あのスター選手が、異例の転身です。
ラグビー元日本代表の五郎丸歩さん。現役時代、華やかなキャリアを積み重ねたトップオブトップのアスリートが、引退後に選んだのは、チームの裏方に回ることでした。
ことし「トップリーグ」から「リーグワン」へと、装いを新たにした日本のラグビー。しかし、1部にあたるディビジョンワンのチームは首都圏に偏っていて、全国的な広がりはまだありません。五郎丸さんは、ラグビー界に変革をもたらしたいと、チームの1つ、静岡ブルーレヴズに入社。
サッカー王国として知られる静岡でラグビーを根づかせることができれば、それがモデルケースとなり、近い将来、ラグビーの輪が全国に広がっていくのではないか。五郎丸さんの、新たな奮闘の日々を追いました。
“静岡のために頑張るんだ”
2021年12月。五郎丸歩さんは、ユニフォームではなく、スーツに身を包んでいました。
「お世話になっています。静岡ブルーレヴズの五郎丸と申します」
この日訪れたのは、静岡県内に40以上の総菜店を展開する企業。リーグワンに参入した「静岡ブルーレヴズ」への支援を訴えました。
(五郎丸歩さん)
「唯一、われわれだけが企業名を抜いて地域に根ざした形でやっていくんです。テーマとして“ALL FOR 静岡”といって、『静岡のために頑張るんだ、俺らは』と掲げて今、頑張っているんです」
(企業側)「ぜひ応援したいと思います」
「ありがとうございます」
2021年6月、ヤマハ発動機から独立して誕生した静岡ブルーレヴズ。
五郎丸さんは企画の立案から広報活動、さらに営業まで、チームの運営に関わるさまざまな仕事を担っています。
(五郎丸さん・オンラインミーティング)
「静岡県の業者とか、これ入っているんですかね?基本、東京ですか?」
同僚は、世界のトップアスリートとデスクを横に並べることは不思議な感覚だといいます。
(同僚)「最初は横目でちらちら見ていて、すごく緊張しました。いや、本当にパソコン触ってるんだ~って」
(五郎丸さん)「触ってるわ!」
(同僚)「僕もテレビでしか見たことがない人だったので、そういう人が横にいるのはすごく刺激的ではあります」
厳しい現実を前に
「史上最大の番狂わせ」と言われた2015年のワールドカップ南アフリカ戦では、日本代表の活躍が世界を驚かせました。キック前の五郎丸さんの独特のポーズは大きな社会現象となりました。
ラグビー人気が急上昇したかと思われたこの年。五郎丸さんがワールドカップ直後のリーグ戦で目にしたのは、厳しい現実でした。
「空席がね。がばって空いているんですよ。代表でもすごく頑張ったし、結果を残したんだけど、実際に戻ってきてみたら空席があるというのはすごく残念だった。ラグビーというものをもっとみんなに見に来てほしいし、もっと身近に感じてほしい。それが運営に回る大きなきっかけでもあったんですね」
“スタジアムをファンで埋め尽くす” 五郎丸さんが最初のターゲットに定めたのが、ホーム開幕戦です。まずはチームの拠点がある静岡県西部でPR活動。
おひざ元ですが、チーム名が変わったため、知名度は一からのスタート。静岡ブルーレヴズという名前を覚えてもらうことも大切です。ブルーレヴスのポスターの束を手に、飲食店などを1件1件回ります。
(五郎丸さん)「すみません。1月にラグビー開幕するんですけど、どこかにポスター貼るところ、ないですか?」
『好きなところ貼って!』『浜松のチームなんですか?』『店の中じゃ貼れないもん』
反応はさまざまですが、50以上の店にポスターを貼ることができました。
「実際、静岡ブルーレヴズという名前を聞いてもまだまだ認知されていないんですよね。本当にこういうところは地道にやっていくしかないですね」
“ここをモデルケースに”
静岡内にはJリーグのチームが4つもあり、「サッカー王国」としてその名を全国にとどろかせています。中でも、Jリーグ創設時から加盟する清水エスパルスが本拠地を置く静岡県中部では、サッカーが圧倒的な存在感を誇ります。
そのエスパルスのホームスタジアムに、五郎丸さんの姿がありました。サッカー王国のシンボルのような場所。五郎丸さんでもプレーしたことがないこの場所で、初めて試合を行おうというのです。
この日は、カメラマンと一緒に下見、客席からどのようにグラウンドが見えるかを細かく写真におさめます。ホームページに掲載し、チケット購入の際の参考にしてもらうためです。
(五郎丸さん)「ここから。こっちとこっち」
階段を上り下りすること、5時間。
(五郎丸さん)「もう1枚ぐらい(必要な写真が)あったりして」
(カメラマン)「1枚ぐらいなら許すけれど」
(五郎丸さん)「全部書き込みましたので大丈夫です」
(カメラマン)「運動不足解消には最高だけど、ちょっとやり過ぎかな・・・」
スタジアムを歩き回り、写真を撮り終えました。
五郎丸さんは『サッカーが盛んな県中部にラグビーを根づかせることができれば、リーグワンを全国区に広げるモデルケースになるのではないか』と考えています。
「我々がもし成功すれば、本当に市民だとか県民に愛されるようなチームをみんなが目指していくと思うんですよ。非常に大事なポジションを今、静岡ブルーレヴズは担っている」
ラグビー界、変える
試合の演出にも趣向を凝らせないか、知恵を絞っています。
「インパクトはめちゃくちゃ残したいので。選手が入場するときの音楽、入場曲を一から作ったりとか」
楽器を製造する会社とコラボしました。
「あーじゃない、こーじゃないと言いながら、メチャクチャやりとりしましたよ。(音楽に関しては)ド素人だから。現代音楽よりオーケストラで演奏できる曲調がよかったですね。ラグビーの文化とマッチするイメージがあって。音楽に合わせて、炎(の演出)と、ヤマハのレーシング用のバイクで。本来はサーキットでしかエンジンかけられないですよ、めちゃくちゃうるさいので。今回開幕に関してはそれを使ってやりましょうと話ししていて。なかなか国内じゃ演出できないような面白い世界ができるかな」
さらに、宿泊付きの観戦チケットも考案。開幕戦の見所を五郎丸さんがみずから語るトークショーを組み込むなど、初心者でも楽しめるように工夫しました。
「ラグビー界、変えられるところはたくさんあるので、ワクワクしますね」
下を向いても、しょうがない
準備も進み、年が開けた最初のミーティング。チームに激震が走りました。
(チーム関係者・オンラインミーティング)「(コロナ)陽性者4名と一緒に食事をした選手については自宅待機」
選手の中に新型コロナウイルスの陽性者が出て、その後も感染が拡大。
そしてホーム開幕戦の10日前。
(チーム関係者)「きょう、あす、濃厚接触者の結論を出して、23日(のホーム開幕戦)は中止です」
半年以上かけて準備を進めてきた試合が、中止となってしまいました。
五郎丸さんが向かったのは、宿泊付きのイベントを企画したホテル。
(ホテル従業員)「大変ですね」
(五郎丸さん)「しょうがないです、起きたことは。次に向かっていくしかないので。ただほかのチームも試合が結構中止になっていて。リーグ自体が閉じてしまわないかが心配で。そこが怖いですね」
試合は中止になり予約はキャンセルが続出。それでも泊まりにくるお客さんには、感染対策を徹底した上でトークショーなどのイベントを行うことにしました。
(ホテル従業員)「チームの以降に基本的には沿った、足並みそろえた対応をすると決めていますので」
(五郎丸さん)「ありがとうございます」
かつて、数々の逆境をはね返してきた五郎丸さん。見えない敵が立ちはだかろうとも、チームの裏方としてトライし続けます。
(五郎丸歩さん)
「本当に苦しい状況というのはこれからいくらでもあるだろうけど、選手のときにかなり通ってきた道でもありますし、自分も体張って生きてきた人間なので。僕らが下を向いててもしょうがないので次ですね」