劇団SPAC演出家・宮城聰さんに聞く(2022年4月15日放送)

ニュースディレクター・中村マゼラン太郎
2022年4月15日 午後9:49 公開

劇団SPAC・静岡県舞台芸術センターの演劇「ギルガメシュ叙事詩」。新型コロナウイルスの影響で延期され、フランス・パリでの公演がようやく実現しました。観客が重ね合わせたのは、ロシアのウクライナ侵攻でした。

【ようやく実現したパリ公演】

3月24日、「ギルガメシュ叙事詩」のフランス・パリ公演は、満場の拍手を受けて幕を開けました。

舞台は4000年以上前の古代メソポタミア。主人公の国王ギルガメシュが巨大な都市国家建設のために森を伐採しようとしますが、森を守る怪物フンババが立ちはだかります。

ギルガメシュは得体の知れない恐ろしさからフンババを殺し、神々から罰を受けるという物語です。

演出家の宮城聰さんは、ギルガメシュが、現代で言えば、新型コロナを恐れ、取り返しのつかない大切なものまで失おうとしている現代人の姿と重ね合わせられるのではと感じていました。

しかし、パリの人たちは、コロナ以上に、ウクライナへの侵攻を続ける現代の暴君の“過ちを繰り返す人間のやるせなさ”を感じていたようです。

フランスから帰国した宮城さんに話を聞きました。

(インタビュアー/各務梓菜、構成/中村マゼラン太郎)

【現地には“常連さん”も】

(キャスター)

それでは宮城さんよろしくお願いします。フランス・パリからはいつごろ戻られましたか。

(宮城聰さん)

3月末ですね。

(キャスター)

どうでしたかフランス公演は?

(宮城聰さん)

ありがたいことに全部、前売りで完売で。お客さんも喜んでくれて。ぼくらは行く直前まで戦争が起きたさなかにヨーロッパで(公演するのは)どんな感じなんだろうと思っていたが(観客は)むしろ待ちかねていたという感じで。ありがたかったのは、僕たちの劇団がもうパリで“常連さん”のような客ができていたこと。2019年以来のパリ公演だったんですが、本当に待ってくれていたという感じで。帰りに僕が出口のところに立っていると(観客が)「あなたの作品は3つ目よ」とか「この劇場ですでに4つ見たよ」とかやっと見られたという言葉を皆さんかけてくれて本当にうれしかったです。

(キャスタ-)

(フンババに対する)フランスの方の反応はどうでしたか?

(宮城聰さん)

フランスの方はね「フンババがんばれ!」って。異口同音に「フンババがんばれ!」と。でもおもしろいことに、観客席で舞台の上演を見ていると、そういう気がしてくるんです。客席全体でフンババを応援する。

(キャスター)

新型コロナもあって、なかなか舞台ができない状態も続いたと思いますが、「ギルガメシュ叙事詩」は、内容としても、新型コロナの問題についても投げかけているものがあると思いますが、フランスの方の反応はいかがでしたか?

(宮城聰さん)

自然と人間の対立というか相克というか。そういうテーマでもあるんですが、その部分については、フランスの客はむしろ「ウィズ・コロナ」。コロナがあるのが当たり前という感じになっていて、コロナとの戦いという意識はあまりもっていなかったかなと。

【「ウクライナ侵攻」のさなかで】

(キャスター)

今の世界情勢の中でも、内容がフランスの方にとって、ロシアによるウクライナ侵攻にも見えるという反応があったと思いますが、宮城さんどう感じますか?

(宮城聰さん)

(主人公が)独裁者というのか自分の力を過信して、「もっとできる」「もっとやってしまおう」と傲慢になっていく過程を描いている側面もたしかにあります。戦争のさなかにこれを見ることで、普段の受け止め方とは違う感じは、とてもありました。やはりヨーロッパなので戦争は近いですから、戦争のただなかでこの作品を見ている感じは劇場内に漂っているんですが、最終的には人間の傲慢さもふくめた愚かさをしみじみと感じて、そこからどう歩いていくのか、人間をじっと観察したような受け止め方、心にしみたような受け止め方が多かったように思います。

(キャスター) 

去年9月には、宮城さんはロシア公演をしていますが、それを踏まえて、今回の公演はどう感じましたか?

(宮城聰さん)

(ロシアの)ウラジオストクという地方都市の地元の客が、ぼくたちの芝居をどう反応してくれるのか全くわからない中での初日でしたが、終盤になるにしたがって、舞台にいる俳優と観客席の共感がつながっていく感じ、ひとつになっていく感じがして、ぼくはとても感動した。

【4000年前から繰り返す過ち】

そして「演劇というのは人と人をつなぐ力がある。離れていた人と人をつなぐ力がある」と実感して、「演劇という仕事を選んでよかったな」とつくづく思って、初日のあとのスピーチでも「こういう演劇の力・芸術の力があったおかげで第3次世界大戦がこれまで防げたとすら思った」とモスクワから来た方もたくさんいたので本当にそう思って、申し上げたんですね。皆さんうなずいていました。どんなに核戦争ぎりぎりのところまでいっても、「でも(ロシアの作曲家)チャイコフスキーの音楽はいいよね」とか思えることによって、最後の一線を踏み越えないで済んだ実感があった。そういうことがあった後なので、どうしてこうなってしまうのだろうって本当に思いました。

とくにウラジオストクには、ウクライナ出身の人がとても多い。ですから「わたしの祖先はウクライナから来ました」という方がたくさんいたので(ウラジオストクの)知事の方もそうでしたけど、本当に言葉が出ないような気持ちでした。そういうことも含めて、人間の愚かさをまた繰り返すのかと、それは「ギルガメシュ叙事詩」が書かれたおよそ4000年前から繰り返されているんですね。びっくりするくらい人間というのは同じことをしてしまう。同じ過ちをしてしまう。そして「ああ人間というのは、こういう生き物なんだ」ということをじっくり感じるのが劇場という場所。少し熱狂から離れて、つらさも含めて「ああ、人間というのはこういう生き物なんだな」ということを受け止める。この冷静さが少しだけでも人間を前進させていくのかなと思いました。

【「20世紀的な思想」とのぶつかり】

(キャスタ-)

その舞台が静岡にやってきます。

静岡の皆さんにはどんなことを伝えたいですか。

(宮城聰さん)

今回はとくに野外の上演になるので向こう側には木立が見えて、本当に人間と自然の相克、あるいは人間と自然は本当はどう付き合っていけばいいのかを考えさせる舞台になると思う。

ぼくらはいま静岡にいても、ここ50年~150年くらいで人間が獲得してきたテクノロジーを使ってもっと豊かになれる20世紀的な思想と、いやそろそろやめようまずいよ」という21世紀的な思想のぶつかりがいまのいま起こっていると思う。そのことを(上演で)改めて感じられると思う。

冷静にちょっと考える。人間どうすべきかな。人間これからどうすべきかなと。自然とどういう関係をとっていけばいいのか、冷静に考える時間になるのではないかと。

ぼくはあと、人というのが少しは前進できるんだと。たしかに愚かなことを繰り返す生き物ではあるが最後に少しだけ前進できるんだということを伝えられればいいなと思っている。

【何も得られなかったギルガメシュを見て】

最後の場面のギルガメシュを見て、こんな愚かなことをして何も得られなかったという場面を見て、でも「少し、この人前進したな」「少し成長したな、少しだけ高いところに行ったな」と見えてくるのではないか。そこに希望があるのではないかと思っていて、そこをお伝えすることができたらうれしいなと思います。

(キャスタ-)

楽しみにしております。きょうはどうもありがとうございました。

【動画】