侵攻で負傷のウクライナ人来日 リハビリ治療の”裏側”

NHK
2023年5月25日 午後6:57 公開

5月18日。ウクライナのゼレンスキー大統領が参加する「G7広島サミット」の開幕前日。防衛省では、浜田防衛大臣が、ウクライナのコルスンスキー駐日大使にある方針を伝えていました。

「足を切断するけがを負った兵士2人を自衛隊病院に受け入れる」

防衛省・自衛隊にとって初めての外国の負傷兵の受け入れ。

そんなニュースが全国に流れる1か月前。

三重県では、すでに6人のウクライナ人のリハビリ治療が始まっていました。いずれもロシアによるウクライナへの軍事侵攻によって腕を切断するけがをした人たち。義手をつくるために来日しました。

受け入れたのは、三重県内の医師たちによる民間団体。

いかにして6人は日本で治療を受けるに至ったのか。その“裏側”をリポートします。

(津放送局 伊藤憲哉)

負傷したウクライナ人を三重県で受け入れる!?

ロシアによる軍事侵攻で負傷したウクライナ人を三重県で受け入れて治療する。

そんな情報をキャッチしたのは2月下旬です。

受け入れ準備を進めていたのは、「SunPanSa」。三重県内の医師らが加わる民間団体です。

報道などでウクライナの悲惨な現状を見るたびに、なんとか医療面から手助けできないかという思いから負傷したウクライナ人とその家族を受け入れることを決断し、水面下で準備を進めました。軍事侵攻後、ウクライナの人の日本国内での治療は非常に珍しいケースです。

ふだんは三重県内の医療機関や大学、NPOなどで働くメンバーたち。本業をこなしながら、日本ウクライナ友好協会を通じ、ウクライナ大使館と連絡。軍事侵攻によって大けがをして、日本で義手をつくることを希望するウクライナの男性たちの来日に向けて調整を進めていました。滞在先の確保などは県内の自治体と連携して進めました。

クラウドファンディングでリハビリ治療が実現!

「負傷したウクライナの人たちをNPO法人、医療機関、行政が連携して受け入れ三重県がひとつになって医学的にサポートします」

取材を始めておよそ1か月後の3月30日。

団体トップの上村眞由理事長は、正式にウクライナ人6人とその家族2人の合わせて8人を受け入れてリハビリ治療を進めていくことを発表しました。

治療を受ける6人は、軍事侵攻によって、全員腕を失うなどの大けがをしていました。日本にはおよそ3か月滞在し、義手をつくってリハビリをすることが発表されました。

あわせて行われたのが、クラウドファンディングへの協力の要請です。

渡航費用や治療費、それに日本滞在中の生活費…。当初、およそ1000万円の資金が必要だと想定されましたが、団体には十分な資金がありません。

そこで、950万円を目標にクラウドファンディングを募ることにしたのです。

4月9日。ウクライナから6人が関西空港に降り立ちました。

日本ウクライナ友好協会のメンバーらとともに、ウクライナからポーランド、そして日本へと渡ってきました。

4月14日。県内の医療機関で治療が開始。

治療のようすが報道陣に公開されました。担当の医師は、義手をつくるため6人ひとりひとりの腕の長さをメジャーで測ったり、痛みの有無を質問したりしていました。

クラウドファンディングではすでに750万円が集まり、すべてが順調に進んでいるようにも見えました。一方で、治療を受ける人たちの、どこか不安そうな表情が少し気がかりでした。

課題① 受け入れの壁、避難民ビザか医療ビザか

医師たちの熱い思いで実現した民間によるウクライナの人の日本国内での治療。しかし、受け入れは決してスムーズには進みませんでした。

まず壁となったのが“ビザ”です。

当初団体は、「避難民ビザ」での受け入れを考えていましたが、最終的に「医療滞在ビザ」での来日となりました。

「避難民ビザ」か「医療滞在ビザ」か。医療費をめぐって大きな違いがあります。

日本各地に避難してきているウクライナの人たちの多くは「避難民ビザ」で来日しています。90日間の短期滞在が原則ですが、本人が希望すれば就労が可能で1年間の在留資格も付与されます。医療面においては、国民健康保険に加入できるため、個人での医療費負担は3割程度で済みます。

一方「医療滞在ビザ」の場合は、国民健康保険に加入できません。つまり、医療費は、来日した個人みずから10割、すべて負担しないといけないのです。しかし、団体としては来日するウクライナ人に負担を求めることはできません。団体側は、当初の見込みより多くの資金を確保する必要に迫られました。

課題② 治療方法をめぐり帰国も

実際に治療が始まって医師たちを悩ませたのが、支援のニーズのミスマッチです。

治療のようすが報道陣に公開されたその直後。担当の医師は、「能動義手」という種類の義手をつくってリハビリ治療を進めることを提案しました。しかし、6人全員が希望したのは「筋電義手」というもの。

ひとえに義手といってもさまざまな種類があります。日本では義手を懸垂するハーネスという装置を巻いて残った筋肉で義手を動かす「能動義手」が一般的ですが、ヨーロッパではドイツを中心に普及が進む筋肉から発生する微弱な電気を使って動作する「筋電義手」のほうが有名です。

団体の副理事長を務める伊佐地秀司医師は、当時のことをこう振り返ります。

「能動義手が標準だと考えていたので希望を聞いて非常に驚き、どうしたら良いのかという状況になりました。用意しているのが能動義手であることを事前に伝えておくべきだった」

「能動義手」の費用は1人あたり90万円から120万円ですが、「筋電義手」では、団体の想定を大幅に上回る200万円から300万円ほどが必要になります。また、治療期間は当初の想定の3か月の倍以上、最低でも7か月から8か月が必要になりました。

結局、来日した6人のうち3人は日本で治療を受けることを断念し、帰国という選択をとりました。いざ日本にやってきて、ウクライナに残した家族の安否が心配になり、自分一人が日本で治療を受けることにジレンマを抱えて帰国した人もいました。

団体によると、診察のうえ決まった治療方針のもと、必要な資金は膨れ上がったということです。5月26日まで行っているクラウドファンディングも、目標額が1500万円に引き上げられました。

日本でのウクライナ支援、課題を乗り越えて…

6人の来日から1か月あまり。現在は、帰国した3人を除く3人とその家族が県内の医療機関でリハビリ治療を続けています。

このうち50代の男性は、妻と11歳の娘とともに来日し、いまは松阪市内で生活しています。団体によると、来日当初、娘は地元の小学校に通う予定でしたが、来日してよく泣くようになるなど心理状態がよくなく、オンラインでウクライナの授業を受けているということです。

言語の壁も日本での支援の難しさの1つとして、今回改めて浮き彫りになりました。今回来日した人で日本語を話せる人はいません。侵攻開始前の令和3年3月時点の統計では、県内に住むウクライナ国籍の人は12人。治療や避難で日本に来た人たちにウクライナ語のサポートをするのも容易ではありません。

軍事侵攻が長期化する中、日本で彼ら彼女らをどのようにサポートしていくのか。希望にそった支援をどう実現していくか。

ウクライナの人たちを日本・三重に受け入れた医師たちは、さまざまな課題に向き合いながら、懸命にリハビリ治療を続けています。

団体トップの上村さんは、こう話しています。

「医療面や生活面などどの分野にも課題はあるが、体だけではなく心もいやして帰国してもらえるよう最後まで全力で支援を続けます」