ハロウィーン直前の週末の10月29日。多くの人が行き交う東京・渋谷のビルで、ある世界記録に挑戦するイベントが行われました。その現場に密着しました。
(映像センター 北野孝治)
会場に続々と集まる人たち。この人たちにはある共通点があります。
カメラを向けて話を聞くと…。
参加者)
「タナカヒロカズです、社会保険労務士です」
「タナカヒロカズです、神奈川県で司法書士をやっています」
「足もみのタナカヒロカズです」
「タナカヒロカズ、80歳です」
共通するのは、「タナカヒロカズ」という名前。
実はこちら、全国の「タナカヒロカズ」さんが集まるイベントなんです。同姓同名の人が、同じ場所に、164人を超えて集まるとギネス世界記録を更新します。
イベントを企画したのも、田中宏和さん(53)です。東京都の会社員で全国のタナカヒロカズさん同士の交流を目的に設立した団体、田中宏和の会の代表です。
名前だけでつながる
設立のきっかけは今から28年前の1994年のプロ野球ドラフト会議でした。
「近鉄 田中宏和 投手」
同姓同名の田中宏和投手がドラフト1位で指名されたとき、まるで自分が指名されたような気持ちになったといいます。
田中宏和の会代表理事 田中宏和さん)
「勘違いなんですけど。自分と同じ名前の人ってだけでこんなに喜びが起こってくるものなのか思い、同姓同名って面白いなと思ったのがきっかけですね」
その後、同姓同名の田中宏和さんと交流を深めながらさまざまな企画を立ち上げます。
それぞれの得意分野を持ち寄って「田中宏和のうた」というテーマソングを作ったり、「田中宏和」をテーマにした本を出版したりと活動を広げてきました。
会のメンバーは全員田中宏和ですが、仕事も年齢もさまざまです。
みんな同じ田中宏和さんなので、お互いを識別するためにあだ名をつけるようになり、代表の田中宏和さんは「ほぼ幹事の田中宏和」と命名されました。
これまで交流してきたタナカヒロカズさんの中には、初めて新幹線に乗って岐阜からやってきたから「新幹線の田中さん」、はじめて会ったときにブレザー着てきたので「ブレザーのタナカヒロカズくん」などと呼び合うようになりました。交流を深める中で、名前だけで人とつながることに魅力を感じたといいます。
田中宏和の会の代表理事 田中宏和さん)
「名前って自分で選べないじゃないですか。自分が背負っているものが一緒みたいな運命共同体感みたいなものがあるんじゃないかと思う」
名前だけで世界一を
仲間が増えていく中で、次に思いついたのが、「ギネス世界記録」への挑戦です。
これまでにも2 回挑戦。漢字も読みも同じ田中宏和さんが集まりましたが、いずれもアメリカで164人が集まった記録に届きませんでした。
そして3回目の今回。
記録達成の条件を確認したところ読みが「タナカヒロカズ」であれば漢字が違っていても認められることがわかり、参加の条件を広げました。
田中宏和の会の代表理事 田中宏和さん)
「その場にただいるだけでいい。いるだけで世界一になれるという、この記録がすごくすてきだなと思っている」
名前をきっかけに新しい世界を
参加条件が変わったことで今回、初めて参加したタナカヒロカズさんがいます。埼玉県越谷市から参加した田中寛和さんです。両親と弟の4人で暮らしています。
寛和さんは、知的障害があり市内の特別支援学校の高等部に通う2年生。自分の名前はひらがなで書くことはできますが、言葉はうまく話せません。
母親の智子さんは、田中宏和の会のことは以前から知っていましたが、名前の漢字が「寛和」と違うことで参加できないことを残念に思っていました。
くつろ(寛)げるような、なご(和)やかな存在になってほしいという思いを名前に込めたという智子さん。その名のとおり、和やかな性格に育ったという寛和さんにとっての新しい世界が広がってほしいと参加を決めました。
智子さん)
「家庭と学校と卒業後に通う施設とかで終わるのでなくて、いろんな視野を広げてもらって新しい世界を知る、いいきっかけになるといいと思う」
世界記録達成へ
イベント当日の夕方5時過ぎ。
待ち受ける多くのマスコミを前に、胸にゼッケンをつけたタナカヒロカズさんが、ギネス世界記録の認定が行われる会場にぞくぞくと入ってきます。
年齢が3歳から80歳まで、職業も住んでいる所もバラバラな「タナカヒロカズ」さんが大集合しました。
ギネス世界記録に認定されるには全員が5分間同じ場所にいる必要があり、ギネスワールドレコーズ社の公式認定員が計測します。
果たして結果は…。
認定員)
「それでは結果を発表します。本日こちらの挑戦会場に集まったタナカヒロカズさんの数は、178人で見事ギネス記録達成です、おめでとうございます」。
その瞬間、会場は大きな拍手と歓声につつまれ、代表の田中宏和さんに認定証が手渡されました。
「タナカヒロカズ」という名前が同じ人が同じ場所にいるだけで世界一になれた瞬間でした。
寛和さんの隣で結果を見守った母親の智子さんは「階段で待っているときにも、同じ名前ってことでいろいろ声をかけてくださったりしてくれてありがたかったです。名前ってだけなんですけど世界一にちょっと協力できてうれしく思います」と話していました。
田中宏和の会の代表理事 田中宏和さん)
「北は北海道、南は沖縄、さらにベトナムハノイから遠い親戚の人たちの集まりみたいな、みんな初対面と思えないような親しみを感じました。新しいタナカヒロカズさんとはこれからも会い続けていきます」
自分が選んだわけじゃなくて、たまたま親につけてもらった「名前」というものだけでこんなにも多くの人がつながる縁。ちょっとした違いを見つけていがみ合うより、ちょっとした同じを見つけて仲良くなれる。ちょっと目線変えてみれば、新しい人と人とのつながりが生まれてくるというのがおもしろいと感じました。
最後に会場のタナカヒロカズさんに「タナカヒロカズさんーー!!」と呼びかけてみました。
「はーい」
会場の178人はぴったりと息を合わせて大きな声で応えてくれました。
【映像センター 北野孝治】カメラマン、山形局・福井局・大津局へて現職。初任地・山形で日本酒のおいしさに目覚め、その後何故か酒どころに勤務。
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