「部長なら、会議室で課長と話してみえますよ」
「倉庫の前に車をとめてみえる方、受付までいらしてください」
こんな表現、聞いたことありますか。
文中にある「~してみえる」という言い方、実は三重や愛知などで使われる方言なんです。
地元の皆さんの中には「表現は知っているけれど、方言だったの?」と思う方もいるかもしれません。
こうした、地元の人は方言だと思っていない、「気づかない方言」の謎に迫ります。
(津放送局 加賀ひかる)
「~してみえる」って方言なの?
「本を読んでいたら、『~みえる』は東海3県の方言という記述がありました。
まさか『~みえる』が方言だとは信じられませんでした。
この他にも三重には(地元の人には)『気づかない方言』があるのでしょうか」
(松阪市 こみさんさん)
視聴者の皆さんから寄せてもらった疑問を取材する「まるみえニュースポスト」にこんな質問が届きました。
実は私(加賀)は津市生まれ。幼少期は別の県に引っ越して住んでいたのですが、その後、中学・高校時代は、津市に戻ってきていたので、もちろん意味はわかります。冒頭の例の「校長先生が話してみえる」や「車を止めてみえる」のように、「~していらっしゃる」という意味で使う表現です。
正直言うと、私自身はあまり使った経験はないのですが…。まずはどれくらい一般的に使われる表現なのか、津市内で「~みえる」について話を聞いてみることにしました。
「普通に使いますよ。え?方言!それは全然知りませんでした。ほかの県では使わないの?」(30代女性 津市出身)
「『書いてみえる』、『もの買ってみえる』とか、自然と出てくるなあ」(60代女性 津市出身)
「使いますね。敬語みたいな感じで。方言だとはもともとは知らなかったのですが、関西の友だちに指摘されて初めて気づきました」(30代女性 津市出身)
合わせて17人に聞いてみたところ、「みえる」を知っている、または使うと答えたのは16人。そのうち14人は「方言とは知らなかった」と話していました。
やはり地元の人からすると「気づかない方言」だと言えそうです。
「みえる」は共通語にも方言にもある
どうしてそうなっているのか、専門家に聞くことにしました。三重県で方言に詳しいと言えば、そう、三重大学の余健教授です。
以前、「あした」・「あさって」の次を意味する「ささって」という方言についてお話を取材させてもらった先生です。(当時の記事はこちら↓)
まず、「みえる」の使われ方についてあらためて話を聞きました。
「『~みえる』を敬語として使うときの表現ですね。これには共通語の使い方と、三重県などでの方言としての使い方があります。
共通語しては『来る』の尊敬語、『いらっしゃる』という使い方です。たとえば、『先生が教室に来る』の意味で、『来る』を敬語に直すと『みえる』ですね。『先生が教室にみえる』であれば、『先生が教室にいらっしゃる』という意味になります。
続いて方言ですが、たとえば『先生が本を読んでいる」の『読んでいる』のところを敬語にすると、三重県や愛知県などでは『先生が本を読んでみえる』となるんですね。でも、この『~みえる』という敬語の使い方は、共通語には存在しません」(余教授)
たしかに、「来る」の尊敬語として共通語で普通に使いますし、三重の方言ではこのように使われていますよね。
“気づかない方言”になる法則とは
でも、なぜ、「先生が本を読んでみえる」というような使い方について、地元の人は方言だと思わないのでしょうか。その点について聞くと…。
「『気づかない方言』になりやすい単語には、ある傾向があるんです。それは、『発音は共通しているけれども、使い方が違う』場合なんです」
共通語の「みえる」。
方言の「みえる」。
発音が共通しているのに、使い方は異なります。
音が同じなため、地元の人からすると、その地域でしか使われない表現だとは思わず、「気づかない方言」になってしまうというのです。
つる・くどい…ほかにもある“気づかない方言”
三重県にはほかにも同じような気づかない方言があるのでしょうか。
「そうですね、わかりやすいところでいえば『つる』がそれにあたりますね」
共通語では、魚を「つる」など「垂直方向に動かすこと」を意味します。
一方で、三重にお住まいの皆さんの中には、学校で先生から
「はーい、机をつって~」
などと言われた記憶がある人も多いのでは。
この場合、「つる」は「垂直方向に加えて、水平方向に動かすこと」を意味します。
使い方は異なるのに、どちらも「つる」で発音が同じ。そのため「机をつる」が方言だと知らない人も多いといいます。
そのうえで、余教授は面白い話もしてくれました。
「相撲の決まり手に『つり出し』がありますよね。相手のまわしをとって、下から上に垂直方向に持ち上げる、これが『つり』です。
決まり手となるためには、土俵の外に相手を出さなければいけない。その場合は『つって出す』必要があります。
共通語には『つる』には垂直方向のみで、水平方向の意味がありません。だから『つり出し』になるんです。
もし、三重などの東海地方の方言になっている『つる』が共通語だったら、決まり手も単に『つり』となったかもしれませんよ」
さらに、ほかの例として、共通語で話が長いときなどに使う「くどい」。こちらは、三重や北陸では「味が濃い」という意味で使われますが、これも「気付かない方言」に当てはまると言います。
「~さんす」“気づきやすい方言”は消えてゆく
ところで、今回寄せていただいた投稿。実は、「みえる」だけではなく、別の表現についても触れられていたんです。
「『みえる』が方言だとは知りませんでしたが、『さんす』という言葉は松阪の特有のものだと認識していました」
「さんす」?正直、全く聞いたことがない表現です。どのように使われるのでしょうか。
「『この仕事は誰がさんすの?』『誰がさんすん?』 みたいな形で使われますね。共通語でいえば『さんす』は『~される』にあたりますね。また「どこに行かれるんですか」という意味で、「どこにいかんすの?」のように使うこともあります」
なるほど、「する」の尊敬語のように使うんですね。投稿者の方は「松阪特有」と書かれていましたが、あまり聞いたことがないのはなぜなんでしょうか。その点については。
「1950~60年代までは三重県内でも広く使われていたんです。でも現在は三重県内では津市の一部と松阪市くらいまで狭まっている可能性が高いと思いますね。その原因となるのが、さきほどの発音の共通性です。
『さんす』という発音の共通語は存在しないですよね。だから『見える』と違って、方言だと気づきやすいのです」
余教授によると、テレビなどメディアなどの影響もあって、方言は徐々に消えていく方向にあります。なので、方言だと気づきやすい、わかりやすい言葉だとなくなっていってしまうというのです。
方言だとわかりにくいと残っていく。
でも方言だとわかると徐々に使われなくなってしまう。
なんだか不思議な感じがしました。
最後に、余教授は次のように話してくれました。
「伝統的な方言がなくなるのは残念ですけれど、事実です。でも今回のような『気づきにくい方言』を見直すという動きの中で、伝統的な三重県の方言についても見直すことにつながって、方言の良さについて知る機会になってくれたらいいなと思います」
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