「コロナ禍の最低賃金 引き上げ路線 復活か」

初回放送日: 2021年6月9日

コロナ禍での生活支援のため、政府は最低賃金の引き上げ路線の復活に強い意欲を示した。一方、賃金を払う企業側は、経営は依然厳しいとして引き上げには反対。今後の行方は

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コロナ禍の最低賃金 引き上げ路線 復活か

政府主導の最低賃金引き上げ。
その再開を目指す動きが、鮮明になってきました。
コロナの影響で去年、事実上中断した最低賃金の引き上げ。
今年も現状維持か、それとも引き上げか。
議論が分かれるなか、きょう発表された政府の骨太方針の原案では
「引き上げは不可欠」という強い文言が盛り込まれました。
経営環境は依然として厳しいとして
据え置きを求める企業側との攻防が激しくなりそうです。

【 何が焦点か? 】
そこで
▼低い水準と地域間格差
▼政府主導 再び
▼必要な環境整備とは?
この3点について、考えていきます。

【 総理が表明 】
まず、きょう発表された、政府の基本方針である
いわゆる骨太の方針の原案。
その中では、最低賃金についてこう表記されました。

「感染症の影響で賃金格差が広がる中、
 格差是正には、最低賃金の引き上げが不可欠」
「感染症拡大前に引き上げてきた実績を踏まえて、
 地域間格差にも配慮しながら、
より早期に全国平均1000円を目指す」
極めて明快に、引き上げへの強い意欲を示しています。

【 最低賃金とは? 】
では、その最低賃金、
現状はどうなっているんでしょうか?
そもそも最低賃金というのは、
企業が、労働者の生活を守るために、
最低限、払わないといけない賃金のことです。法律で罰則もあります。
正社員はもちろん、パートやアルバイトなど、
全ての労働者に適用されます。

毎年、国の審議会が、
今年は時給でいくら上げるか、という目安を決定します。
それに基づいて、各都道府県が個別に額を決めます。

現在は、全国平均では 時給902円。
実際の各都道府県ごとの額は、
この絵のようになっています。

最も高いのは東京の1013円。
最も低いのは、
秋田、鳥取、島根、高知、佐賀、大分、沖縄。
この七つの県の792円です。

【 低い水準と地域格差 】
この最低賃金には
大きく二つの課題があります。

▼一つは、ご覧のように、地域間格差が大きいことです。
最も高い東京と、最も低い7つの県の間では
時給で221円の開きがあります。

これが賃金の低い地方から、賃金の高い都市部へと
働き手が流出する一つの要因となっています。
最低賃金が低いままでは
それが働く人だけでなく、
地方の経済全体にも影響を及ぼすことになるわけで、
地方創生の点からも最低賃金引上げが課題となっているわけです。
▼そして、もう一つは、水準そのものが低いことです。
最も高い東京の最低賃金でさえ、
一年間フルタイムで働いて、年収は200万円に届きません。

また国際的にみても、低水準です。
厚生労働省が先月出した資料などを円で換算すると
英国やドイツの最低賃金は、およそ1200円、
フランスはおよそ1300円、などとなっていて、
先進各国と比べて
日本の最低賃金は大きく見劣りがします。

【 政府主導の引き上げ 】
こうしたことから
最近では、政府が経済政策として
引き上げを主導するようになっています。

特に安倍政権では2015年、
デフレ脱却や経済の好循環を目指す立場から
平均1000円を目指す、という方針を打ち出しました。

それまでは、毎年1~2%程度だった引き上げが
その後は4年連続で3%以上の高い引き上げが続きました。

その結果、2019年度には
平均が初めて900円を超えて901円となり、
ついに時給1000円が見えてきました。

しかし、そこで起きたのが、新型コロナウイルスの感染拡大です。
企業への深刻な影響を配慮して
国の審議会は結局、去年、
最低賃金をいくら引き上げるかと言う目安を出すことをあきらめました。
その結果、平均の引き上げ額は、わずか1円にとどまりました。
政府主導の引き上げは、途絶えたわけです。

【 攻防激化 】
その引き上げ路線の再開を目指し、
政府が動きだしたのが今年3月でした。

菅総理大臣が、経済財政審問会議で
「最低賃金を、より早期に、
平均1000円にすることを目指す」と表明したのです。

これに強い反応を見せたのが、経済界でした。
今年4月、日本商工会議所など中小企業3団体が揃って記者会見し、
引き上げを見送るよう、政府に強く求めました。

このうち日本商工会議所の三村会頭は
「コロナによる影響で企業は依然として厳しい経営を強いられている。
更に景気が悪化すれば、企業は雇用調整せざるを得ない」と述べて
最低賃金を引き上げれば
雇用の減少につながる恐れがある、という見方を示し、
政府を強くけん制しました。

一方、労働組合の中央組織である連合の神津会長は、
田村厚生労働大臣と会談し、
コロナによって「収入が激減するなど、
生活の困窮度は深刻さを増している」として、
引き上げの必要性を訴えました。

こうした中、改めて、
引き上げ路線を強調したのが菅総理大臣です。
今月8日、非正規労働者のための
経済対策を話しあう関係閣僚会議で
「賃金格差が広がらないよう、
最低賃金を引き上げるための環境整備に取り組む」と明言し、
引き上げに強い意欲を示しました。

【 引き上げの環境整備を 】

では、今年の最低賃金引き上げは、
どうあるべきなんでしょうか?
やはり重荷になっているのは、コロナの影響です。
特に、飲食、宿泊、介護、サービス業などが
経営に大きな打撃を受けていますが、
こうした業界では、非正規労働の人たちが
低い賃金で働いている例が少なくありません。

雇う側も、雇われる側も、
コロナによっていっそう厳しい状況に追い込まれているわけです。
こうした中で最低賃金を確実に上げるためには
企業の側が、賃金をもっと上げやすくする環境を作ることが重要です。

実は、政府は、
きのう開いた関係閣僚会議で、
そのための新たな取り組みを示しました。

たとえば、中小企業が
なかなか賃金をあげにくい理由の一つとして
下請けとして製品を納入しようとしても、
発注元から価格を低く抑えるよう求められ、
適正な値上げがしにくいといった、
いわゆる下請けイジメがあると言われます。
こうしたことが最低賃金の引き上げを
難しくしているおそれがあります。

このため、最低賃金引き上げ後は
下請け企業の保護を行う「下請けGメン」が、
集中期間を設けて、下請けイジメがないかどうか、
徹底的に調査するとしています。

また、同じ事業所で働く人のうち、
最も低い時間給を一定以上引き上げて、
生産性の向上を行った場合に出す
「業務改善助成金」を拡充する、などとしています。

こうした対策で企業の生産性が上がれば、
それだけ賃金も上げやすくなるというわけです。

最低賃金の引き上げをいわば起点にして
コロナによって開いた経済格差、所得格差を縮め、
企業の生産性をあげ、
ポストコロナの経済再生に役立てることが重要ではないでしょうか?

最低賃金引き上げを議論する審議会は
今月下旬から開催され、
来月中には引き上げの目安が決定されます。

チャンと働けば、チャンと暮らすことができる。
この当たり前のことが実現できる最低賃金を
早く実現してほしいと思います。

(竹田 忠 解説委員)