ノーナレ
このエピソードについて
製油所は眠らない
初回放送日: 2023年3月20日
ナレーションのないドキュメンタリー「ノーナレ」。24時間稼働し続ける巨大製油所に密着。原油価格の高騰に世界中が揺れたこの冬。圧巻の映像と音で舞台裏を伝える。 工場夜景の聖地としても知られる三重県四日市の巨大製油所。吹き出される蒸気とごう音鳴り響く石油精製の現場内部に特別にカメラが入った。石油を“生き物”と捉えて、対峙する熟練の作業員たち。大雪の日に発生した予想外のトラブル。危険と隣り合わせで働くことへの誇りと安全への祈り。時代に翻弄されながらもエネルギーを生み出し続ける製油所の人々を見つめる。4Kカメラとドローン映像で描き出す“眠らない製油所”の物語。
番組スタッフから
担当ディレクターより
この番組の始まりは私の大きな反省からでした。 初めて製油所を取材したのは、昨夏。三重県四日市市のコンビナート企業が、工場から排出する二酸化炭素を抑制しようと「脱炭素」の議論をはじめ、その中心にあったのが製油所でした。 私の関心は製油所がどんな画期的な方法で二酸化炭素の排出を減らすのだろうという結果ありきの取材。しかし、話を聞けども聞けども、苦い顔をされるばかり。インタビューにも応じてくれたものの、求めていた“答え”ではありませんでした。 2020年、当時の菅首相が掲げた日本の「脱炭素」目標。それから2年が経ち、具体的に話が進んでいると思っていた私は肩透かしを食った気持ちでした。取材が終わり局へ戻ろうしたところ、「ちょっと時間ありますか?」と広報担当の方に声をかけられました。 「一回現場見てみませんか?撮影はダメですけどね」そう言われて渡されたのは、頑丈なヘルメットに、防護グラス。そして静電気を発しない帯電防止繊維の作業服。見慣れぬガス検知デバイス。完全防備で製油所の内部を見学しました。 様々な油から発せられる独特のにおい。無数の蒸気の中から突然姿を現す作業員。どこまでもどこまでも長く、そして網の目のように張り巡らされた配管。そして、コンピューターで制御していると思い込んでいた現場で行われる人力作業。 本やネットで知り得ない圧倒的なスケールの現場がありました。そして、製油所で生産される“油”、その石油製品のほとんどが私たちの生活に密接に関わっている身近なものであることに驚きました。こんなにもお世話になっているのに、何にも石油のことについて知らない無知さを恥じました。 「おもろいでしょ?」したり顔で笑う広報担当の方の顔が思い出されます。この広報担当の方こそ、番組中盤に登場する・伊藤精洋さんです。今の時代に、この製油所という現場と、そのリアルを世に伝えたいという思いが生まれた瞬間でした。 脱炭素-地球の環境に関する問題と私たちの豊かな生活との両立。そこに未だ“答え”は出ていないと私は思っています。この番組もわかりやすさよりも動き続ける映像のエネルギーを大事にしました。ある製油所のオペレーターは流れを止めない油を“生き物”と表現します。その表現を借りると、私はテレビも生き物だと思います。見てくれた方それぞれの見方、感じ方で楽しんでいただけるとうれしいです。 様々な素敵な出会いとめぐり合わせで完成したこの番組。皆さんにとっても素敵な出会いになることを願います。 (番組ディレクター 神田翔太郎)
担当カメラマンより
今回の「ノーナレ」の舞台となる「四日市コンビナート」は、日本を代表する石油化学コンビナートです。石油化学コンビナートとは、複数の製油所や、石油を原料に合成ゴムや界面活性剤、合成樹脂などを製造する石油化学工場が一ヶ所に集まっている場所のこと。四日市コンビナートの各工場はパイプラインで結ばれ、効率的に原料や製品をやりとりする仕組みが整っています。発展過程で大気汚染等の公害問題も発生しましたが、現在は行政による有害物質の排出規制や、企業による公害を防止する技術の開発などが進み、現在では環境への配慮を最優先にした取り組みがなされています。 【一度は訪れたい工場夜景】 「工場萌え」という言葉が生まれてもう10年ほどが経つそうです。巨大で異形な鉄の構造物、大量の水蒸気が吹き上がる姿、まるで迷路のように張り巡らされた配管など、無機質でダイナミックな景観が人気を呼び、「工場萌え」という言葉で表現されるようになりました。その中でも工場の「夜景鑑賞」が注目されています。特に、四日市市は、北海道室蘭市・神奈川県川崎市・福岡県北九州市とともに「日本4大工場夜景」に数えられ、多くの観光客が訪れているとのことです。ブログやSNSに多くの写真が投稿されているほか、写真集も出版されています。また「工場夜景」の魅力を観光資源として位置づけ、四日市市では「工場夜景」のPR動画を作成するなど「産業観光」の発信に力を注いでいます。今回の取材先である製油所は、四日市市の「工場萌え」スポットの代表として取り上げられる場所のひとつです。普段、製油所の敷地内は立ち入り禁止、撮影禁止ですが、今回は特別な取材許可が下りました。その結果、製油所敷地内からの撮影が可能となっています。 【「管」と「光」が作り出す魅力】 敷地内に一歩踏み入れると、その風景は決して外側からは想像できないものでした。目の前に立つ「塔」と「槽」を繋ぐ大小様々な「管」が、幾本も束となり製油所敷地内を縦横無尽に伸び、敷地内の中でひしめき合っています。さらに「管」は伸びて延びて、地上を這い巡り、プラントの天井を埋め尽くし、次なる「塔」と「槽」へと繋がっています。時代のニーズ・要望に沿って、または新しい技術革新と共に増設、増殖を繰り返し、さらには設計変更と更新の結果が、眼の前に広がる風景を作り出したのだと考えさせられます。用途と機能、必要性が生み出した「美」があります。一見、規則やパターンがない、無秩序に配列しているように見えても不安定さがない。先人たちの知恵と努力が生み出した最適格が凝縮されているからでしょうか。改めて自分の周囲を見回してみると、大小無数の「管」に囲まれていることに気が付きます。その「管」の中には、何かしらの「液体」あるいは「気体」が入っています。100℃を超える高温なものもあれば、爆発を起こす危険なもの、さらには人体に有害なものなど様々です。危険と隣り合わせです。自ずと緊張感が高まります。私は視界の中で認識できるだけの「管」の行き先に思いを馳せながら、あることが気になりました。製油所の敷地内に張り巡らされている「管」の全長についてです。 「どのくらいの長さですか?例えば、地球何周分に相当するのでしょうか?」と担当者に質問したところ、「誰も知らない、測ったことがない。管は工事や作業に伴い、いまも日々減っては増えている。距離も縮んでは伸びている。つまり測ったことがないのではなく、むしろ測れない」とのこと。人間の体を流れる血管や神経ですら、全長を数値で表せるというのに…。もはや数値化不可能な「管」を持つ巨大製油所を造り上げた人間の力。原油からエネルギーの源を得よう、恩恵を授かろうという意欲。その壮大さに感服しました。 また担当者に聞いたところ、夜間にも関わらず無数の照明が煌々(こうこう)と付いているのにも理由がありました。24時間365日休むことのない製油所は、日中だけでなく夜間も通常点検が行われ、万が一トラブルが発生した時には至急対応しなければなりません。そのため、夜間でも日中のように点検作業、トラブル対応が滞らないよう、日中と同じように明るい照明環境が必要だということです。私たちが「工場夜景」として見つめている照明のひとつひとつは、製油所で働く人たちのための「灯り」であり、製油所が安全と安心、安定操業を行っているという「証し」でもあったのです。「工場夜景」を見る度に、緊張と集中を要する環境で、危険と向き合いながら夜間も働く人たちの存在を感じずにはいられません。 【製油所内の貴重な記録】 今回、特別な取材許可が下りたことで、製油所敷地内からの撮影が可能となりました。製油所敷地内の貴重な映像を記録するにあたり、ドローンを使用した映像も含め全編4K-HDR撮影に挑戦しています。「工場萌え」の夜景観賞を撮影するにあたり、人間の肉眼で見ているよりも明るい風景が記録できる4K高感度カメラを使用しました。 しかし、製油所内は危険物を取り扱う場所でありドローン撮影を行うことは簡単ではありません。ドローンを使用した空撮をするにあたっても特別な申請を行い、関係各所の許可を得て実施しています。また敷地内にはドローンの遠隔操縦に影響を及ぼす、電磁波を発生させる高圧線、変電設備も複数あります。そのため、私たち撮影クルーは、慎重にフライト・ルートを検討し綿密な飛行計画を作成しました。当然のことですが、敷地内におけるドローン飛行に関しては安全が最優先でした。その中でも、特に夜間のドローンを使用した撮影に関しては、高度な操縦技術が要求されました。信頼と実績のあるドローン・パイロットに依頼をする必要があり、かつてNHKが制作した「プロフェッショナル~仕事の流儀~」にも出演いただいた請川博一さんにお願いしました。請川さんは映画・CM・PVのドローン撮影だけでなく、産業・工業・農業用ドローンの操縦経験も豊富な方です。かつて北海道・苫小牧にある石油備蓄基地をドローン撮影した経験もありました。番組では請川さんが撮影したドローン映像が随所に使用されています。ドローン撮影だからこそ伝えられる製油所の壮大な規模感、敷地内だからこそ撮影できる圧巻の映像「工場萌え」に、ご期待ください。 (番組カメラマン 小嶋一行)