〈この記事は9月30日の放送をもとにしています〉
推計で4,300万人、国民のおよそ3人に1人に症状があるとされる高血圧。今週、新たな治療法の効果を示すデータが公表されました。
治療を12週間続けたところ、朝起きたときの最高血圧が平均8. 8mmHg下がったというものです。その治療法とは、スマートフォンに入っている「アプリ」を活用して効果を出すということですが、一体どんなアプリなのでしょうか?
【血圧が下がる?】医師が処方する「治療支援アプリ」とは
都内に住む、70歳の髙橋修一さんです。
リポーター)
「どれくらい高血圧に悩まれていますか?」
髙橋さん)
「35年ぐらい」
最高血圧が150を超えることもあったといい、毎日血圧を下げる薬を服用しています。しかし、以前の治療で渡された血圧管理手帳は…
髙橋さん)
「3日間で終わっちゃったな。そのあとはやってない。つけてない」
髙橋さんの大好物は、カップ麺。
髙橋さん)
「これスープうまいんだもん…」
そんな髙橋さんが3か月前、医師から処方されたのが、この「治療支援アプリ」です。
高血圧の症状がある患者に生活習慣の改善を促すため、東京の医療機器メーカーが開発。
患者はスマートフォンにアプリを入れた後、医療機関から受け取った処方コードを入力して、利用を開始します。
毎日、朝と夜に測った血圧のデータを入力したうえで、キャラクターと対話をしながら、高血圧に関する知識を学んだり、減塩や運動など、複数の目標を自分で設定し、その達成状況を入力したりできます。
入力された情報は、かかりつけの医師が確認できる仕組みになっています。去年、国の承認を得た後、公的医療保険の対象になり、患者の負担は半年間のプログラムで1か月当たり2,500円程度。現在、全国の1,000を超える医療機関で導入されています。
アプリを使い始めてから、髙橋さんの生活習慣は大きく変わったといいます。大好きなカップ麺は…
髙橋さん)
「塩分の量、これ見るようになったんだよ、おれも。前はけっこう食べていたんだけど、いまはそんなに食べない」
アプリによる治療を始めてから、ジムなどで運動する頻度も増え、それを入力するのも楽しみになったといいます。
髙橋さんが特に他の治療と違うと感じているのは、かかりつけの医師と“常につながっている”感覚です。
髙橋さん)
「先生見てくれているんだからさ、毎日。先生に褒められたい、期待。やっぱりそういう気持ちだよね」
月に一度、診察に訪れる髙橋さん。努力の成果は…
医師)
「髙橋さんの変化ですけど、血圧が下がってきています。ご本人が頑張らないと、結果は出てこないですから」
1か月間の血圧の平均値は、目標としている値をほぼ達成していました。
アプリに入力された情報のおかげで、診察もスムーズに進みます。
医師)
「『30分運動』と、連日記載してもらっていますけど、習慣的になってきた?」
髙橋さん)
「毎日運動に行ってます」
医師)
「お食事とかはどうですか?」
髙橋さん)
「食事は塩分を考えるようになったから、ラーメン好きだけど、スープは飲まないように。なんでアプリでこんなに下がったのかと私もびっくりして、血圧計が壊れたかなと」
さらに、こんな目標も。
医師)
「アプリの効果が引き続き確認できれば、お薬を半分とか、ぜひトライしていきたいと思いますから、それをやっていきましょう」
リポーター)
「もし薬を飲まなくてよくなったら?」
髙橋さん)
「そしたらいいね。いけるのかね? 先生」
医師)
「いけますよ、たぶん」
【開発会社が分析】起床時で8.8低下 幅広い年代に効果
アプリを開発した会社が、実際の患者およそ550人を対象に行った分析では、使い始めてから12週後の最高血圧は、アプリを使い始めたときと比べ、起床時で8. 8、就寝前に8. 5下がったことが確認され、幅広い年代で血圧を下げる効果が示されたとしています。
治療を担当する医師にとっても、アプリを活用するメリットは大きいと言います。
髙橋さんの治療を担当 松本消化器科内科クリニック 金崎峰雄医師)
「今までは診察室を出たら、患者との関わり合いはなくなってしまう。コミュニケーションツールとして、現在進行形の血圧の状態などが画面を通じて分かるというのは、私の外来治療の指針のヒントになっている」
【解説】高血圧や禁煙に効果? 治療支援アプリの可能性
治療支援アプリ、どんな特徴があるのでしょうか。
心拍数や体重、歩数、睡眠時間などを計測してくれる「ヘルスケアアプリ」と、この「治療支援アプリ」は別物です。
違いは、実際に治験を経て、薬事承認され、一部は保険適用されているという点です。医療機器と同じ扱いなので、医師が診断したうえで患者に処方され、アプリにログインするためのコードをもらいます。
また、アプリを処方することで、薬を減らせる患者もいるということです。日本では2020年に禁煙を支援するアプリが初めて医療機器として国の承認を得て以降、現在は禁煙のほか、高血圧症や、不眠症の患者向けの3つの治療支援アプリが承認されています。
このうち禁煙と高血圧症に関しては、すでに公的保険が適用されていて、不眠症の患者向けアプリは、保険適用に向けて現在手続きが進められている状況ということです。
慶應義塾大学医学部教授で、データサイエンスに詳しい宮田裕章さんに話を聞きました。
―――治療支援アプリの最大の特徴は、どんな点でしょうか?
宮田さん)
「ひと言で言うと、生活習慣の改善を促すためのものです。薬は、口から飲んで、直接体に働きかけていくものですが、治療支援アプリは、人がこれまで関わってきたサポート、指導、カウンセリングを置き換える、あるいは支えていく。いわば伴走者のようなものですね」
―――病院での受診以外の時間にも、サポートしてもらえるということですね。
宮田さん)
「これまで医療提供者は、患者が病院にいる間しかサポートできませんでした。それが治療アプリでつながることで、点のサポートが線のような形になり、何か起こった場合には病院に呼ぶこともできるようになってきている。そういった診療支援のツールでもありますね」
【解説】課題はデジタルに“苦手意識”がある高齢者
―――一方で、毎日記録するとなると、まめじゃないと続かないとか、高齢者はデジタルに苦手意識がある方もいると思うのですが、そのあたりの課題はどうクリアしていくのでしょうか?
宮田さん)
「先行して多くの治療支援アプリが使われているアメリカでも、それは課題になっています。今後その課題を克服するためにも、アプリを使いやすくする、コードを提供するだけでなくいろいろなサポートをするなど、人の支援と重ねる。
さらに、いま日本の60代の人は、相当の割合がスマートフォンを使っています。これからスマートフォンを使う世代がどんどん上がっていき、いろいろな方向から状況は改善していくのではないかと考えます」
「治療支援アプリ」さまざまな病気向けに開発進む
そして、こうした治療支援アプリは、続々と開発が進められています。
都内にあるベンチャー企業です。開発したのは不眠症の治療支援アプリ。睡眠薬を用いることが多い、不眠症の治療の選択肢を増やそうという流れのなか、8年前に開発をスタートさせました。
治験で不眠症の治療効果があることが確認され、ことし2月、国の承認を得ました。年内に医療現場で利用されることを目指しています。
このアプリ、ベッドに入った時間や睡眠を取れた時間を日々入力していくと、自分の睡眠の状態を把握することができます。
不眠症の原因になる、不安やストレスを和らげるためのチャット機能も。医師が行うようなアドバイスを、いつでも受け取ることができるのです。
この会社では、別の病気の治療支援アプリの開発も進めています。
アプリ開発企業 代表取締役 上野太郎医師)
「今回の不眠症の治療アプリの経験をもとに、別の治療用のアプリも開発していく。耳鼻科や産婦人科の治療のアプリなども、開発を開始している」
現在、国内では糖尿病や慢性心不全、脂肪肝などを治療する、さまざまなアプリの開発が始まっています。
開発には、医療系のスタートアップだけでなく、大手製薬会社なども本格的に乗り出すなど、今後の成長産業として期待が高まっています。
市場規模を見てみましょう。
ことしの見込みで2,000万円。それが2030年には、120億円あまりと急激に拡大していくという調査会社の試算もあります。また国も、開発や医療現場での利用が進みやすくなるよう、審査の簡略化などを検討することにしています。
こうした治療用のアプリは、2010年にFDA(アメリカ食品医薬品局)が世界で初めて糖尿病患者向けのアプリを承認して以降、開発が加速しています。
アメリカでは2021年の段階で63のアプリが承認されていて、ドイツでも2019年に公的保険の適用が始まり、およそ50のアプリが承認されているということです。
―――市場規模が広がることが見込まれているのですね?
宮田さん)
「そうですね。1つの薬を開発して市場に出すのに、だいたい1000億~1,400億円以上かかると言われています。一方でこの治療用アプリは、はるかに開発コストが低い。なおかつ、病気がある程度進行してから効果を出すというような、これまでの薬と違った領域をターゲットにできる。行動改善ができる。
いろいろな病気のもととなる高血圧や不眠症などの症状を、手前から、行動改善することによって、一人ひとりがより健康に長く生きられる。時間を伸ばすことが期待できる。特に日本のような高齢化社会においては、長寿は本来良いことなので、長寿の期間をその人らしく生きるために、このようなアプリが新しい形で力を発揮していくことが期待されると思います」
【解説】治療支援アプリの可能性は?
―――病気になる手前の、予防的なところから効果を発揮するということですが、具体的にはどのような効果が期待されるのでしょうか?
宮田さん)
「例えば、認知症治療薬『レカネマブ』は、アルツハイマー病に非常に期待される治療薬ですが、症状がある程度進行した後では遅く、もっと手前から飲まなくてはいけないそうです。
でも、自分自身が認知症と気付くことは難しく、周囲が気づいてから治療するとなると、どうしても遅くなってしまう。もっと手前からその人たちに寄り添えるアプローチがないのかといったときに、例えば認知症の一つの兆候として、歩行速度が落ちてくる、行動範囲が狭まってくるという点があります。今まではこれが全く分からなかったのですが、アプリによって、深刻になるもっと手前から察知し、サポートすることもできます。
また、プライバシーに配慮しながらデータ共有をすることで、家族や医師などいろいろな人たちが関わるなか、状況をより良くしていく。今後はこういった可能性もあると思います」
【解説】「治療支援アプリ」今後のデータ活用は?
宮田さん)
「このデータの特徴としては、データがより豊かになるほどパワーも発揮されることです。
例えば1万人のデータがあれば、1人よりもよくなりますし、1万人が10万、100万になってくると、より良くなってくる。共有できることに価値があるので、役に立つということを、ユーザーにちゃんと信頼してもらえるように示しながら、社会の中で使っていくことが必要になると思います。
データを取られるだけだと、なかなか信用できないですよね。どう役に立っているのかが実感できることで、共有ができます。ゆくゆくは、このようなデータを、例えば移動や決済といった生活のさまざまな側面に活用し、新しい社会を作る時代がもう迫ってきています。それを信頼のなかで作れるかどうかだと思います」