三重県 元CDOに聞く“自治体DX”

NHK
2023年4月4日 午後0:45 公開

三重県 元CDOに聞く“自治体DX”のこれから

三重県のDXを進めるため、令和3年に三重県庁に招き入れられた田中淳一CDO(最高デジタル責任者)。就任から2年がたち、3月にその任期を終えました。

この2年間、三重県のDXはどのように進み、一方で田中氏はどんな壁に直面したのか。

いま、すべての自治体で求められている“自治体DX”の推進に必要なヒントを聞きました。

(津放送局 鈴木壮一郎)

===田中淳一 三重県最高デジタル責任者===================

実業家、公共政策コンサルタント。これまでユーグレナ取締役、内閣府の「地域活性化伝道師」や総務省の「地域力創造アドバイザー」を務めるなど、スタートアップ経営や地方創生に携わる。令和3年4月、三重県のCDOに就任。令和5年3月、2年の任期を終えた。

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自治体DXとは?

そもそも、自治体のDX=デジタルトランスフォーメーションとは、何なのでしょうか。

田中氏は「この“DX”という言葉がやっかいですね」と前置きした上で、「 “デジタル化による変革”ではなく、“変革を前提としたデジタル化”です」と説明します。

それでもちょっとわかりにくいので詳しく聞いてみました。

「これまでの『ICT化』というのは、従来の慣習やルールを踏襲したまま、単にその作業をデジタル化することでした。一方DXというのは、『まずは慣習やルールを変えていきましょう、そのためにデジタル技術を活用しましょう』ということなんです」

理解が追いつかない私に対し、田中氏は“はんこの削減”を例に説明してくれました。

「すごくわかりやすい例で言えば、“はんこ”です。

行政ではだいぶ“はんこの削減”が進んだけど、もし仮に変革を前提にしない単なるデジタル化を進めようとすれば、行き着く先は『全自動はんこ押し機』の開発です。いかに丁寧に思ったとおりの角度で高速にはんこを押せるか…、みたいなことを考えてしまうわけですね。

 でも、『そもそもはんこ無くしたらいいじゃん!』って慣習を変えようと考える人がいるわけです。そのためにデジタル化を活用しようと考える。そんなふうに『変革から考えていくこと』がDXなんです」

 書面のやりとりをベースにした行政手続や、出勤を前提にした公務員の勤怠管理など、行政の分野で変革するため、デジタル化を進めること、それが自治体DXということです。

自治体が直面する“静かなる有事”

では、なぜ、今自治体にはDXが求められているのでしょうか。

 田中氏が、強調するのは、近い将来自治体に訪れる“危機”でした。

「自治体がこれから変わっていかないといけない理由はいくつもありますが、一つは『行政の負担の増大』です。人口減少・少子高齢化、住居やインフラの老朽化、地球温暖化、災害対応、さらには感染症対策まで、自治体は対応しなくてはならなくなっている」

自治体が直面する課題が多岐にわたる一方で、田中氏は三重県庁の職員の人数を年齢別に表した図を示したうえで、「近い将来、行政職員の大量退職時代が訪れる」と危惧します。

「この表では、年齢が高くなるにつれ人数は多くなり、若い方は少ない。つまり、50代以降のボリュームゾーンが今度どんどん退職し、17年後には今のおよそ半分が退職することになるんです。

労働力不足が深刻になる“2040年問題”は、市町村などの基礎自治体で、より深刻です。業務の効率化につながる自治体DXを進めていかなければ、労働力不足の時代にはどう考えても対応できない」

 より多くの課題に、より少ない職員で対応する。そのために、自治体にはDXが求められているというのです。

直面した「壁」

 こうした問題意識のもと、田中氏は2年前の就任当初、さっそく三重県庁の“変革”に取り組もうと考えていたといいます。

「県庁に新しい組織文化を作るというのが、当時の鈴木知事から与えられたミッションだったんですね。だから、いきなり『働き方や仕事の進め方を抜本的に変えていきましょう』というところから“ドン!”と入ったわけです」

当初、田中氏が想定していたのは、勤務時間や勤務場所に縛られない働き方の実現や、大幅に情報共有会議を削減する業務改革など。来たる労働力不足の時代にも行政が対応できるよう、デジタル技術を活用してこれらの変革を推し進めようとした田中氏でしたが、しかし、田中氏の意気込みとは裏腹に、周囲の反応は芳しいものではなかったといいます。

「DXの手前の部分にある、根本的なマインドのところがなかなかわかり合えなかったんです。例えば『時間や場所に縛られない働き方なんて、どうやって勤務管理するんですか?』とか言われちゃうわけです。

 職員一人ひとりは優秀だし、面白い人ばかりなのに、どうしてこの話が通じないんだろうって毎日悩んでいました」

自治体にデジタル環境の整備を

今後、行政が直面する“危機”を考えると、当然必要となる柔軟な働き方。しかし、自治体職員の間で、「働き方を変えなくてはいけない」という意識を共有できないのはなぜなのか。

田中氏は、その背景に自治体におけるデジタル環境の不十分さがあると考えたといいます。

「行政の端末がインターネットから分離されてしまっていた。これにより、世界で急速に高品質なデジタルサービスが普及した時期に、自治体職員がそれらのサービスと触れる機会が圧倒的に減ってしまいました」

あまり知られていないことですが、多くの自治体では、職員が業務で使うパソコンから直接インターネットに接続することができません。

これは2015年に、年金機構で起きた大規模な情報漏えいをきっかけに国が情報セキュリティの強化を進めたことに端を発します。田中氏は、この対策が「現場の自治体職員たちをインターネットから“隔離”した」と指摘しています。

「ことばを選ばずに言えば、“他の惑星”に来たかのごとく、仕事の仕方とかが全然違うという状態がありました。インターネットに直接接続できないという大きな課題があり、みんなが大量に印刷した紙をバインダーに入れて、手書きで仕事をしているという姿を見て、『想像を超えた状態だな』と思いましたよね」

セキュリティの強化によって情報漏えい事案は大幅に減ったとされますが、一方で現場の自治体職員の作業効率が低下するという課題も生じることに。改善を求める声を受け、国が利便性や効率性を向上させる方向でセキュリティの見直しを行っています。

「今では分からないことや気になることがあれば、すぐにネットで検索するということが当たり前だが、自治体職員は長らくそれができなかったんです。私物のスマホを職場で触ることもはばかられる中で、どんどんネットから取り残されていった。

そのため、ネット上で流通しているデジタルサービスを、行政の変革にどう利用できるかという発想が持ちづらかったんです」と田中氏は指摘します。

キーワードは“オープンコミュニケーション”

そこで田中氏が着手したのが、インターネットアクセス環境の整備とコミュニケーションツールの導入でした。国による自治体情報セキュリティの見直しを受けて、三重県では3月10日から、セキュリティを強化した上で、職員が直接インターネットにアクセスできるよう改めたのです。

それに先立ち、三重県では一部の部署で社内チャットなどを使えるビジネスツール「Slack」を試験的に導入。5月からは全庁で本格導入することにしています。東京都庁でも令和5年から「Microsoft Teams」が全庁で本格導入されるなどしていますが、全国の自治体でこうしたツールを導入している自治体はまだまだ少数。導入の狙いを、田中氏は次のように説明します。

「一番大きい狙いは“オープンコミュニケーション”なんですね。オープンコミュニケーションというのは、許可された範囲の人は見ようと思えば誰でも見られるやりとりのことです。それを導入することで、情報共有会議みたいなものがほとんどいらなくなって意思決定が早くなり、業務の推進が円滑になるんです」

 田中氏は、これからの労働環境には「自立と責任に基づいた自由で柔軟な働き方」と「心理的安全性を担保したフラットでオープンな組織」という2つの考え方が求められると強調します。時間や場所に縛られず、自由な発言が許される風通しのよい環境が、チームのパフォーマンスを上げる。その礎となるのが、オープンコミュニケーションと、それを可能にするツールだと強調します。

自治体DXに必要なのは“変化を恐れない心”!?

「これからの行政職員に求められるマインドは『変化を恐れずに、前を向いて歩む』ということですよね。そして、そのときには『さまざまなことを気にしすぎない』ということなんです」

 自治体DXに向けて、これからの行政職員に必要なものとは何か――。そう尋ねた私に対し、田中氏から返ってきた答えです。DXに必要なものと言えば、デジタルツールを操る技術か、はたまたプログラミングの知識か…。そんな答えを思い描いていた私にとっては、少々意外な答えでした。

「これまでの行政職員というのは、一般的には変革を起こす側ではなくて、変化に対応する側でした。変化に対応していく中で、行政は“失敗しちゃいけない”という意識がすごくありますよね。メディアや県民のみなさんからさまざまな場面で批判を受けることが多いという体験からくるものだと思うんですが、自治体職員にはすごく不安に思っている人が多いんだなと思います。

でもDXを進めるということは、変化を巻き起こしていく側になるわけですので、鼻で笑われたり、批判されたりすることもあるわけです。そうしたときにいちいち気にせずに、変化を恐れず、前を向いて歩み続ける。そのためにどんな工夫ができるか、常に考え続けるということなんだと思います」

確実に訪れる労働力不足の時代に向け、自治体には待ったなしの取り組みが求められています。