝ルボ・ジャン、７７）は東京・山谷地区を拠点に路上生活者や生活困窮者に対して支援活動を行うNPO法人「山友会」の代表です。 　コロナの影響で、すでに苦境におかれていた人々はさらに厳しい事態に直面しているのではないか。またソーシャルディスタンスが叫ばれる中、人とのつながりが希薄になり、彼らの社会的孤立が深刻化しているのではないか。そして、このような状況で支援団体はどのように活動を継続しているのか、などを取材することが当初の私の狙いでした。 　「助けるとか救うとかさ、そういう言葉 、俺もうすごい反発。そうじゃなくて、生きる者同士お互いに持っているものを分かち合って、それで 一緒になんとか 頑張っていくっていうこと 」ジャンさんが最初に教えてくれたことです。私が今まで抱いていた支援団体のイメージ、いわゆる食物、物資、住居を一方向的に与えるという概念を払拭する言葉でした。 　ジャンさんは１９７２年にカナダから宣教師として来日し、４０年近く山谷で日雇い労働者や路上生活者を見守ってきました。「支援」ではなくて「共存」。「支援の相手」ではなくて「兄弟、家族」。お互いの良いところを認め、そうでないところも受け入れて、長い時間かけて諦めないで一緒に生きていくこと。山友会はジャンさんのこうした理念が礎となっています。お互いに支えあって生きていくことが本来の人間関係の姿であるとわかっていれば、そもそも「支援」という言葉自体は不要になる。ジャンさんの姿勢には、「家族」や「人間の絆」を根本的に見つめ直すヒントがあると感じました。 　毎週行われる山友会の炊き出しにはたくさんの人々が並びます。コロナの影響でしょうか、以前あまりみられなかった若者や女性もちらほら姿を現すようになりました。路上生活に至る経緯は人それぞれです。ちょっとしたつまずきから人間不信に陥り、堅く心を閉ざしている彼らと信頼関係を築くのは容易ではありません。 　しかし、山友会の職員は、時間をかけて一人一人の声に耳を傾け、各々にとっての幸せが何なのかを真剣に考えます。幸せの形は人それぞれ違うからです。それは非常に時間、労力、忍耐力を要する過程であり、こうした活動は、ジャンさんの年齢そして時代と共に少しずついずれ変わっていくことだったのかもしれません。けれども、コロナによってその変化は急速に進んでしまいました。 　そんな時代の風を頬に受けながらも、「山友会＝みんなのいる場所」を守るために、ジャンさんは足を引きずりながらも歩みを止めません。そしていつか来る最期まで支え合う。私はそのジャンさんの歩みが、次の世代そしてたくさんの人々に引き継がれることを願い、これからもジャンさんと変わりゆく山谷の姿を見つめていきたいと思っています。 深田志穂 ドキュメンタリー監督・ビジュアルジャーナリスト