防衛費増額の財源 議論の焦点と課題

初回放送日: 2023年2月6日

防衛費強化の財源を増税で賄うことについて激しい議論が繰り広げられている。増税ではなく、国債の償還ルールを変えてねん出しようという議論も。この問題について解説。

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  • 防衛費増額と財政~60年償還ルールの見直しって何?

防衛費増額と財政~60年償還ルールの見直しって何?

防衛費強化の財源を増税で賄うことについて、国会で激しい論戦が繰り広げられています。こうした中、自民党内では、増税ではなく、国債の償還ルール、つまり政府の借金の返済の仕方を変えることで、財源をねん出しようという案が持ち上がっています。しかし、この案をめぐっては、財政のさらなる悪化につながると慎重な意見も出ています。
この問題について考えていきたいと思います。

解説のポイントは三つです。
1)防衛費増額 財源をめぐる議論
2)国債償還ルール見直し 問題点は
3)つけは後からまわってくるか

1)防衛費増額 財源をめぐる議論
まず、防衛費をめぐる経緯についてみてみます。

政府は去年、東アジアをめぐる安全保障情勢が厳しさを増しているとして、防衛費の大幅な増額を打ち出しました。今後5年間で43兆円程度が必要だとしていて、2027年度の防衛費は8兆9000億円にのぼる見通しです。一方で、2027年度以降、年におよそ4兆円もの追加の財源が必要となり、政府は、このうち、ほかの予算を削る歳出削減や、予算が年度内に使われなかったときに生じる決算剰余金、それに国有財産の売却など税金以外の収入でおよそ3兆円をまかない、残りの1兆円あまりについては、所得税、法人税、それにたばこ税の増税でまかなう方針を打ち出しました。

これに対し、野党各党からは、「そもそも防衛費の増額は、総額ありきで国民に見える形で中身の議論が全く行われていない」とか、「物価高などで国民の生活が厳しくなっている中で、なぜいま防衛増税なのか」と一斉に反発しています。こうした中自民党内でも、政府が言う歳出改革や税金以外の収入で4分の3にあたる財源を、本当に安定的に確保できるのか。それ以外にも財源を見つけて積み増すことで、増税額を少なくすることはできないのかといった声が上がり、先月19日には、防衛費増額の財源について議論する特命委員会での検討が始まりました。

2)60年ルール問題点は
あらたな政策に必要な歳出をめぐって、財源を見つけ出す努力をすることは大切なことだと思いますが、気になるのは、財源として、国債をめぐる60年償還ルールを見直す案が出ていることです。

国債の60年償還ルールとは、次のようなものです。政府が発行する国債=政府の借金は、満期が来た時に一度に全額を償還=つまり返済することが難しいことから、60年かけて返すというルールを決めています。なぜ、60年かというと、国債で調達した資金が建設費にあてられる道路などのインフラの耐用年数が60年程度と考えられているからです。政府は、このルールに基づいて、毎年度の予算でおよそ60分の1を返済し、残り60分の59は、「借換債」と呼ばれる国債発行、つまり新たな借金をしてそのお金で返済する、要は借り換えを行うのです。このうち年度ごとの返済額は、新年度=令和5年度の予算案では16兆7561億円にのぼります。

これについて自民党内で出ている意見は、60年という返済期間を延ばすことで、毎年度ごとの返済額を減らそうというものです。例えば、償還期間を20年延長して80年とすれば、年度当たりの返済額は80分の1に減ります。令和5年度を例にとれば、必要な予算は12兆円余りに減り、16兆円あまりと比べるとおよそ4兆円のお金が浮く計算になります。その分を、防衛費をはじめ、必要な予算の財源にあてることができるというのです。

ただ、この場合財源ができたといっても、政府の収入自体が増加して使えるお金が増えたのとは違います。さらに、手持ちの資金で返済する額が4兆円減るということは、その分、返済のための新たな借金のほうを4兆円増やすということになる、そのうえ、その分の利子の支払いも余計に増えますから、財政は一段と悪化することになります。借金のつけは、後になって払わなければならない。果たしてこれをもって、安定した財源を確保することになるのかと、疑問の声が出ているのです。

もとより政府の財政は、コロナ禍対策の歳出が膨らみ悪化が加速し、来年度末の国債発行残高は、1068兆円と過去最大に達する見通しです。こうした中で、政府は、償還ルールを見なおせば、日本の財政に対する市場の信認を損ないかねないといった論点がある」。具体的には、国債の信用力が低下し、金利があがるおそれがあるなどとして慎重な構えを見せています。

3)つけは後からまわってくるか
必要な財源をしっかりと確保せずに、会計上の操作のようなことで乗り切ろうとしても、結局は、後でツケを払うことになる。過去にもそういった例がありました。ここでちょっと防衛費と財源の問題からはなれますが、そのいきさつを具体的にみてみます。

政府の予算には、一般的な政策に使う予算のお財布「一般会計」と、特別な目的に使う予算のお財布である「特別会計」があり、二つのお財布は別々に管理されています。かつて、平成6年度から平成7年度にかけて、一般会計のお財布のお金が足りなかったときに、特別会計のお財布の中の「自動車安全特別会計積立金」という資金の中から、1兆1000億円あまりを繰り入れ=つまり借り入れたことがありました。いわば別のお財布からの流用です。それがきちんと繰り戻し=つまり返済されていたらよかったのですが、財政難が続く中思うように返済できず、いまでも5900億円あまりが未返済。

この結果、本来7000億円以上あったはずの積立金の残高は、1411億円となっています。実は、この積立金は、ユーザーが支払う自賠責保険の保険料などをもとにしたもので、この資金の中から、事故で重い障害が残った被害者の支援のためなどの費用が年間150億円ほど使われています。このままでは10年ももたずに底をつきそうだということで、今年4月から自動車ユーザーに、年間100円から150円の賦課金の支払いを求め新たな財源を確保することになりました。しかし一般会計への繰り入れがなければ、また繰り入れられてもきちんと返済されていれば、自動車ユーザーが新たな負担を負うこともなかったかもしれません。この問題につい鈴木財務大臣は、去年11月の記者会見で「一回ですべてお返しするのが無理な状況で、申し訳ないと思っている」と陳謝しています。

当時、進めたい政策に必要な財源が不足するなら、ほかの予算を削るか、それができないなら、なぜその予算が必要なのか国民に十分説明し、理解を得たうえで増税によって財源を確保するという取り組みに、正面からむきあったのでしょうか。いまご紹介した事例は、会計上の操作のようなことでその年度をやり過ごせたとしても、後になってツケはまわってくることを示していると思います。
そこで私は「朝三暮四」という言葉を思い出しました。

中国の春秋時代、宋の狙公が飼っていたサルに与える栃の実の数を減らすことにした際に、最初、サルたちに「朝に3個、暮れに4個与えるが、どうか」とたずねると、サルは、少ない!と怒りだします。そこで、「朝に4個、暮れに3個与える」と言うと、サルは大いに喜んだといいます。目先の違いにとらわれて、結局は同じ結果になるのに気付かないことを表す表現です。
国債償還ルール、借金の返済の仕方を変えて、いま借金を返す額が減っても、その分は後で返すことになる。結局トータルでみた返済額が減ることはないのです。私たちは、そのお金を将来誰が返すことになるのかにも思いを巡らせながら、防衛費と財源の問題を考えていく必要があるようです。