1月7日に行われた競技かるた日本一を決める名人戦。
長泉町在住の川瀬将義名人が初めての防衛戦に挑みました。7時間を越える激闘となった試合。名人として多くのものを背負いながら戦い抜いた一日の記録です。
(静岡局・甘粕亜美ディレクター)
【名人戦とは・相手は前名人】
少し緊張した面持ちで名人戦の会場に入る川瀬さん。
決戦の舞台は50年以上続く伝統の地、滋賀県の近江神宮です。
去年念願の名人位を獲得したこの場所で、川瀬さんは再び同じ相手と向き合うことになりました。
前名人の粂原圭太郎さんです。
川瀬さんに名人のタイトルを奪われてから1年。熾烈な予選を勝ち抜き、挑戦者として戻ってきました。
(第68期名人位・川瀬将義さん)
「粂原さんがどういうかるたを変えてくるのか。僕はその変えてくるところまで予想しながらしっかりやれるかというのが、名人が戦わなきゃいけないところなのかなと」
試合は百人一首の札からお互い25枚ずつをこの畳の色が変わっている所に並べて取り合います。自陣の札を先になくならせたほうが勝ち。
敵陣の札を取った場合は自陣の札を相手に一枚送ります。最大で5試合を行い、先に3勝した方が名人位を獲得します。
【第2試合・勝負を分けた送り札】
第1試合を挑戦者の粂原さんが取り、迎えた第2試合。
川瀬さんは札にまっすぐ手を突き出す得意技の「突き手」で敵陣を攻めます。
対する粂原さんは自陣を手堅く守る「おさえ手」。さらに強烈なスピードの「払い」で川瀬さんからリードを奪います。
(西郷永世名人)
「手だけいって体が乗ってないので、あとからきた粂原さんに取られましたね」
インターネット中継の解説をつとめていたのは西郷直樹永世名人。三島市のかるた会で川瀬さんを直接指導しています。
川瀬さんの残り札4枚に対して粂原さんは1枚。これを取られれば2試合目も失うことになります。
なんとか敵陣の札を取り、自陣から札を1枚送る場面。
(西郷直樹永世名人)
「何を送るかですね」
「西郷さんは何を送りますか」
「私は「きりぎりす」を送ります」
川瀬さんが送り札に選んだのは、その「きりぎりす」から始まる札。
試合の流れからこの札が読まれる可能性は低いと判断したのです。
川瀬さんが2枚連続で取り、お互いに残り札が1枚となる「運命戦」に入りました。自陣の近い札が読まれるか。それとも相手に送った「きりぎりす」の札が読まれるか。
読まれたのは自陣の札。ぎりぎりの駆け引きを制し、1勝1敗のタイに戻しました。
(第68期名人位・川瀬将義さん)
「最近流れを少しは読めるようになってきたのかなと思っていて、そこで持ち直して自分の形に持っていった」
【妻・奈津美さんの支え】
試合が行われている間、観客席で不安そうな表情をしている人がいました。妻の奈津美さんです。
(妻・奈津美さん)
「すごい追い込まれた状況だったのでほんとに見ていられなくて、この日は寿命が10年くらい縮む日っていうか」
大学のかるた会で選手同士として出会った川瀬さんと奈津美さん。
2年前に結婚してからは競技かるたの普及に向けた動画の発信など、二人三脚で活動してきました。
長丁場の名人戦を戦うための体作りや食事の管理は、川瀬さんの競技生活に欠かせないサポートとなっています。
(妻・奈津美さん)
「彼が行くその先を見たいっていうか未来を見たいっていうか、ただそれを自分じゃできないし、なのでもう応援してどんどん行っちゃってみたいな」
【第3試合・苦しい展開の中で】
1勝1敗で迎えた第3試合。粂原さんの手堅い守りに、なかなか攻め切ることができません。
競技開始からすでに4時間。疲れがたまり、調子を落としていました。
(西郷永世名人)
「思い切りがない。防衛戦というところで自分が思うように取れないなっていう不安に押し潰されそうになるとは思うんですけれども、それをどう乗り越えるか」
この試合を落とし、1勝2敗とあとがなくなった川瀬さん。苦しい中で思い浮かべたのは、自分を支えてくれた人たちのことでした。
(第68期名人位・川瀬将義さん)
「3試合目終わったあとかなり、メンタルに少しきていた部分があったんですけど、そこで皆さんの顔を思い出して、ここで気持ちを切らしてはだめだと」
【第5試合・最後の攻防】
気持ちを切り替え、第4試合は川瀬さんが勝利。名人位の行方は、2勝2敗で迎えた最終第5試合に託されました。
敵陣を鋭く突いて攻める川瀬現名人。
粂原挑戦者も一歩も引かず、敵陣深くの札を抜きます。
(第68期名人位・川瀬将義さん)
「昨年と比べると全然粂原さんがさらにかなり強くなってきたので、本当に精度が高かったなと」
終盤まで1枚差を維持する互角の戦い。一瞬のうちに自陣の札を守りながら敵陣の札を抜くせめぎ合いが繰り広げられます。
残った札は1枚ずつ。決着は再び「運命戦」に委ねられました。川瀬さんの心にあったのは自陣の札が読まれると信じる強い気持ちでした。
(第68期名人位・川瀬将義さん)
「僕自身絶対強くなったって自信持っていってたので」
「きりたちのぼるあきのゆふぐれ・・・これやこの」
(第68期名人位・川瀬将義さん)
「勝った…」
最後に読まれたのは信じていた自陣の札。名人としてのプレッシャーを乗り越え、初めての防衛を果たしました。
【戦い終えて・今後へ】
粂原挑戦者「参りました」
川瀬名人「去年より絶対自分強くなったと思って、よしってやってたのにあれ違うぞと」
粂原挑戦者「いやいや、でも楽しかったよ」
(妻・奈津美さん)
「私が言うのもおこがましいんですけれども、おそらく過去の名人の中でいちばん名人以上のことをやってきた。競技かるたを普及していくためにいろいろ活動とかしていて、それをきっと神様が見ていたというか味方してもらえたのかな」
(第68期名人位・川瀬将義さん)
「振り返ってみれば終始楽しくしっかり実力どおりの試合ができたのかなと思います。もう少し皆さんの心臓が負担がかからないように、安心して見ていただけるような試合展開したいなと思うんですけど、僕はもう準備して自分にやれる準備をして修行するだけです」
競技かるたの普及活動、そして名人防衛にかける川瀬名人の思いはこちらから。