(2022年10月20日放送)特産のビールを開発しようと静岡市の清水港で、ビールを海の中で熟成させる新たな試みが始まりました。
本当においしくなるのか気になって取材すると、地域を元気にしたいという大人の遊び心が見えてきました。
富士山を望む三保半島。
その内湾の穏やかな海で、10月20日の朝、ダイバーがジャバジャバと音を立ててあがってきました。
重そうにかかえていたのは、ビールのケース。
深さ3メートルほどの海底におよそ3か月半沈めていたものです。
その数200本。
ケースやビンには、小さな貝やウニ、ヒトデなどがついています。
生き物たちのすみかになっていたようです。
潜っていたのは、東海大学海洋学部の客員准教授、合志明倫さん(48)です。
合志さんのグループは、この海で、ワインや日本酒を沈めて、味がどのように変わるのか研究してきました。
なぜ新たにビールを海に沈めていたのか聞くと、わくわくとした表情でこう答えました。
「これまでワインや日本酒で試してきたのですが、いい結果が出てきたんです。地元の工房のビールを海に沈めたらどうなるのか興味があったんです。うまくいったら特産になるのではないかと」
今回、初めてビールを試した合志さん。まずはビンの状態を確かめました。割れたり、海水が入ったりしているものはありませんでした。
さっそくビールをグラスに注ぎました。
色はきれいなこはく色。合志さんは、色は濃くなり、泡もより多く出ているように見えると、グラスの中をじっと眺めていました。
味はどうでしょう。
緊張気味の合志さんと一緒に飲んでみました。
いろいろな香りと甘み、ビールのようで、ワインのような味がしました。
率直に、おいしい…と思いました。
合志さんも味わい深さを感じています。
これまでの研究で、海に沈めたワインや日本酒は「うまみ」とよばれる成分に変化があったといいます。たくさんの人が飲んで味を調べる検査方法でも、「まろやかになる」という結果がでたそうです。今回、ビンの底の方には酵母とみられる沈殿物が通常より多く見られ、その点は気になったようです。
それでも合志さんは、味は良い方向に変化していると感じていました。
「発酵の進み方によってはすっぱくなることもあるので、期待半分、不安半分でしたが、いい方向に進んでいたのでよかったです。地元の産物を自然の恵みを使って展開できることがすごくおもしろい」
地元の海の恵みを使って展開するのが『おもしろい』
どういうことなんでしょうか。
合志さんは大阪で育ったプロのウインドサーファー。日本でもトップクラスに入る実力者でした。三保半島にある大学で海洋工学を専攻し、ウインドサーフィンにも在学中に出会いました。大学卒業後も三保に住み続け、この海を拠点にウインドサーフィンの大会に出場し続けました。
30年接してきた三保の海。
その魅力はなんなのか、尋ねてみました。
「大型客船が出入りする国際港にもかかわらず、天然のビーチがあり、波も穏やかで冬も水温があまり下がらないんです。大会で日本中のあちこちの海を訪れてきましたが、これほどマリンスポーツに適している海はなかなかありません」
2008年、合志さんはこの地にウインドサーフィンのプロショップをオープン。そのころから子どもたちにカヌーやSUPなどのマリンスポーツを体験してもらう教室に携わってきました。年間千人を超える子どもたちに海の楽しさを伝える中で、地域ににぎわいが生まれ、地域が元気づけられることに気付かされたといいます。
海と人をつなぐことで地域が元気になる手応えを感じたのです。
地元の海を生かしつつ、地域を元気づける。
ビール造りもその可能性を秘めているので『おもしろい』と感じたようです。
「地元の産物を利用して作られた地ビールを、地元の海の恵みを利用しておいしくするのは、新たな地域の創造なんです。もしおいしいビールができて、ここで飲んもらえたら、地域がもっと元気になると思うんです」
まだまだ特産ビールとして販売するには道半ばですが、合志さんのグループは今回の結果をもとに、沈める深さや期間を変えながら自然の恵みをいかした新たなビールの開発を進めることにしています。
三保を訪れる多くの人が穏やかな海に沈む夕日を眺めながらビールを楽しむ姿。
合志さんにはそんな未来が見えているのかもしれません。