土曜の夜に考えた。中野信子さん×NHKニュース

サタデーウオッチ9 原田季奈
2022年10月22日 午後4:43 公開

サタデーウオッチ9放送直後のアフタートーク、「土曜の夜に考えた。」

今回は、脳科学者の中野信子さんです。

中野信子さん

1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から2010年までフランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。現在は、東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授を務め、脳や心理学をテーマに研究や執筆活動を行う。

中野さんが出演したサタデーウオッチ9(10月1日)では、プーチン大統領がウクライナ4州を一方的に併合したというニュースを扱いました。併合した地域のウクライナ人をロシア軍に動員するような実態が見えてきたことや、ロシア国内では予備役の部分的動員から逃れるため国外脱出する人も相次いでいる状況をお伝えしました。こうした中でプーチン大統領の支持率は下がっていますが、9月は77%と依然として高い水準です。こうしたことを中野さんはどう考えるのでしょうか?

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中野さん)

人間は、自分で思っているほど論理的でもなければ、頭がよくもないんです。たとえばちょっと論理的なことを考えてみようと提案しても、二段階もスキップすれば大抵の人がついてこられません。ほとんどの人が一手先のことを考えることで精いっぱいです。それでも一生懸命考えます。人間の脳というのはその程度なんです。愚かだと多くの人のことを腐したいわけではなく、自分たちが愚かであることを知っておかなくてはならない、そうでないと、自信満々に誤った選択をして突き進んでしまうことがあるのだということを、できるだけたくさんの人に知っておいてもらいたいと思っていうのです。私たちが常に正しい選択ができるかというと、そうとは限らない。

その前提で言うと、常に正しいことを言う人というのは、煙たがられて支持されません。聞いている側は、自分が愚かであることを思い知らされているような気分になり、嫌悪感が募るからです。政策的によく練られたことや、論理的に正しいこと、合理性を重視した振る舞いというのは、これを発信する人は支持されるどころか「火あぶり」です。文字通り炎上する可能性が高い。この人は魔女だとか悪魔だとか、言われかねない。

それでは一体どんな人が支持されるのかというと、これに関する実験もあるのです。結論から言うと、たとえ間違っていても、わかりやすく簡潔に短くものをいう人が支持されます。例を出さなくても何人か顔が浮かびますね。世界中でそういう人が支持されている現実がありますし、合理的にふるまって論理的にまわりくどくものをいう人は実際には無視されるか、嫌われてしまう。人間はそういう選択をしがちな生き物だと、わたしたちは自身のことを知る必要があります。だからこそ、誰かを論理によってではなく心情的に支持したくなったら、一歩踏みとどまって考えてみて欲しいのです。

―――平和である方がいいと多くの人が考えると思うのですが、戦争はなくなりません。なぜだと思いますか。

中野さん)                    

人間の思考にはサイズがあるんです。取り扱える集団のサイズは意外なほど小さい。78億人も扱えないんですよ。78億人扱えたら、どんなに見知らぬ人に対しても、わずかな情報から「あの人もつらいんだな」と共感的に振る舞えるんですけど、そこまで能力の高い脳じゃないんです。現実に「自分のまわりが幸せだったらまあいいか」となっている。「そのためだったら多少搾取してもいい」とか、「あの人はいい目を見てきたんだから、われわれがこうしてもいい」とか、自分に言い訳をし、他を悪者にして、攻撃をしたり無視をしたりする。歴史的な文脈も都合のいいところをつまみ食いして、攻撃する種にするということが現に起きているわけですよね。

自分たちは幸せだけど、よその人はどうなろうが知ったことではない。境目から向こう側の人は「自分たちの幸せのためならどんな目に合わせてもいいんだ」というふうに振る舞ってしまうんです。

―――それでも地球上で私たちは生き残っています。それはなぜだと考えますか。

中野さん)

現生人類以外の人類っていうのもかつては存在したんですね。けれども、ほとんど滅びてしまっていて、もうわれわれしか生き残っていない。それも、いつ絶滅してもおかしくない。現生人類は孤立した種なんです。なぜ特別なのかというのは議論があったんですけれども、仮説の域をでないので、私の仮説を述べますけれども、道具の使用ですとか複雑な社会性を処理して大きな集団として行動することができるというのは、ヒト属(ホモ属)の非常に得意とするところです。つまり、迅速に効率的に相手を大量に殺戮するすべを知っていて、大規模な戦闘行為を同種間で行うことができてしまうんです。

すると、ひとたび大規模な戦闘が起こると、種ごと滅びてしまう可能性が高い。それなのに唯一、ホモ属で我々だけが生き延びているということは、一体なんなのか。何か絶滅を回避する工夫があったんだろうなと考えることができる。

大規模な戦闘が起こる前に、相手をよそ者として記号化するのでなく、共感的に扱えれば、これは避けやすくなるのではないか。例えば敵側で子どもが泣いているのを見て自分たちの子と同じじゃないかと思うとか。あるいは、殺してしまうよりも、自分ができない技術、持っていないものを相手から提供してもらい、自分は相手の持っていない技術やものを提供するといった互恵関係を築いたほうが得だと、温かい合理性をもって振る舞える人が一定数いると、大規模な戦闘がそこそこの高確率で回避できるのではないか。

このよう戦闘を回避するためには、生存戦略的な工夫として、進化上何があり得たか。1つは脳を大きくして、共感的に扱える集団のサイズを大きくすることなんですけど、骨盤の大きさからして、もうこれ以上大きくできない。産むときに母体に負担がかかりすぎ、母親が死んでしまう。すると、子の養育が難しくなり、reproduction rate(繁殖率)としては下がってしまう。これ以上、脳を大きくできないとなったら、パッチ(修正プログラム)を当てないといけない。相手が自分より素晴らしい技術やものを持っているに違いない、よそ者ではない、敵ではない、互恵関係を結んだほうが得だという認知にかえるためにです。そのために我々は「美」を利用しているフシがあるんです。

美を認知しているのが「社会脳」と呼ばれる領域であるというのが面白いところです。「社会脳」が支配的に働いているのは人間の脳ぐらい。自分の欲求を抑えて社会の基準に合わせようとさせる。自分は社会に合わせるというのに抵抗がありますから嫌いですが、多くの人がダイエットにハマるのなんかそのいい例ですね。我々は、前頭葉にその装置をヘッドギアみたいにくっつけているんです。もし美の認知が無駄なのだったら、こんなに大きな領域を占めるのは割に合わない。そのヘッドギアがあるおかげで、「ちょっと戦う前に考えない?こっちの方が得じゃない?」というふうにやってきて、人間は戦闘行為を繰り返しながらも、なんとかかんとか死に絶えずに生き延びているのが、現状なんだと思います。

―――最近では、ダンスと脳科学を融合させるというパフォーマンス公演「FORMULA」で、演出や振り付けなどをダンサー・俳優の森山未來さんなどと手掛けています。中野さんは作品にどんな思いを込めていますか。

中野さん)

人間は、体がぜい弱で、足も遅いし筋力も弱いし、戦うのも向いていないのに生き延びている。ここまで繁殖しているのは、われわれは共同体をつくるからでしょう。共同体を持つ有利さが非常に大きいということがわかるわけですけど、一方で、共同体によって殺される個体というのがあとを絶たない。自殺に追い込まれる、すべての自殺は他殺であるといってもいい。切腹だってそうですよね、社会によって死を自ら選ばされる。そういう死が集団の中で起こるわけですが、個と集団があったときに、集団を選ぶっていう選択肢をとらされるのも逆説的に「美」によって選ばされるわけです。こっちの方が美しいとされるからとか、みんなのためにふるまうのが美しいとか。

私たちが個を捨てさせられるための仕組みが歴史的に作り上げられてきていて、そのことにずっと興味がありました。その個と集団の関係をもっと掘り下げてみたい、というのを俳優の森山未来君と話して、リサーチしてきました。個と集団の最小単位の争いが起きるのが家族で、その家族というのをテーマにやってみようかと。生殖が終わった段階でも家を維持しなくてはいけないというのは一体どういうことなのか。「FORMULA」はそこを軸に育てています。

―――中野さん、ありがとうございました。

【取材 原田季奈】記者、静岡の茶農家出身、盛岡局・長野局に勤務、4世代9人家族で育つ

【写真 木村和穂】ディレクター、普段はドキュメンタリー番組を中心に制作。最近はウクライナ関連の取材が多い。好きなウクライナの食べ物はサーロ(豚の脂身の塩漬け)

「サタデーウオッチ9」は毎週土曜夜8時55分から放送中!

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