ロシアがウクライナに軍事侵攻して5月24日でちょうど3か月。

ＮＡＴＯ諸国からウクライナを軍事支援する動きが加速していますが、ウクライナの反転攻勢のカギと指摘されているのが鉄道です。避難する人たち、ＮＡＴＯが供与する武器や支援物資、さらには穀物を運ぶ鉄道。取材するとウクライナの国営鉄道では、運行や鉄路の修理などの際に100人以上が亡くなったことが分かりました。

ウクライナの鉄道は、いまどんな存在なのか？徹底取材しました。

（サタデーウオッチ９　越村真至・ホルコムジャック和馬・原田季奈・鈴木敏彦・高橋峻）

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【武器を搬送する鉄道】

ウクライナ全土には約2万キロの鉄道網が張り巡らされています。複数の海外メディアや軍事の専門家によりますと、この鉄道網を使って、欧米からの武器の多くがポーランド側からウクライナに入り、戦場に送られていると見られています。

ウクライナ大統領府のアレストビッチ顧問は5日、「欧米から武器が届き準備が完了する6月半ばから7月のはじめに反転攻勢が可能になる」と話しました。

これに対しロシア軍は、変電所や橋などの鉄道施設をミサイルで相次いで攻撃しています。

ロシア・ショイグ国防相は4日、「アメリカとＮＡＴＯはウクライナに武器を送っている。武器や物資を積んだＮＡＴＯの輸送機関はどのようなものであってもわれわれの攻撃対象だ」と述べました。

【１日も運行は止まっていない】

攻撃にさらされるウクライナの国営鉄道。

旅客部門責任者のオレクサンドル・ペトソフスキーさんが13日、オンラインのインタビューに応じました。

ペトソフスキーさんは「1週間前は西部の6 つの変電所がミサイルで砲撃された。それでも鉄道は運行し続けている。1日も止まったことがない」と誇らしげに語りました。

その上で「私たちの職員は砲撃が終わらないうちに現場に出動する。砲撃によって何かが燃えたら、消防用の列車が出動して消火活動も行っている」と述べて、運行継続の理由として職員たちの迅速な復旧作業を挙げました。

一方で、代償も大きく、これまでに124人の職員が命を落としたことを明かしました。

ペトソフスキーさんは「亡くなった鉄道員は普通に仕事をし生活していた。子どもがいる人もいる。家族はもちろん、仲間の鉄道員たちにとっても悲劇だ」と語りました。

【避難手段としての鉄道】

命がけで守られている鉄道は、戦闘から逃れる人々の避難手段としても使われています。

また、各国の要人がウクライナを訪問するときに利用したのも鉄道でした。アメリカのブリンケン国務長官やイギリスのジョンソン首相も鉄道で首都キーウに入り、ゼレンスキー大統領と会談しました。

ウクライナ国鉄は、積極的にフェイスブックに動画を投稿していて、4月にキーウを訪れたジョンソン首相は、「この素晴らしい鉄道でポーランドからキーウに向かっている。ウクライナの鉄道の全職員に感謝したい」と約23万人のウクライナ国鉄の職員をねぎらいました。

国境なき医師団と連携し、ＩＣＵ＝集中治療室を備えた負傷者を治療する列車も運行させました。

【総延長２万２０００キロ】

ウクライナの鉄道の路線図を見ると、国土全体に線路が網の目のように張り巡らされています。鉄道を運営しているのは「ウクライナ国営鉄道」です。

ウクライナの面積は、日本のおよそ1.6倍。線路の総延長距離は、約2万2000キロ。日本のＪＲの総延長距離が約2万キロなので、それよりも長いことになります。

例えば、首都キーウから西部のリビウまで行く場合、直線距離でいうと日本の東京・神戸間と同じくらいですが特急で8時間ほどかかるといいます。

丸は駅を示していて緑色が運行中、赤が運行停止中を示しています。ロシア軍が占拠する南部と東部を除けば、軍事侵攻を受ける中でも多くの路線が運行しています（運行状況は4月19日時点のものです）。

ウクライナ国鉄のペトソフスキーさんに直近の運航状況を尋ねたところ、日々情報を更新しているものの、あまりに多忙で手書きのままで、まだシステムに入力できていないと話していました。

【まさに鉄人】

ペトソフスキーさんは「ウクライナの鉄道員たちは、まさに鉄人だ。この危機的な状況にあって、良心的で勤勉だということを知ってもらいたい。（日本の鉄道が）避難民や負傷者を運ぶために使われることがないよう祈っている。皆さんが鉄道に乗って、安全に旅をすることがいかに幸せなことかぜひ認識してほしい」と私たちに呼びかけました。

【鉄道はロシア軍にも重要】

ウクライナだけでなくて、ロシア軍にとってもウクライナの鉄道は重要です。というのも、ウクライナの鉄道網はロシアの鉄道と線路の幅が同じだからです。

「広軌」と呼ばれる規格で、ロシア軍はウクライナへそのまま列車を走らせることができます。

そもそも、「ロシア軍の部隊は兵士や武器、物資などの輸送を鉄道で行うことが基本だ」とロシアの安全保障に詳しい専門家は指摘しています。長距離を移動するのに鉄道のほうが車よりも早くかつ大量に運ぶことができるからです。

実際、今回の侵攻でも戦車や燃料、食料をウクライナの線路も活用しながら前線に運んでいたとみられます。

ただ、ウクライナ側が自らの線路を破壊することで、ロシア軍の侵攻を遅らせたという情報もあります。

ウクライナ国鉄のペトソフスキーさんも「ロシア軍はウクライナの鉄道を物資運搬の重要な手段にした。軍と戦略的に線路を破壊した」と話していました。

2月24日の侵攻のあと、ロシア軍が数十キロにも及ぶ車列を作りなかなか進まない様子が見られました。これは鉄道を使えなかった影響だという指摘もあります。

【食料輸送でも重要な役割】

鉄道が運ぶのは、武器や人だけではありません。食料、特に穀物の輸送でも期待されています。

ウクライナは世界有数の穀物大国で、輸出量でみると小麦は世界5位。ひまわり油はロシアと並ぶトップシェアです。ただ、穀物を国外へ輸送する最大の拠点のオデーサの港が使えない状況が続いています。

９日にオデーサ港を視察したウクライナのシュミハリ首相は、海上輸送がロシアに妨害され、農産物およそ9000万トンが輸出できなくなっていると明らかにしたということです。

中東やアフリカの多くの国がウクライナの小麦に依存しています。中東のレバノンでも小麦の輸入の約7割はウクライナから。

その輸入が止まり、深刻な小麦不足に陥っています。主食のパンなどはロシアの軍事侵攻の前と比べて50パーセント以上値上がりしています。

レバノンの国民食「ファラフェル」というひよこ豆のコロッケにも影響が出ています。日本円で130円ほどでしたが、2倍になったといいます。

ウクライナから輸入しているひまわり油も品不足で高騰していて、取材した店主は「値上げは本当に残念。うちの店で買えなくなった人もいる。いまではファラフェルのサンドイッチより、鶏肉のサンドイッチの方が安く買えるよ」と困惑気味に語りました。

ウクライナからの穀物の輸出が滞っていることで、世界的な食糧不安が起きるのではないかと懸念されています。このため、海外メディアによりますと、輸出再開のためウクライナから鉄道を使っていったん陸路で近隣の国に運ぶことも検討されているということです。

食料の輸送でも鉄道の役割が期待されています。

【結束・連帯の象徴】

ウクライナの鉄道の役割などについて、ロシアと欧米の関係に詳しい筑波大学の東野篤子さんにスタジオでお聞きしました。

――ロシアの軍事侵攻後のウクライナの鉄道の役割をどう見ますか？

東野教授）ウクライナは非常に強靱な鉄道を持っている。今回の戦争で2つの大事な機能を果たしている。1つは、武器や救援物資を送る機能。飛行機で空から運ぶことは撃ち落とされてしまう可能性があるのでなかなかできない。陸路で車を使う場合は、あまり多くのものを運べないので、鉄道の役割が非常に大きい。

ただ、より大事なのは人の輸送かもしれない。ウクライナから国外に避難している人数は600万人とも言われているが、鉄道がなければ非常に難しかった。最近は、都市によっては戦況が改善し、安全になっていて、鉄道が機能しているためにポーランドなど隣国からウクライナに人が戻ってきている現象もある。家族のもとに戻りたいという気持ちを鉄道が支えている。

また、ヨーロッパやアメリカから要人を迎えるにあたって鉄道が非常に重要な役割を果たしている。ウクライナの鉄道は単なる輸送手段を超えていて、ウクライナと西側諸国との結束や連帯の象徴になっている。

――ＮＡＴＯ諸国による武器支援はどの程度行われているのでしょうか？

東野教授）ヨーロッパ諸国は活発に武器支援をしているが、いちばん大きく態度を変えたのがドイツ。これまではロシアを刺激しすぎないように、ということで武器の提供には消極的だったが、ドイツの世論が大きく変わった。

ただ、もともと武器支援に積極的だったのはポーランドやチェコといった東欧諸国。ここで注目されるのが先日、アメリカのバイデン大統領が署名した「武器貸与法」だ。これによって提供のプロセスが早くなる。

東欧諸国は旧ソ連型の武器をウクライナに提供してきた。そうなると東欧諸国に武器がなくなってしまうので不安になる。今回のアメリカの武器貸与法は、ウクライナだけでなく東欧諸国も対象にしている。ウクライナに提供して、なくなった兵器をアメリカが穴埋めしてあげる。アメリカはもちろん、直接ウクライナにも渡している。

これまで煩雑な手続きが必要だったが、手続きが減ったことでよりスピードアップする。あるいはウクライナに入っていく武器の量も増えると考えられる。

――ＮＡＴＯからの武器や弾薬の供与等が鉄道によって行われた場合、ウクライナは有利になると考えられますか？

東野教授）ウクライナは依然として大変厳しい状況にある。政府関係者は「地獄のような状況だ」とよく口にしている。しかし6月ぐらいをめどに、ウクライナが反転攻勢に出られるかもしれないという情報もウクライナ関係者から入ってきている。アメリカやイギリスなどもそういった見方をとっているようで、一定程度の確度の高い情報ではないかと思う。

一方、ロシア側を見ると、経済制裁の影響はじわじわと効いてきている。例えば半導体など武器を作るのに必要な物資が入ってきていないために、武器が枯渇していく可能性が高い。ただ、ロシアが追い詰められると化学兵器の使用も気になる。

――長期化によって食料不安も起きているが、今後の焦点は何でしょうか？

東野教授）日本からあるいは世界から見ていると、一刻も早く停戦をしてほしいということが念頭にある。ウクライナが一生懸命頑張っていることは、できるだけ安定的で、安心な状態で停戦交渉を行うための必要最低限の状況づくりをやっている。つまり、できるだけ多くのロシア軍にウクライナ国内から出ていってもらうこと。

停戦交渉は３月に行われたが、その停戦交渉が行われている最中にブチャのような大惨事が起こってしまった。どんなに交渉をしていても、ロシア軍がろうぜきを働いているような状況では安定的な交渉の土台が成り立たない。このためにウクライナ軍が最大限重視していることは、できるだけでウクライナの国境からロシア軍に出ていってもらうこと。

このための最後の努力をしている。非常に長期化するかもしれないこの戦いで、われわれもあまり「早急に、早急に」ということではなくて、しっかり何が大事なのかということを見守っていきたい。