「台湾情勢の行方は? 大規模軍事演習に見る中国の意図」

初回放送日: 2022年8月12日

米下院議長の台湾訪問を理由に、中国軍が行った大規模軍事演習。日本のEEZにもミサイルが着弾するなど批判と懸念が広がっている。中国側の意図と台湾情勢の行方は?

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「台湾情勢の行方は」 大規模軍事演習に見る中国の意図

アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問を理由に、中国軍が台湾周辺で行った大規模な軍事演習は、これまでで最大規模というだけでなく、発射されたミサイルのうち5発が日本のEEZ排他的経済水域に着弾し、台湾海峡やアジア太平洋地域の安全を脅かすとして、アメリカや日本、そして世界各国に批判と懸念が広がっています。このような軍事演習を行った中国側の意図と今後の台湾情勢の行方について考えます。

8月2日、ペロシ下院議長が率いるアメリカの議員団の一行が、中国側の強い反対にもかかわらず、アジア歴訪の一環として台湾を訪れました。台湾訪問の背景には、アメリカの議会で、中国への警戒感がこれまでになく高まっていることがあります。翌日、ペロシ下院議長は蔡英文総統と会談し、「世界は今、民主主義と専制主義のどちらを選ぶのか迫られている。台湾と世界の民主主義を守るためのアメリカの決意は揺らぐことはない」と述べました。

台湾を中国の一部とみなす中国側は即座に激しく反発しました。早くも2日夜には、中国外務省が「台湾独立勢力への誤ったシグナルで、厳しく非難する」などとした声明を発表したほか、中国軍は、台湾を包囲するように6つの海域を地図に示したうえで、4日から7日まで重要軍事演習を行うと発表しました。
 軍事演習は台湾への攻撃を想定した前例のないものとなり、台湾側によりますと、この4日間だけでのべ41隻の艦船と176機の軍用機が確認され、このうち軍用機はのべ100機以上が、これまで暗黙の了解で守られてきた、非公式の休戦ライン、「中間線」を越えて台湾本島に近づきました。
また初日の4日には11発の弾道ミサイルが発射され、このうち4発が台湾の上空を越えて東側の海に着弾したほか、5発が日本のEEZの内側に着弾しました。日本政府は中国側に抗議しましたが、中国外務省は受け付けない姿勢を見せています。ミサイル発射は民間の船舶に被害を与えかねず、きわめて一方的で危険な行為と言わざるを得ません。
中国軍は10日、演習終了を発表した中で、「今後も訓練とパトロールを行う」と述べており、台湾への軍事的な圧力がこのまま常態化するのではないかという懸念が高まっています。

 中国の激しい反発の背景には何があるのでしょうか。7月28日に行われた電話による米中首脳会談で、習近平国家主席はバイデン大統領に直接、「火遊びをすれば必ずやけどをする」などと、強い言葉でペロシ氏の台湾訪問に反対の意を伝えました。にもかかわらず、これが聞き入れられず、メンツをつぶされた形となったため、激しい怒りを実際の行動で示す必要に迫られたことが背景にある、と指摘されています。

 習主席は、秋に予定されている5年に一度の共産党大会で、総書記、そして国家主席として、異例の3期目への突入を決める見通しで、中国国内、そして党内に向けて、その例外的な扱いに見合うくらい偉大な指導者だという、高い権威を示さなければなりません。台湾統一は中国共産党の悲願で、習主席は、去年の党創立100周年の記念式典でも、「台湾統一は歴史的任務だ」と全国民に向けて表明しています。台湾の民主主義を守るとするペロシ氏の訪問を許し、台湾統一が遠のくように見えては、国内的に権威が下がってしまいかねず、権威を守るために、激しい反発を打ち出した、という訳です。

 しかし背景には、もっとしたたかな計算があったかもしれません。ペロシ氏の台湾訪問検討の報道は何か月も前からありましたが、ポイントは先月上旬です。7月9日、国際会議が開かれていたインドネシアで米中の外相会談が行われました。アメリカのブリンケン国務長官は5日の記者会見で、その会談の中で、王毅外相に、ペロシ氏の台湾訪問の可能性について伝えた、と明らかにしました。つまりこのころから、中国は反対の姿勢を示しつつも、ペロシ氏の台湾訪問は避けられないと見ていた可能性があります。
もし、中国の反対でペロシ氏が訪問を取りやめたとなれば、アメリカは台湾問題をめぐる主導権を失いかねません。ペロシ氏は訪問を取りやめられない。中国側もそれを知っていて、あえて反対の意を伝え続けた。つまり中国側は、アメリカ側に責任を押し付ける形で、周到に軍事演習を準備し、台湾統一に向けて強気の対応に打って出たのではないでしょうか。

強気の姿勢は習主席にとって好都合です。中国ではいま、共産党の現役幹部や引退した長老が北部の避暑地、北戴河に集まって、重要人事や重要政策を非公式に話し合う毎年恒例の秘密会議、北戴河会議が開かれています。もともと今年、習近平指導部は、異例の三期目に向けて、人事や政策で順調に合意を取り付けたいところでしたが、経済の低迷や厳しいゼロコロナ政策によって国民や党内に不満がくすぶり、党内の求心力は、やや不安定な状況にありました。そこでアメリカという外敵の存在を強調し、最重要課題を台湾問題に集中させることで、批判の風当たりを弱めることに成功したと受け止めているかもしれません。
今回の軍事演習を受けて、今後、台湾情勢はどうなるのでしょうか。中国はいったん矛を収め、台湾海峡の軍事的な脅威が高まることは避けられるのでしょうか。これはまさに、今後の中国側の出方にかかっています。
 沖縄県の尖閣諸島をめぐる中国の対応の経緯が参考になります。10年前の2012年、日本が尖閣諸島を国有化したのをめぐって、中国は激しく反発。反日デモの嵐が中国全土に吹き荒れました。ちょうどその時も、党大会を目前に控え、どの指導者も、日本に弱腰の姿勢を見せることはできず、強硬策を支持する勢力が勢いづきました。日中関係は数年をかけて徐々に回復しましたが、その後も尖閣諸島周辺への中国艦船の接近が続き、その頻度はますます増えています。中国は日本の実効支配を、時間をかけて実力で突き崩す、という方針に舵を切ったと見られています。

台湾に関しても、秋の党大会を前に、習近平氏が自らの権威を守るために激しく反発したという側面もありますが、政権の求心力をいっそう高めるため、あえてアメリカや日本との対立を覚悟で、軍事的な圧力の常態化に舵を切った可能性も捨てきれません。もともと台湾へは、中国軍の航空機が台湾との中間線を越えるなどの、威嚇的な行動が増えていましたが、その趨勢が今後収まる保証は全くありません。台湾の外交当局は、「中間線の暗黙の了解を壊し、台湾海峡が各国の船が自由に行きかう国際水域であるという現状を否定し、中国の内海にしようと企んでいる」と非難しています。
中国側の出方次第では、台湾への軍事的な圧力はますます強まり、中国が軍事侵攻に踏み切る「台湾有事」の可能性や、米中両軍の偶発的な衝突のリスクも高まり続けます。そして、中国軍がミサイルを日本のEEZに向けて発射したのは、米軍基地のある日本が、台湾有事の当事者だと、中国自身が考え、日本をあらかじめ威嚇する効果を狙ったものとみることができます。台湾海峡で高まる中国の軍事的な脅威とどう対応していくのか、台湾有事にどう備えるべきなのか、日本は当事者意識をもって、課題を検証する時期に入ったと言えます。

(奥谷 龍太 解説委員)