東京電力・福島第一原発がある福島県大熊町では、2022年春、帰還困難区域の一部で避難指示が解除されます。ただ2021年11月に復興庁などが行った調査では大熊町の住民のうち57.7%は「戻らない」と回答。大熊町から掛川市に避難した女性もその1人です。静岡で新たな出会いを経験し、当たり前の日常をかみしめられるようになったこの11年の思いを聞きました。
(記者・仲田萌重子)
【愛犬と静岡へ避難】
掛川市に住む伊藤文子さん(62)です。原発事故が起きたあと福島県大熊町から避難してきました。地元の縫製会社に20年以上勤めていたため、その経験を生かして掛川市内のクラフトショップで手芸品を販売しています。
(伊藤文子さん)
「こちらに来た当初、クラフトショップに通いながら何があるかなって見に行ったんですけど、そこでたまたま内職募集の張り紙があって。あ、これやろうと思って。やっぱり好きなことで役に立てるということが一番」
いまの御前崎市出身の伊藤さんは、原発関連の仕事をしていた夫との結婚をきっかけに20歳で大熊町に移り住みました。ついの住みかと決めた家を建て2人の息子を育てました。2005年には病気の夫をみとりました。その後も犬や猫に囲まれて過ごし幸せな暮らしだったといいます。しかし2011年3月、原発事故が起き掛川市に避難してきました。伊藤さんの心を支えたのは、一緒に避難生活を過ごした2匹の愛犬でした。
(伊藤さん)
「黒い方がクーちゃんで、ビーグル(白い方)がメイちゃん。決して仲がいいわけではないけれど、いつもくっついていた。やっぱり癒やされるってところは大きかったです」
我が子のようにかわいがってきましたが4年前と5年前、相次いで息を引き取りました。
(伊藤さん)
「本当にお疲れさまってところですね。苦しい時を一緒に過ごしたから余計にね。よく頑張ったなって思いました」
【静岡で生まれた絆】
一方、避難生活のなかで新たな絆も生まれました。浜松市にある支援団体が主催する避難者同士の交流会に参加。浪江町から避難してきた蒔田緋紗子さん(74)たちと出会いました。月に2回、農作業などを通じて交流を続けています。
(伊藤さん)「(植える間隔が)ちょうどいいか」
(蒔田緋紗子さん)「ちょうどいい?」
(伊藤さん)「ばっちりじゃん」
(蒔田さん)「ばっちりばっちり」
交流を重ね、今はお互いに安らぎの時間を共有しているといいます。
(蒔田さん)
「浪江にいた時の近所づきあいみたいな感じはしますよね。知らず知らずに方言でしゃべる」
(伊藤さん)「この“薄皮まんじゅう”とか」
(蒔田さん)「“ままどおる”とか“ゆべし”とか食べたね」
【新たな家族も】
おととし夏には新たな家族も迎えました。静岡県内の知り合いが保護した猫を引き取ったのです。
(伊藤さん)
「名前は福ちゃんです。この子にたくさん福がくればいいなって。行く場所がないと言われればじゃあ私が(引き取ります)って思いになっちゃう。でも結果的によかったかなって。やっぱり縁があるんだなって」
静岡での日常を幸せに感じられるようになった伊藤さん。自宅がある大熊町の「帰還困難区域」の一部が解除されることしの春、ある決断をしました。一度はついの住みかと決めた自宅を解体することにしたのです。
(伊藤さん)
「ウッドデッキが当初あったのが朽ちていきますね。草もボーボー。これもまた仕方がないことで、こればっかりは。住んでもいないし、手入れも出来ないし。そこも受け入れていますね」
息子を育て、ペットたちと過ごした自宅の思い出を胸にいまを大切に生きていこうと考えています。
(伊藤さん)
「いまと昔を比べて『昔がよかったな』って思っても、昔に戻れない。とするならば今のことを考えたほうがいいのかなって。そういう気持ちになれたのも、人との縁から支えられているなかで頑張らなくっちゃって思う部分もあった。普通に過ごせることがありがたいなと思っていけたらいいのかなって思ってます」
【戻る人にも、戻らない人にも支援を】
(アナウンサー)
取材にあたった仲田記者です。伊藤さんが前向きに静岡で過ごしている姿、印象的でした。
(仲田記者)
伊藤さんは、すべての取材を終えたあと「家族や、思いをかけてくれた方々に支えられて今があることを改めて振り返ることができた」と話していました。事故から11年という時間の重みを実感しました。
(アナウンサー)
伊藤さんのように避難先で暮らしていくことを選んだ人は多いようですね?
(仲田記者)
冒頭でも触れましたが、こちらは2021年11月、復興庁などが全国にいる大熊町の住民に行った調査です。
▼「戻らないと決めている」57.7%
▼「まだ判断がつかない」 23.3%
▼「戻りたいと考えている」13.1%
生活の基盤ができるなどして戻らないと決めた人が多い一方、戻りたいと思っている住民もいますのでこうした住民への支援も引き続き必要だと思います。
また県によりますと県内では福島から避難してきた人が2022年3月の時点で327人います。浜松市にある支援団体が今月まで実施していた避難者を対象にしたアンケートでは「交流会で情報交換ができるがコロナ禍で参加が難しく残念」などの意見もあり、こうした人たちへの支援のあり方も考えていく必要があると思います。