伊勢木綿・松阪木綿・市木木綿 違いってなに?

菊田一樹
2023年7月13日 午後1:58 公開

伊勢木綿に松阪木綿、そして市木木綿。いずれも三重を代表する伝統工芸品ですが、「そもそもそれぞれの違いって何なの?」という質問がNHKに寄せられました。

作られている場所が違う、というところまではわかりますが…。確かに、それぞれの違いって、あまり意識したことがなかったかもしれません。

質問を元に取材を進めると、意外な違いやそれぞれの関係が判明。三重の3つの木綿の歴史に迫ります。

(津局 菊田一樹アナウンサー)

“木綿王国”三重の理由とは

「伊勢木綿、松阪木綿、市木木綿の違いはなんですか?」

視聴者の皆さんから疑問やご意見を寄せてもらい、取材を進める「まるみえニュースポスト」に寄せられた質問です。

津市の伊勢木綿、松阪市や明和町で生産されている松阪木綿。そして御浜町の市木木綿。いずれも三重県の伝統工芸品になっています。

それぞれの違いについて調べようとまず向かったのは三重県総合博物館。県内の伝統的な産業を調査して30年。木綿の歴史に詳しい、福田良彦さんに話を聞きました。

(菊田)

「さっそくなんですが、三重県でどうしてこんなに木綿が盛んに生産されているんでしょうか?」

(福田さん)

「実はですね。三重県は“木綿王国”と言っていいほどの地域なんです

(菊田)

「“木綿王国”ですか!?」

一体どういうことなのか?その秘密は三重の恵まれた環境にあるといいます。

(福田さん)

「三重県は気候が温暖。そして特に伊勢平野はたくさんの川が流れていて、水にも恵まれています。また、江戸時代には主な肥料となっていたイワシがたくさんとれたということもあります。綿花や、藍染めの藍の生産に使う肥料が豊富にあったんです」

なるほど。温暖な気候に水、それに肥料。この3つが三重を木綿王国たらしめたということなんですね。

元は“兄弟”伊勢木綿と松阪木綿

では、どのようにしてそれぞれの木綿が生まれたのか。福田さんによると、江戸時代に歴史をさかのぼる必要があると言います。

まず、江戸時代の始め、今の三重県で作られていた「伊勢木綿」が上質だと評判になり、江戸で大流行しました。伊勢商人たちはこぞって江戸の日本橋に木綿屋を出店しました。

しかし、江戸中期になると関東の木綿が台頭。需要が減ってしまいます。こうした危機の中で生まれたのが、現在の伊勢木綿と松阪木綿だと言います。

(福田さん)

「明治時代になると、三重県の松阪だったり、津だったり、それぞれの地域でもう一度、三重県の木綿のブランドを高めたい、高めようという動きになったのです。そして松阪は松阪、津は津で個性的な木綿が産業として成長していったんですね」

もとは1つだった伊勢木綿は、明治時代に入ると地域ごとで個性が生まれ、現在の伊勢木綿や松阪木綿に枝分かれしたというのです。

伊勢木綿は、現在も津市で生産されていて、伝統のしま模様に多彩な色使いを組み合わたデザインが特徴。時代に合わせ豊富な柄を生みだして来ました。

一方、松阪市や明和町で生産されている松阪木綿の特徴は「まつさかじま」と呼ばれる藍色のしま模様。草木などで染めた深みのある濃淡が上品な木綿です。

商売で互いに競い合う中で個性が生まれましたが、伊勢木綿と松阪木綿はルーツが同じで兄弟のような存在なのです。

“別ルーツ”市木木綿の成り立ちは

では、もうひとつの市木木綿はというと…?

(福田さん)

「菊田さん、実はですね、市木木綿は、松阪木綿、伊勢木綿とはちょっと違った歴史を持っているんです。是非調べてきてください」

別の歴史。いったいどういうことなの?というわけで、三重県南部の御浜町まで取材に行ってきました。

こちらで出迎えてくれたのは、今も市木木綿を生産している向井浩高さん。さっそく市木木綿の歴史について尋ねてみました。

(向井さん)

「この地域では塩害が昔からよく起こっていて、農作物がとれにくかったんです。そこで塩害にも強い綿花を育てて、副業としてできる木綿作りが盛んに行われました。

江戸時代には各家庭で織物を作っていたのが、明治時代に入って、市木木綿というブランドを作って近代化してやりだしたんです」

伊勢木綿や松阪木綿と異なり、市木木綿は地元の農家が家計の足しにしようと作られ、主に地域の人に親しまれてきました。やがて明治時代に生産が近代化されブランドが確立されたということなのです。

市木木綿の最大の特徴は、明るい青や赤といった鮮やかな色づかい。この点について向井さんは、市木地区の気候や風景が生んだものではないかと話します。

(向井さん)

「もともとこのあたりは暖かいところ。だからわりと皆さん陽気な性格というのもあってそれが反映されていると思います。それに目の前に七里御浜、海があるし、山も近いんで、そこからインスピレーションを受けて明るい感じの柄ができあがってきたのではないかなと思います」

新たな挑戦で伝統の継承を

津、松阪、御浜。それぞれの地で個性を育んだ3つの木綿は、いま共通の課題に直面しています。「伝統の継承」です。それぞれ、生産する工場は今では1軒のみとなりました。

こうした中、生き残りをかけていずれの木綿も新たな活用法を模索しています。

たとえば木綿をあしらったTシャツやジャケット、また財布や名刺入れといった小物にアレンジしたもの。そしてブックカバーや扇子などもあります。伝統を受け継ぐためにこそ、新たな挑戦を続けているのです。

(向井さん)

「これからも残していかないといけないと思うし、知らない人にも存在を知ってもらって、魅力を感じてもらいたい。そうやって、ずっと先まで残っていったらうれしいですね」

というわけで今回の結論はこちら。

「伊勢木綿は江戸時代に大流行。商売で競い合い、地域ごとの個性を高める中で、今の伊勢木綿と松阪木綿に枝分かれした。市木木綿はそれとは別に農家の副業から始まり、ブランド化されていった」でした。

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