全国的に中小企業の経営者の高齢化が進み、深刻な後継者不足が続く中、鳥取県倉吉市にある従業員3人の会社の社長が、県外の会社に事業の引き継ぎを始めました。
30年以上切り盛りしてきた会社を引き継ぐまでの1か月あまりに密着しました。
(鳥取局記者 大本亮)
後継者がいない…
後継者不足に悩んでいたのは、スーパーのショーケースのメンテンスや空調設備工事を手がけている鳥取県倉吉市の会社「えま空調」の社長、江間忠さんです。
8月24日の午前7時台。開店前のスーパーに江間さんの姿がありました。
スーパーの冷蔵設備が問題なく冷えているかなどをチェックしていました。
34年前に会社を立ち上げて以来、仕事一筋だった江間さん。
会社は、従業員3人で年商1億5000万円、ここ10年は黒字です。
69歳の江間さんは、「生涯現役」という考えはなく、3年前から事業の引き継ぎ先を探してきました。
江間忠 社長: 「仕事は70歳までという区切りを決めていました。70歳を過ぎて自分の体もどうなるか分からないし、急に病で倒れたら社員や顧客に迷惑をかけかねない。それに平均寿命からいくと、残り人生は10年ちょっと。これから自分のしたいことも見つかるかもしれないと考えて…」
江間さんは、まずは会社に勤めていた息子にと思いましたが、息子から「俺には合わない」と言われて断念。身近に会社を引き継げる人はいませんでした。
転機となったのは、去年2月。
たまたま訪ねてきた取引先の鳥取銀行の担当者に、後継者がいないことを打ち明け、事業を承継してくれる人を見つけてくれないかと相談したことでした。
廃業の危機を銀行が救う
鳥取銀行では、県内企業が後継者不足を理由に事業を諦めないように事業承継のマッチング支援に力を入れています。
江間さんから相談を受けた担当支店の行員は、法人コンサルティング部に引き継ぎ、鳥取銀行は、M&Aで相乗効果が生まれそうだと感じた山陰地方の複数の会社を提示しました。
鳥取銀行 法人コンサルティング部 森谷光 副調査役: 「後継者がいないという問題を多くの県内企業が抱えている。これをしっかりとお手伝いさせていただかないと私たちの取引先が無くなってしまう。取引先が無くなると私たちも仕事ができなくなってしまうので、そうならないために、地域で一緒に取引先と残っていくために、この仕事をさせていただいている」
鳥取銀行が提示した会社の1つが、島根県松江市に本社を置くビルメンテナンス会社、「さんびる」でした。
従業員は1000人あまり。年商は35億円に上ります。
江間さんは、売上高の大きさなどから、この会社なら社員や会社を託せると考え、外注先の職人も含め、社員を雇用し続けてもらうことを条件に会社を引き継ぐことを決断しました。
江間忠 社長: 「スタッフはもちろん、うん十年とずっとお世話になってきた外注さんを大事にしたいという思いがあったので、そこだけは譲れず、1年以上雇用してもらうことを条件に付けました。とりあえずは会社名も残してもらえることになったし、譲渡先がよかったです」
一方、買収した企業は、鳥取県への事業進出の足がかりにしたい考えです。
さんびる 田中正彦 社長: 「島根県に本社を置く弊社にも、えま空調と似た部署があるが、事業のエリアはどうしても県内が中心。鳥取県を中心に展開する えま空調を買収すれば山陰両県の空調市場を網羅できるようになる。鳥取県内の弊社のビルメンテナンスサービスの顧客にも、えま空調のサービスを提供できるようになり、相乗効果はものすごく広がっていく」
引き継ぎ 最後の役目へ
そして迎えた10月4日。
後継者への引き継ぎの日です。
「さんびる」の取締役で、3か月後に「えま空調」の新たな社長に就任する三島拓将さんが事務所を訪れました。
江間さんは、仕事の進め方や取引先とのつきあい方のコツを伝えます。
そして金融機関やスーパーなど取引先を回りました。
会社を引き継ぐまで残りわずかの期間、社長として最後の役目を果たします。
自力で後継者を見つけようとすると、どうしても消去法で選ばなければならなくなるところが、金融機関に仲介してもらったことで、複数の会社の中から後継企業を選ぶことができたと、江間さんは満足しています。
江間忠 社長: 「肩の力を入れずに、ふだん通りやってくれたらできると思います。そのための社長を人選したので心配していません。誠心誠意で仕事してくれたら、お客さんは必ずついてきますので、残り期間は少ないですが、それだけは伝えたいです。(会社を引き継いだら)とりあえず神経使わずに済むから楽かな。体を大事にしていきたいですね」
後継者不足の問題は、徐々に深刻化するため、経営者にとっては目を背けがちですが、江間さんのように、まずは周囲に相談してみることが問題解決の一歩になるのではないかと取材を通して感じました。