(2022年1月12日放送)
浜松市在住の演奏家・竹内正実さん(53)。奏でるのは、みずからが開発した小型の電子楽器「マトリョミン」です。5年前に脳出血を患い右半身にまひが残った竹内さんは、障害があっても演奏できる楽器として、マトリョミンの普及に取り組んでいます。
(NHK名古屋 記者・松岡康子/カメラマン・矢守永生)
【動画】
電子音を響かせているのは、ロシアの人形「マトリョーシカ」。これは「マトリョミン」と名付けられた楽器です。中にある金属の板と電子回路が、手で触れることなく電気の力で音を奏でます。
(演奏家・竹内正実さん)
「手を近づけるほど、音の高さが高く、遠ざけるほど低くなりますね」
「マトリョミン」を開発した竹内正実さんです。
竹内さんは2本のアンテナに手を近づけることで、音程と音量を調整しながら演奏するロシア生まれの電子楽器「テルミン」の世界的奏者でした。
テルミンをもっと気軽に楽しんでもらいたい。2000年、遊びごころも手伝って「テルミン」をロシアの人形「マトリョーシカ」の中に組み込んだ楽器「マトリョミン」を考案しました。演奏者が調整するのは音程だけの、より簡単な仕組みにしました。
(竹内正実さん)
「思いついちゃったんですよ、ある日。マトリョーシカはとてもいい楽器の共鳴体になると、持った瞬間に分かった。楽器であり、半分はアイデンティティが人形であるというものはこれまでにないわけで。こういうことも楽器の普及を進めるために、もしかしたらいるんじゃないかと思いました」
テルミンやマトリョミンとともに全国を回っていた5年前、竹内さんはコンサート中に脳出血を発症。一命を取り留めましたが、右半身にまひが残りました。
「テルミンって、1ミリ動かすと1ミリ分だけピッチ(音程)が変わる、とても鋭敏な特性を持った楽器だから、この楽器を弾くのに、この麻痺した腕では無理だなと」
演奏家としては致命傷となる利き手のまひ。右手のリハビリに限界を感じていた竹内さんが希望を見いだしたのが、自らが開発した「マトリョミン」でした。
もともとマトリョミンは手に持つことで微量な電気を体に流して演奏する仕組み。しかしコントローラーを付ければ、机に置いたまま片手で演奏できることに気がついたのです。
「麻痺した側の手で持って左手で弾くとなると、マトリョミンをまっすぐ持っていられない。これはできないなと思っていたときに、自分で作ったマトリョミンはリモートコントローラーを接続できることに気づいた。やってみたら面白くなっちゃって、どんどん練習して、利き手ではないんだけど、左手で演奏家として舞台に立てるということが現実味を帯びて、これは希望になるなと」
直接触れることなく演奏できるからこそ、マトリョミンは障害者に向いているのではないか。そしてそれが生きる希望につながるのではないか。竹内さんは去年、目が不自由な人やまひのある人たちに、マトリョミンを広める活動を始めました。
竹内さんのマトリョミンの音色にひかれ、半年前から習い始めた人がいます。視覚障害者で鍼灸師の安松和男さん(69歳)です。仕事の合間に練習を重ね、曲が弾けるようになりました。
(安松和男さん)
「見えなくても、ピアノとか鍵盤楽器みたいに位置を押せば、ぽんと音が出るのと違って、空中に楽器が並んでいるという感じで。障害者に合った楽器の1つだと思います。一種の生きがい、楽しみです」
先月開かれた演奏会。障害のある3人が参加するマトリョミン合奏が初披露されました。始めて半年の安松さんも一緒です。
【動画】
(竹内さん)
「嬉しかったですね。ともに奏でるって言うのはなんか美しいなと。1つ何かを失ったならば、それを補うように他の機能や感覚が活性化することってあると思って。障害者の方が秀でた演奏をする可能性があると思っている」
(演奏後の竹内さんと安松さん)
「どうでした?」
「緊張しました。練習よりはよかった」
障害のある人たちにもっとマトリョミンを広め、いつか大演奏会を開きたい。夢に向かう竹内さんにとって、ことしは本格的な一歩を踏み出す大事な年になります。
(竹内さん)
「みんなそれぞれに苦しみがあると思うんです。それに負けないで挑戦して挑んでいってほしいですね。このマトリョミンに挑むと言うことが、生きていく挑戦の始まりになったらいいなと思います」
年末のコンサートには視覚障害者の人たちたちも訪れ、実際にマトリョミンを始めたいという人たちがいたということです。
竹内さんはことし、まひや視覚障害のある人たちのもとにもっと出向いて、マトリョミンに挑戦する人を増やしていきたいと話していました。