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田根剛 縄文のムラのデザイン

NHK
2021年3月19日 午後3:10 公開

「デザインとは近代のものではない。1万年前、縄文時代からデザインはあった」と考える田根剛さん(建築家)が、竪穴建物復元などを試みる御所野縄文博物館(岩手・一戸)をリサーチしました。現場での言葉から。

1万年前から日本に〈デザイン〉は存在した

〈デザイン〉というと20世紀の近代デザインを考えがち。しかし縄文時代(1万年前)に、人が集まり定住を始めたムラの暮らしから〈デザイン〉は生まれていた。

〈縄文のムラ〉は生きるための場所。生きるためには〈デザイン〉が必要だった

ムラはひとりでは暮らせない。移住から定住に生活が変わる中で、土や火などをモノにカタチに変えてゆくデザインが生まれた。                      

〈縄文のムラ〉には、火・土・魂のデザインがある

定住は人がその土地で生きるはじまりとなった。生きるために炉に火をともし、土を掘り固め、眠る場所をつくった。その土地で人が生まれ死ぬ。喜びや悲しみ、救いや慈しみの意識が芽生え、魂がデザインされた。   

〈定住〉がデザインのはじまり

遊動から定住を決めたことで、土地で生き続ける計画的意思が芽生え、場所と時間への意識が生まれる。その土地で生まれた人間が育ち、大人になり、老い、死んでいく。 狩りを行い、水を汲み、木ノ実を拾い、 森を育て、同じ土地で長く生きるための知恵が生まれ、 道具が継承され、世代から世代へと循環する「縄文ムラ」がデザインされていく。

環はデザインの起源

縄文人は「環」をデザインした。これを環状集落と呼ぶらしい。環をつくり、環に加わり、環の一部を担う者が800年間このムラ社会を形成した。住居は円環状に配置され、入口は中央に向いてデザインされている。ムラの中央には石を並べた環状列石が環の中心をつくり生者が死者を祀り弔う「場」がデザインされた。

〈土〉をデザインした縄文生活

縄文の生活は「土」をデザインすることからはじまった。土を掘って地面に穴をあけて竪穴住居をつくり、土を捏ね固めて土器をつくり、土に施しを加えて紋様を嗜み、土に魂を込めて擬人化した土偶をつくり出した。土をつかって土に還し、土と共に生きた縄文の生活。そして御所野縄文博物館の調査研究は、竪穴住居は「ツチ屋根」と成果を発表した。

〈火〉をデザインした縄文人

縄文人は火を囲むところから定住をはじめた。竪穴住居は炉を囲んでデザインされている。 穴を暮らすために掘ったのでなく、火を囲うために穴を掘り、風を避け、炉で薪を焚くことを思いついたのかもしれない。火の力を知り、 火で土を焼いて器にし、煙によって食を燻し、炉によって暖をとる。 そして黒光りする竪穴住居の内部は美しい。

魂の記憶がデザインされる

この土地で生まれ、共に暮らした人が亡くなり、共に生きた家族がこの土地で死す。その悲しみや苦しみによって心が生まれ、また祈りや願いによって魂にカタチが与えられたのかも知れない。日常と非日常、時間の意識のはじまり、見えない魂にカタチを与え、その記憶がデザインとなった。