「二刀流 大谷MVP 今季の活躍が残したものは」

初回放送日: 2021年11月22日

大リーグ、エンジェルスの二刀流、大谷翔平選手が今シーズンのMVP・最優秀選手に選ばれました。常識を超えた二刀流の活躍が残したものは何かを考えます。

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二刀流大谷MVP 今季の活躍が残したものは

大リーグ、エンジェルスの二刀流、大谷翔平選手が日本時間の19日、アメリカンリーグのMVP・最優秀選手に選ばれました。常識をこえた二刀流の活躍が残したものはなにか、その意義を考えたいと思います。

▼日本選手2人目の快挙
大リーグ4年目の今シーズンはまさに二刀流の本領発揮となりました。投げては9勝2敗。156個の奪三振は投球イニングを大幅に上回り、規定投球回数には達しませんでしたが、防御率はリーグ3位に相当します。打っては日本選手で過去最多だった松井秀喜選手のホームラン31本を前半戦だけで超え、最後までタイトル争いに加わって46本のホームランをマークしました。さらに特筆すべきなのは、盗塁の多さです。ピッチャーをこなしながらも、リーグ5位の26盗塁を記録。走攻守すべての部門で同時にリーグトップレベルの成績を残すという、誰もが想像もできなかった偉業を達成したのです。

そして日本時間の19日、日本選手ではイチロー選手以来、20年ぶり2人目となるリーグのMVPに選出。MVP、Most Valuable Playerは、直訳すると「最も価値のある選手」です。主要な投打の個人タイトル獲得がなかったのにもかかわらず、投票者全員から1位票を獲得し、いわば満票でMVPを受賞したのは、歴史的な二刀流の意義が評価されたからだと言えるでしょう。

▼二刀流が残した最大の意義
では今シーズンの二刀流の意義はどこにあるのでしょうか。

現代の野球で、二刀流が実現不可能といわれてきた大きな理由は、レベルが上がれば上がるほど、自分の最も得意な分野に集中し、究めていくことが合理的だとされてきたからです。ポジションを固定すれば技術を身に着けるスピードが上がって、そこに特化した動きも身に着けやすく、試合に勝つ確率を上げることにつながります。中でも「勝敗の7割から8割を左右する」とも言われるピッチャーは、球速を上げるだけではなく、コントロールの精度を高めたり、球種を増やしたりするための努力など、取り組まなければならないことが非常に多く、特殊なポジションであるとも言えます。特にプロでは高度に専門化と分業化が進み、ピッチャーは野手とは別メニューで練習に取り組むことが一般的です。しかし二刀流の場合は、単純に言えば、ピッチャーと野手の2人ぶんの練習をこなさなければなりません。野手でのプレー中に、ピッチャーとしての登板に支障が出るようなけがをするリスクも高まるでしょう。さらに二刀流が実現できたとしても体力の消耗が激しく、ピッチャー、バッターそれぞれで圧倒的な成績を残すのは困難だというのが常識とされてきたわけです。

こうした中、大谷選手は筋力アップをはかり、体への負担を減らそうと試合前の練習時間も思い切って短縮して、健康にプレーし続けることを重視しました。さらにスポーツ科学による知見を取り入れ、最先端の機器を駆使してデータと自身の感覚をすりあわせた投打のフォームの見直しにも取り組み、世界の一流選手が集まる大リーグで走攻守同時にトップレベルの成績を残しました。実現不可能だとされた常識に挑戦し、既成概念を打破して可能性には限りがないことを改めて示したことこそが、大谷選手の二刀流の最も大きな意義ではないかと思います。こうした活躍に刺激を受けた選手も出てきてきました。ことしのドラフト会議で広島から指名された愛工大名電高校の田村俊介選手は、プロでも二刀流に挑戦したい意向を明らかにしました。もちろん成功には高いハードルがありますが、このように今後は、自らの可能性をさらに追い求めたいという選手が増えるのではないかと思います。

▼選手育成にも二刀流の影響が
前人未踏の二刀流は、日本の野球界で選手をどう育成するか、という根本的な問題にもつながります。

これまで日本では小・中・高・大学とそれぞれの年代で優勝を目指すことが一番の目的となることが多く、強豪と言われるチームほどポジションの専門化が進んで、それが、行き過ぎた勝利至上主義につながってしまう側面があるとも指摘されていました。本来は野球選手として体と技術が成熟するのは20歳台半ば以降と言われていますが、ポジションを固定するのが低年齢化すると、長期にわたって選手を育成するという視点がなかなか持てなくなるのではないかというのです。大谷選手の活躍を受けて、筑波大学野球部の川村卓監督は「これから、特に育成段階では、個人の能力を伸ばすことが先にあり、その能力を活かしてチームにどう貢献してもらうのか。若いうちに選手の可能性を摘まないようにすることがより大切になると思う」と話しています。育成のあり方に変化が出てくれば、日本球界全体がさらにレベルアップする可能性がある、とも言えます。選手の伸びしろを大切にすることに改めて気づかせてくれたのも、二刀流が残した意義ではないかと思います。

▼社会に提示したメッセージ

大谷選手の活躍は、野球というスポーツの枠を超えて社会全般にも大きな影響を与えました。アメリカの雑誌「タイム」は大谷選手を「世界で最も影響力のある100人」に選び、「現代のベーブ・ルース」とその偉業を称えました。投打の二刀流として数字で比較されることが多い2人ですが、活躍した時代背景も重なります。ルースは第一次世界大戦後、明るい話題を求めていた人々に圧倒的なペースでホームランを量産し、夢を与えました。一方、大谷選手の常識をこえた二刀流は、世界的なコロナ禍で日常生活が制限され、多くの人が抱えていた閉塞感を吹き飛ばしました。ルースと同じように野球というスポーツの枠を超えて、社会に希望を与えたのです。

また、走攻守にわたって完全燃焼する大谷選手の姿は、「野球の原点」を思い返させただけではありません。社会の産業構造が高度化する中、組織が成果をあげるために、社会のさまざまな分野で専門化が進んでいます。例えば仕事でも自分の担当以外のことがわかりにくいと感じている人も多いでしょう。専門化が進んで、個人にできることは限られてしまったのではないか。そうした状況に窮屈さを感じている人たちに、大谷選手の活躍は強烈なメッセージを提示したとも指摘されています。アメリカ文化が専門の慶応大学、鈴木透教授は「無謀とも受け取れた大谷選手の挑戦は、個人が単なる組織の一員であることを超越し、当たり前だと思っていた既成概念を打破したと感じた人も多いと思う。常識を覆すことにチャレンジし、自らの可能性を広げていくというメッセージは、広く社会に伝わったのではないか」としています。二刀流の活躍は、野球界をこえて、既成概念にとらわれない人材の輩出につながっていくのかもしれません。

▼常識への挑戦 可能性を広げて!
「リトルリーグの少年がそのまま大リーグの選手になったようだ」と言われた大谷選手。本人は、野球を始めた頃の気持ちのまま、もっとうまくなりたい、もっと勝ちたいということだけを考えていたのだと思います。しかし、私たちはその姿から、様々なメッセージを受け取ることができたのではないかと思います。二刀流がどこまで進化するのか、来年以降のさらなる活躍を願う一方で、社会全体のさまざまな分野で、大谷選手のように常識に挑戦し、それを打ち破って可能性を広げる人が増えていくことを楽しみにしたいと思います。

(小澤 正修 解説委員)