秀頼(井上純一)は家康(フランキー堺)の力に屈し二条城で家康と会見する。豊臣が家康の臣下であると認めた瞬間だった。さらに家康は豊臣をつぶそうと、大坂冬の陣、夏の陣と仕掛けてくる。ねね(佐久間良子)は豊臣を生き残らせるため、淀殿(池上季実子)に家康の条件を受けるよう説得するが、淀殿は服従よりは滅びる道を選ぶ。ねねは炎上する大坂城に手を合わせ、秀吉(西田敏行)とねねが築いた豊臣家はここに最期を迎える。
戦国期から徳川初期までを生き抜いた、豊臣秀吉の正妻・ねね。その波乱の生涯を中心に、変革の時代を女性の視点から描いた、1981年放送の大河ドラマのアンコール放送。
関ヶ原で徳川家康(フランキー堺)の東軍が勝ち、形勢は一変した。家康は秀頼(井上純一)の後見役の立場をとり続けたが、豊臣恩顧の者を中国や九州へ追いやり、主要な所領を徳川で固めていった。ねね(佐久間良子)の甥(おい)・小早川秀秋(大和田獏)は関ヶ原の功績で岡山城主になるが、東軍に寝返ったことで、良心のかしゃくに耐えかねて狂乱し、21歳で死んでしまう。慶長8年(1603)、家康はついに江戸幕府を開いた。
ねね(佐久間良子)は京都で隠居生活を始める。大阪城には秀頼の補佐役という名目で家康(フランキー堺)が入り、政権を手中に収める。ある日、利家の妻・まつ(音無美紀子)がねねのいおりを訪れる。嫡男・利長が家康からかけられた謀反の疑いを晴らすために、まつは人質として江戸へ下るという。天下を狙う家康と三成(宅麻伸)の対決はもはや避けられず、ついに関ヶ原で激突。ねねは豊臣の行く末と天下の安泰を家康に託す。
秀吉(西田敏行)の死から半年が過ぎ、ねね(佐久間良子)が心から頼りにしていた利家(滝田栄)が病に倒れて息を引き取ると、豊臣政権は一触即発の危機を迎える。加藤清正(加藤健一)や福島正則(三上寛)をはじめとする秀吉の恩恵を受けた7人の武将たちが、三成(宅麻伸)の屋敷を襲撃。三成は対立する家康(フランキー堺)の屋敷に逃げ込み…。この襲撃事件の結果、ついに家康は大坂城に入り、天下の第一人者として君臨する。
ねね(佐久間良子)は、秀吉(西田敏行)の葬儀を済ませ、一族の菩提を弔いながら余生を送るつもりだった。しかし徳川家康(フランキー堺)と前田利家(滝田栄)から、朝鮮から全軍を撤兵させるまでの間、秀吉の死は伏せてほしいと言われる。朝鮮から戻った加藤清正(加藤健一)が、ねねを訪ねてくる。清正は秀吉の死を悲しみ、自分を罪に陥れた石田三成(宅麻伸)と差し違えるといきまくが、ねねは豊臣内部で争うことを許さない。
朝鮮での戦は各地で惨敗。秀吉(西田敏行)は憂さを晴らすかのように、京の醍醐寺で盛大な花見を催し、ねね(佐久間良子)の長年の苦労をねぎらった。3か月後、病状が悪化した秀吉は最後の力を振り絞り、徳川家康(フランキー堺)や前田利家(滝田栄)ら五大老と、石田三成(宅麻伸)ら五奉行に、秀頼(千葉貴之)と豊臣家の行く末を託して遺言を残す。慶長3年(1598)8月、秀吉はねねにみとられて、62才の生涯を閉じる。
ねね(佐久間良子)は、石田三成(宅麻伸)らと対立して秀吉(西田敏行)から謹慎を命じられた、という加藤清正(加藤健一)の愚痴を聞いてやり、豊臣家を分断させないよう戒める。秀吉は、拾を豊臣家の跡継ぎにするため全精力を傾け、ある日、明の使者が来日するが、携えてきた国書のなかで、明が日本を属国扱いしていると知って激怒し、再び朝鮮へ出兵する。そのうえ、5才になる拾を早くも元服させ秀頼と名を改めさせるが…。
高野山に追放された秀次(広岡瞬)に切腹の命が下る。秀次は、なんとか落ち延びる道を用意されるが、覚悟を決めて潔く果て、妻子や側室も三条河原で惨殺される。とも(長山藍子)は息子を失った上、夫も流罪となり、悲嘆に暮れて大坂城を去る。ねね(佐久間良子)は、これまで苦労して築いてきた豊臣の行く末を案じる。前田利家(滝田栄)は、世継ぎの拾しか目に入らず、愚行を繰り返す秀吉(西田敏行)を命賭けでいさめるが…。
秀吉(西田敏行)は淀殿(池上季実子)が生んだ世継ぎの拾を溺愛するあまり、甥(おい)の秀次(広岡瞬)に関白を譲ったことを後悔する。秀次も秀吉の心中を察し疑心暗鬼に。ねね(佐久間良子)は、兄の子・秀俊(松野達也)が小早川家へ養子に出されると、拾の存在が豊臣家を崩壊させるのではないかと心配する。追い詰められた秀次は謀反を理由に関白職を剥奪され、高野山へ追放になる。とも(長山藍子)は秀次の命を案じるが…。