揺れる真実 ~父を信じ動いた家族~(2021年3月12日「たっぷり静岡」放送)

NHK静岡 記者・武友優歩
2022年1月4日 午後6:11 公開

(NHK静岡 「命を見つめる」より転載)

交通事故で突然父親を失った家族に警察が伝えた説明は、「お父さんが無理な右折をして事故を起こした」というものでした。

父親のいつもの行動と異なり違和感を覚えた家族。翌日から街頭やSNSで目撃証言を集め始めました。

加害者として扱われた父親の無実を信じて。
家族が真実にたどり着くまでにはさまざまな壁がありました。

●いつもの通勤路で事故が・・・

三島市の仲澤勝美さん(当時50歳)。4人の子どもたちの父親として一家を支え、家族と過ごす時間を何より大切にしてきました。
2019年1月22日。仕事を終え、いつものように妻の知枝さんに「今から帰るね!」とメッセージを送り原付きバイクに乗った勝美さん。この日は、がんの手術を受けたばかりの長男の見舞いに行く予定でした。
しかし、家に帰る途中の大通りで乗用車と衝突し、全身を強く打って亡くなりました。

(妻・知枝さん)
「メッセージをくれた後、遅れて帰ってくることはこれまで一度もなかったので心配していたら、サイレンの音がして“パパじゃないか”と直感的に思い、電話をしましたがつながりませんでした。病院で夫と対面しましたが現実を受け入れられず、声も出ませんでした。無念な顔をしていて、当時は長男の手術など家族のことで心配事が尽きなかったので、『このまま死ねない』と思っていたのではないでしょうか」

事故の際も肌身離さず持ち歩いていた財布。
子どもたちの小さいころの写真や手作りのお守りなどが大切にしまわれていました。

●警察から告げられた事実“父は加害者なのか?”

病院に駆けつけた家族。まだぬくもりが残る勝美さんを前に、警察官から告げられた説明は家族を深く傷つけました。
乗用車の運転手の話をもとにした説明は、「3車線の大通りを走る勝美さんが原付きで2段階右折などをせず、無理な右折をしようとして事故を起こした」、つまり加害者にあたるというものでした。

いつもの勝美さんの通勤ルートは信号機に従って細い道を直進するコース。
交通量の多い大通りを避けて事故を防ごうと、回り道をして選んでいたコースでした。

「そんなルートを通るはずがない」。家族全員が耳を疑いました。

翌日の新聞でも警察官が説明した通りの報道。父親の“無実”を信じる家族は、自分たちで目撃証言を集めようと決意を固めました。

(娘・杏梨さん)
「この事故は自分たちで調べないといけないんじゃないかなと思いました。父の死でみんなしょうすいしきっていたんですけど、後でもっと後悔することになるから今頑張ろうっていう気持ちでした」。

すぐに動き出した家族。夫を亡くしたショックで眠れなくなった妻の知枝さんの代わりに年上の杏梨さんを中心に4人のきょうだいが、現場付近でビラ配りやSNSで目撃情報を求めたのです。

投稿したツイッターは3万回以上リツイート。
「毎日のように一緒に信号待ちをしていた方がいる」などと、勝美さんがいつも細い道を通っていたことを証言する人も見つかり、集まった情報を警察に伝えました。

しかし、反響の一方で、SNSなどで「事実をすり替えるな」などと心ない言葉を浴びせた人もいたといいます。

(杏梨さん)
「本当に私たちの思いが正しいのか何度も不安になりました。でも、あの道を知っている地元の人はみんな『あそこは右折するわけがない』と言ってくれて。ネットで知り合った人にもたくさん応援 していただけたので、心が折れることはありませんでした」。

9日後、警察は、乗用車を運転していた49歳の女性の元会社員を過失運転致死の疑いで逮捕しました。その後釈放され、捜査が長引く間、家族は駅前に立ち、厳罰を求める署名を1万人余りから集めました。

そして、事故から1年余り。元会社員が、乗用車で赤信号を見過ごして交差点に進入し、いつもの細い道を走っていた勝美さんの原付きバイクにぶつかり死亡させたとして過失運転致死の罪で起訴されました。検察は、勝美さんが巻き込まれた被害者だと認定したのです。

●やっと始まった裁判。しかし被告は「青信号だった」と主張。

2020年5月に始まった裁判。家族は欠かさず傍聴し見届けようとのぞみました。
しかし、初公判で、証言台に立った元会社員は、「事故を起こしたことは間違いありませんが、青信号を確認して進入しました」と述べ、赤信号を見過ごしたことを否認したのです。

元会社員の弁護士によりますと、現場近くにある防犯カメラの映像は不鮮明で、信号の色が確実にわかるものではありませんでした。
さらに、乗用車のドライブレコーダーも事故当時は故障しており、このままでは現場で何があったのかはっきりしません。

こうした中、元会社員の弁護士が裁判所に求めたのが、乗用車についているカーナビゲーションシステムの解析でした。

●カーナビの解析で赤信号が判明

信号の管制システムとカーナビの記録を照合すると、事故が起きた時間と車の位置関係から、信号の色もわかってきたのです。

元会社員の車が交差点に入ったのは完全に赤信号になってから10秒後。赤信号の交差点に入ってから6秒後には、車の速度は0キロに。このとき原付きと衝突したことを示しています。
赤信号が青信号に変わったのは、車が停止してからおよそ18秒後。これで、元会社員側の信号が赤信号だったことが明らかになりました。カーナビの記録が異例の決め手となったのです。

(交通事故の捜査に詳しい/日本交通事故調査機構 佐々木尋貴 代表)
「カーナビの位置情報から経路をたどるなどしてあおり運転の捜査に使われることはありますが、赤信号の捜査に使われるのは極めて珍しいです。そもそもカーナビの捜査は技術者の力を借りなければならず、警察だけではできないので証拠が乏しい場合の最終手段になります。こうした捜査の徹底は、遺族だけでなく被告を納得させて反省を促すためにも重要だと思います」。

(杏梨さん)
「新たな証拠が出ることに不安はありましたが、結果的に被告の赤信号を証明することができました。これまで多くの遺族が真実にたどり着けずにいる中で、ここまでできたのは不幸中の幸いだったと考えています。私たちが声を上げなければ父が被害者なのに被害者になれないままだったと思うと、すぐに声を上げることの大切さを感じています」

このあと、元会社員は、「認めるのが遅くなり申し訳ありません」と述べ、一転して罪を認めました。青信号を見間違えた理由については、繰り返し問われても「青信号を何と見間違えたかずっと考えているが分か らない」と答えるだけでした。

言い渡された判決は、禁錮3年、執行猶予5年。「軽すぎる」。家族は法廷で泣き崩れました。

(娘・マリンさん)
「私たちは二度と父に会うことができませんが、元会社員は普通の生活を送れば刑の執行を受けることはありません。どうして交通事故の罪はこんなにも軽いのか。悔しく思います」。

●癒えることのない遺族の心

検察と弁護側はいずれも控訴せず、判決は確定しました。

父親を失った悲しみに加えて、当初父親が“加害者”として扱われた苦しみ。

父親を信じて行動した遺族へのひぼう中傷もありました。

さらに、どちらに過失があるのかが裁判で決着がつくまで保険金の支払いも遅れ、大黒柱を失った家族の生活は苦しくなりました。

家族が直面した2年間のさまざまな壁。
判決から1か月余りたった4月末、再び家族を訪ねた際、家族は今度は民事の裁判に向けて動き出していました。今後、元会社員を相手に損害賠償を求める訴えを起こす予定で、刑事裁判では扱えなかったこうした壁の1つ1つの責任の所在を問うことにしています。

夫を失い心の傷を負った母親の知枝さんにとって、子どもたちの行動が大きな支えになったといいます。

(妻・知枝さん)
「子どもたちには本当に感謝しています。子どもが4人いて良かった。ひぼう中傷を言ってくる人もいる中で、1人なら今ごろどうなっていたんだろうと思います。元会社員には二度と車の運転をしないでほしい、そして二度と同じような事故が起きてほしくない。それが今の気持ちです」。

事故で無念な思いをする人が少しでも減るように、事態が揺れ動く中で「真実」を見つけられるように。記者として向き合い、伝え続けたいと思います。

(静岡局記者・武友優歩 平成31年入局。災害や事件事故の取材を担当)