「尖閣諸島 攻勢強める中国の長期戦略」

初回放送日: 2020年5月29日

尖閣諸島では、新型コロナに揺れるこの数か月も、中国船の領海侵犯が増加。日本漁船を追尾する異例の行動も。「自国領海での取り締まり」と主張する中国の思惑・戦略は?

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尖閣諸島へ強まる攻勢 中国の国家戦略

各国が新型コロナウイルスへの対応に追われる中、中国が海洋進出を活発化させています。沖縄県の尖閣諸島では、中国海警局の船が日本漁船を追尾し3日間にわたって領海侵入を繰り返すという、これまでになかった動きも確認されています。徐々に強まる中国の攻勢は、尖閣諸島を含めた中国周辺の海洋全体を支配するという長期的な国家戦略の一環とみられます。尖閣諸島での中国の活動を分析し、日本の対応を考えます。

(解説のポイント)
・強まる攻勢の実態
・“海洋強国”への長期戦略
・日本はどう対応するのか

【強まる攻勢の実態】
「尖閣諸島は、歴史的にも国際法上も日本固有の領土であることは明らかで、日本が有効に支配しており、解決すべき領有権問題は存在しない」。これが日本政府の立場です。
しかし中国は、尖閣諸島の領有を主張し、周辺の日本の領海やそこに接する「接続水域」に海の法執行機関である中国海警局の船を絶え間なく送り込み、海上保安庁の巡視船が24時間現場に張り付いて警備をするという状態が何年も続いています。
実は、中国側の動きは、新型コロナウイルスが蔓延する前から活発化していました。海上保安庁の複数の幹部は去年すでに「中国の活動は今までとは違う局面に入っている」と話していました。

こちらのグラフは、中国海警局が去年1月以降、尖閣諸島付近(接続水域内)に現れた月ごとの推移を示しています。去年6月、習近平国家主席の国賓としての来日がいったん合意され、日中関係が改善に向かっていた中でも、ほぼ毎日、この海域に現れ、外交上の姿勢とは矛盾する行動が繰り返されました。そして今年、中国国内で新型コロナの感染拡大が深刻化し、武漢が都市封鎖された中でも、その攻勢はむしろ強まりました。

船の動きを詳しく見ると、これまで、中国側の船は、10日に1回ほどのペースで領海侵入し、数時間、平然と航行したあと外へ出るという“パターン”を繰り返してきました。この行動パターンは数年前から続いてきました。ところが今月に入って、突如、このパターンから外れる異例の行動に出てきました。
5月8日、日本の領海に侵入した中国海警局の2隻が、そこで漁をしていた日本漁船を追尾し始め、さらに接近しようとしたのです。このため、海上保安庁の巡視船が間に入って接近を食い止めました。しかし、中国側の2隻は漁船のあとを追うように航行を続け、3日間にわたって領海への侵入を繰り返しました。

その意図はどこにあったのか。中国外務省の報道官は5月11日の記者会見で、「日本漁船が中国の領海内で違法な操業をしたため海域から出るよう求めた」と述べました。この発言は、「自国の海で取締りを行った」つまり、「主権を行使した」と主張するものです。海上保安庁の巡視船が間に入って接近を防いだので、実際には「取締り」は行われていませんが、中国としては「ここは自分たちが管理する海だ」とアピールする狙いがあったと考えられます。
このように中国は、長い時間をかけて既成事実を積み重ねることで、将来、尖閣諸島を我が物にすることを狙っているのではないでしょうか。

さて、冒頭で触れたように、尖閣諸島での攻勢は去年すでに始まっていました。
特に目立っていたのは、現場に現れる船の「大型化」です。以前は、天候が悪化すると中国側の船はいなくなっていましたが、大型化された船は時化にも強くなり、海が荒れても退散しなくなりました。その結果、去年1年間の確認日数は過去最多の282日を記録しました。
中には、軍艦並みの大型の機関砲で武装した船もいました。
さらに、運用能力も向上し、船の「分散行動」が確認されるようになりました。以前は、4隻がまとまって動いていましたが、去年後半ごろから、2隻ずつに分散するようになり、今年に入って、より目立つようになっています。海上保安庁にとっては、監視対象の船団が分散されてしまうと、当然、同時に2つ以上を見ないといけなくなります。「分散行動」には、高い指揮と通信の能力が必要ですが、中国側の船は、それぞれ「統率された複雑な行動」をとっていて、海上保安庁の対応はより難しくなっています。

【“海洋強国”への長期戦略】

▼中国海警局の能力が向上し、攻勢が強まった背景には何があるのか。注目されるのが、おととし行われた「組織の配置換え」です。
中国海警局はもともと、「国家海洋局」という国務院の下にある政府機関に所属していましたが、中国共産党の中枢「中央軍事委員会」直属の組織の配下になりました。「中央軍事委員会」は、人民解放軍をも指導する軍事部門の最高意思決定機関です。その指揮系統に入ったことで、予算と人員が潤沢になったとみられ、船の増強も大きく進みました。
尖閣諸島での活動はいま、中央軍事委員会の指導の下、国家の「長期戦略」に基づいて行われていると、専門家はみています。中国が目指しているのは、建国百年を迎える2049年までに軍事・経済・政治のすべてでアメリカを凌駕し、世界の覇権を握ることだといわれています。その重要なステップが、「海洋強国」となり、東シナ海や南シナ海を支配することとみられます。南シナ海では南沙諸島や西沙諸島を、東シナ海では、中国の国防上、重要な位置にある尖閣諸島を自らの管理下に置くことが不可欠だと中国は考えているのでしょう。そして、軍ではない「中国海警局」を尖閣諸島の最前線に出すことで、アメリカとの軍事衝突を当面は回避しつつ、徐々に徐々に有利な状況を作り出そうとしているとみられます。
こうした長期的な視点からすれば、新型コロナや日中関係の情勢には関係なく、尖閣諸島での中国の活動は今後も続いていくと見なければならないでしょう。

【日本はどう対応するのか】

では、日本はどのように対応すべきでしょうか。
まずは、攻勢を強める中国に対して、現場での対応能力を強化することです。
軍事衝突という最悪の事態を避けるためにも、非軍事の法執行機関である海上保安庁が対応し続けることが重要です。しかし、海上保安庁は、中国よりはるかに広い世界第6位の排他的経済水域(EEZ)で、海難救助など様々な業務を担いながら、保有する大型船は、増強して巨大化した中国海警局の半分です。
海上保安庁も近年、大型巡視船の建造を急ピッチで進めていて、今年2月、鹿児島に、日本最大級の巡視船2隻を新たに配備しました。今後は、これまで尖閣諸島専従チームを置いてきた沖縄県の石垣島に加え、鹿児島も拠点として対応していくことになります。

しかし、海上保安庁の体制強化だけでは問題が解決できるわけではありません。そこで問われるのは、力を背景に国際法を無視して現状を変更しようとする相手に対して、周辺国と国際社会を味方につける「外交力」と「情報発信力」ではないでしょうか。
中国は、最近の「マスク外交」に見られるように、あらゆる手段を使い、硬軟おりまぜて影響力を拡大させています。また、尖閣諸島をめぐって世界的に大規模な宣伝戦も繰り広げています。中国が発信する一方的な情報が世界に流布され、中国の影響下にある国々がそれを追認するという事態は避けなければなりません。日本はこうした分野で中国に後れを取っていることは否めず、早急に取り組むべき課題です。

世界で影響力を拡大し、独自の世界観と長期的な戦略で日本の主権を脅かす行動を続ける隣国に対して、私たちはどのように向き合っていくのか。この難問に答える新たな戦略の構築が求められています。

(津屋 尚 解説委員)