声明(しょうみょう)

NHK
2021年11月17日 午後3:24 公開

声明「散華(さんげ)」 比叡山延暦寺  僧侶たちが手にするのは「博士(はかせ)」と呼ばれる楽譜の役割を持つ冊子。 声明の文言に加え、波打つ線や渦巻のような印など独特の記号を使って声明の節回しが記されています。

「声明」と書いて「しょうみょう」と読むこの仏教音楽は、一言で言えば「仏教歌」、音楽的に見れば1000年以上の歴史を持つ「お坊さんたちのコーラス」ということになるでしょうか。

そもそもインドで仏教が生まれたころ、釈迦やその弟子たちは教えを文字に残すだけではなく、口伝えに「語る」ことで人々に広めようとしました。
その伝統もあり、仏教の世界では様々な知識を「経典」(いわゆるお経)として文字に残すだけでなく、経典にリズムやメロディーを付けて多くの人に広めようとする動きが生まれました。
それこそが今に伝わる「声明」の原型であり、「語り」の原始的なかたちなのです。

仏教と音楽

仏教が日本に定着していった奈良~平安時代、天皇や貴族は社会の安定や一族の繁栄を願って数多くの寺社を造営し、そこで華々しい儀式「法会(ほうえ)」を行いました。
そうした儀式では、祈りをささげるご本尊に喜んでいただこうと多くの僧が声を合わせて経典を読み上げましたが、その中でもメロディーを伴う「梵唄(ぼんばい)」、すなわち「声明」は特に重要なものとされ、当時の僧侶たちが学ぶべき必修科目の一つとされたほどでした。

数々の法会の中でも特に規模が大きく有名なものに天平勝宝4(752)年に行われた「東大寺大仏開眼供養会」、すなわち奈良の大仏の完成を記念した式典があります。
光り輝く大仏の前に、天皇や貴族のほか、日本中の僧侶、インドや中国などアジア各地から招かれた僧侶など、合わせて1万人以上が集まったと言われ、法会の導師はインドから招かれた僧侶がつとめました。
普段耳にする合唱よりはるかに大きな人数で、声をそろえてありがたい経典をうたい上げるその光景たるや、私たちの想像を超える迫力があったことでしょう。

東大寺大仏殿 昭和大修理落慶法要(昭和55年10月) 7年にわたる昭和大修理の落慶の際には、大仏開眼を思わせるような華々しい法要が行われました。 この時も声明などによって落慶を祝い、大仏(盧舎那仏)への祈りがささげられました。

歴史が育んだ重厚な響き

平安時代から鎌倉時代にかけて、日本の仏教では大きな変化が起こりました。

中国から最先端の教えを日本にもたらした真言宗や天台宗、言葉だけでなく日常のふるまいや生活の中に悟りを見出そうとする禅宗、そして既存の教えを新たに解釈し直すことで生まれた浄土宗や浄土真宗など、多様な宗派が登場したのです。

それぞれの宗派は自らの教えを広めるため、特色あふれる独自の声明を生み出していきました。時代の変化とともに仏教が多様化する中で、声明の多様化も進んだのです。

そうは言いながら、どの宗派ももとにしている経典は同じなので、声明のレパートリーもある程度共通しており、儀式の中の役割で分けると大きく以下の4種類となります。

①  仏様に供物をささげ儀式の場に呼び出す「礼文・供養文」「勧請(かんじょう)」

②   仏様を称賛しながら儀式の場を飾り清める「唄(ばい)」「散華(さんげ)」「梵音(ぼんのん)」「錫杖(しゃくじょう)」

③   儀式の中心部として、目的によって使い分ける「経」「偈(げ)」「論議」「講式」などと、それに付属する「表白(ひょうびゃく)」「讃歎(さんだん)」「念仏」など

④   仏の功徳が参加者や世界に及ぶよう願って儀式を締めくくる「回向(えこう)」

声明「散華(さんげ)」 比叡山延暦寺 その名のとおり「散華」という声明とともに蓮の花弁をかたどった紙片をまくことで周囲を飾り清めます。 天台宗の祖・最澄(さいちょう)の弟子である円仁(えんにん)が中国に留学し最先端の声明を持ち帰ったことで、延暦寺は日本における声明の一大拠点となりました。

文語や漢文、時には古代インドの言葉を使ってご本尊に祈りをささげるわけですから、声明の内容を理解するのはかなり難しいのですが、修行を重ねた僧侶たちが声をそろえて旋律を奏でる独特のコーラスには、古代から伝わる悠久の歴史と「祈り」の力のようなものを感じることができることでしょう。

「祈り」と「芸能」 声明の多彩な表情

声明は「音と言葉を巧みに用いて人の心に訴えかける」という意味で、「宗教儀式」の一部でありながら「芸能」としての顔もあわせ持つ存在です。
中でも声明の音楽的側面は後の芸能にさまざまな影響を与えました。

たとえば「能」は声明の影響を強く感じさせる芸能の一つです。
かつて「申楽」(さるがく)と呼ばれていた能は、時代が下るにつれ寺社との結びつきを強め、仏教に関係するエピソードを芝居仕立てに見せるものや、祈りの文句に合わせた動きで神仏を喜ばせる舞を含むようになりました。
能の中には「ロンギ」と呼ばれる部分を持つ曲があり、これは声明の「論議」の形式をまねたものと言われています。
また能のコーラスである「謡(うたい)」は大勢の能楽師が声をそろえ低く揺らぐ節回しを緩急をつけて唱えるのが特徴ですが、これはそのまま声明の特徴としても当てはまるもので、両者のつながりの深さがうかがえます。

このほか源平合戦の物語を重々しい琵琶の調べと漢語を多用した格調高い文章でつづる「平曲(平家琵琶)」は、声明の中で仏様や偉大な僧の功績を漢文で語る「講式(こうしき)」に影響されたと言われます。

現在でも声明は全国各地の寺院で行われており、それは古来からの「祈り」の手段として生き続けています。
それと同時に、後世の「語り物」と言われる芸能への影響や、僧侶による劇場やホールで声明の公演が盛んに行われることを考えると、声明の「芸能」としての側面、すなわち「宗教音楽」としての価値も非常に大きいと言えるのではないでしょうか。