カリーニングラード NATOとロシアの“新たな火種”

NHK
2022年7月2日 午後1:47 公開

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって4か月が経ちましたが、欧米とロシアの“新たな火種”が浮上しました。バルト海に面したロシアの飛び地、カリーニングラードです。NATO(北大西洋条約機構)とロシアが対じするこの場所をめぐって、ある措置がとられ今緊張が高まっています。

(高橋峻・鈴木敏彦・川田陽介・越村真至)

【ロシアの軍事拠点 隣国が輸送制限】

ロシアが誇るバルト艦隊の司令部が置かれるカリーニングラードは、ロシアの重要な軍事拠点です。プーチン大統領も何度か現地を訪れています。軍備増強を進めるロシアは、核弾頭を搭載できる短距離弾道ミサイル「イスカンデルM」も配備。この飛び地から見据えているのはNATOです。

カリーニングラードはソビエト崩壊でバルト3国が独立したため、飛び地になりました。そのあと、バルト3国がNATOに加盟し、周りをNATO諸国に囲まれることに。ここに物資をロシア本土から運ぶためには、NATO加盟国のリトアニアを通らなければなりません。

しかし、リトアニアは今回、ウクライナ侵攻に対するEUの制裁対象の貨物を積んだ列車がカリーニングラードに乗り入れることを禁止したのです。対象は、石炭や金属、建設資材などで、影響を受ける可能性があるのは、運ばれる貨物の最大50%にのぼるとされています。

カリーニングラードのホームセンターでは、買いだめの動きが。ここでは、様々な物資をロシア本土に依存しています。プーチン大統領の最側近、パトルシェフ安全保障会議書記は21日、急きょカリーニングラードを訪れ、安全保障会議の場で、リトアニアに警告しました。

パトルシェフ安全保障会議書記

「ロシアは敵対的な動きに必ず対応する。リトアニア国民は、深刻な悪影響を受けることになるだろう」

そのリトアニアにNHKのクルーが入りました。東部の街ケナです。ここはロシア本土とカリーニングラードを結ぶ鉄道の停車駅です。ロシアからの乗客に訴えようと、ホームにはウクライナの現状を伝える写真とメッセージが掲げられています。列車からも見えるように掲げられたこれらの写真。「ロシアがウクライナで大量虐殺を行なっている」と書かれています。

続いて訪れたのは首都ビリニュスです。店先やベランダなど街の至る所に、連帯を示そうとウクライナの国旗が掲げられていました。街の人にロシアの警告をどう受け止めているのかインタビューをしてみると、「ロシアとの間に明らかに緊張感がある。多くの人が次に何が起きるか心配している」といった声や「何が侵略者を刺激するか分からない。ロシアの政権が何を考えていようとも、自分たちのコミュニティーの価値観を守る準備はできている」といった声が聞かれました。リトアニア政府は、今回の措置についてEUの制裁に沿ったものだと説明しています。

リトアニア・シモニテ首相

「事態をエスカレートさせる意図はない。経済制裁を実施しているだけだ」

ロシアは実際どう出るのか。大統領府の報道官は6月20日の電話による会見で次のように話しました。

ロシア大統領府・ペスコフ報道官

「対応を決める前に非常に深い分析が必要だ。今後数日間かけて分析を行う

分析の結果はまだ明らかになっていませんが、ロシアの対応によっては、事態が新たな局面に突入します。その理由は、NATOの北大西洋条約第5条。30の加盟国のうち1国でも攻撃を受けた場合、加盟国全体への攻撃とみなして、反撃などの対応をとる集団的自衛権の行使が定められています。仮にロシアが軍事的な行動をとった場合、事態はNATO全体に広がる可能性があるのです。

ウクライナ侵攻では「直接戦闘に関与することはない」としているアメリカ政府の報道官も次のように述べています。

アメリカ国務省・プライス報道官

「リトアニアはNATOの加盟国だ。われわれはNATOへの関与を守る。それにはNATOの基盤である(集団的自衛権の行使を定めた)第5条への関与も含まれる」

【カリーニングラードとは】

カリーニングラードは、ロシアで最も西にある、バルト海に面した飛び地です。面積は日本の岩手県とほぼ同じで、人口は約100万人です。周囲をリトアニアやポーランドといった、青色のNATO加盟国に囲まれています。さらに、バルト海を挟んだスウェーデンとフィンランドも現在NATOへの加盟を申請中です。ロシア本土から荷物を運ぶには、リトアニアを通らなければなりませんが、今回リトアニアが貨物輸送の制限を始めました。そのため、ロシアはサンクトペテルブルクなどの港からの海上輸送を強化しようとしています。さらに、ロシアにとってカリーニングラードは対NATOの戦略拠点でもあります。バルト艦隊の司令部があるほか、核弾頭を搭載できる短距離弾道ミサイルも配備されています。

ロシアの外交・安全保障政策に詳しい防衛省防衛研究所の兵頭慎治さんに、スタジオで話を聞きました。

――兵頭さん、ロシアにとってカリーニングラードは重要な場所なのですね。

兵頭さん)

NAT Oに対抗する軍事拠点として、旧ソビエト時代から地政学的に重要な場所。さらに、スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟すると、バルト海がNATO加盟国に包囲されて、NATOとロシアが対じする海になる可能性があり、カリーニングラードの戦略的重要性が増していて、現在ロシア軍は軍備増強の構えを見せている。NATOは6月5日から、アメリカなど加盟14か国と、加盟予定のスウェーデン・フィンランドを交えた大規模な軍事演習をバルト海で行ない、カリーニングラードから300キロしか離れていないスウェーデンのゴットランド島ではアメリカ軍の上陸作戦なども行われている。これに合わせて、ロシア側も9日に同じバルト海においてバルト艦隊を中心とした大規模な軍事演習を実施している。双方が軍事演習を繰り広げる異常な事態が発生している。これまでも、バルト海上空で双方の軍用機が異常接近する事態が繰り返されていて、ウクライナ侵攻後は海と空の両面において軍事的な緊張が高まっている。

リトアニアの措置に対して、ロシア側がどんな反応をしているかというと、パトルシェフ安全保障会議書記が「敵対的な行為に明確に対応する。リトアニア国民に深刻な悪影響を与えることになる」と発言しています。

――兵頭さんはこの発言をどう見ていますか?

兵頭さん)

輸送路が遮断されるとカリーニングラードが陸の孤島になるので、ロシア側は強く反発しているものと思われる。パトルシェフ安全保障会議書記はプーチン大統領の最側近で強硬派。旧KGBの人で、ウクライナ侵攻の首謀者の一人でもある。本人がカリーニングラードを訪問したうえでこのような発言をしているので、ロシアによる対抗措置が経済面のみならず軍事面にも及ぶのではないかという受け止めがNATO側にも広がっているようだ。さらに、NATOサミットを踏まえて、リトアニアのみならずNATO全体をけん制する狙いもあるとみられる。

【ロシアはどう出るのか?】

ロシアがどんな対抗措置をとるのか、兵頭さんに分析してもらいました。短期的に考えられるのは、リトアニアへの経済面での制裁。具体的には、ロシアからの電力供給の遮断です。旧ソビエトのリトアニアは、エネルギー供給の大半をロシアに依存する状況から脱却することを目指していますが、今もロシアの電力供給網に含まれています。中長期的に考えられるのは、カリーニングラードに、より射程距離の長い中距離ミサイルを配備するということです。

兵頭さん)

当面の経済措置としてリトアニアが予想しているのが、ロシアからの電力供給の遮断だが、これに加えて中距離ミサイルの配備が行われるのではないかと。現在ロシアがここに配備している短距離ミサイルの射程は500キロだが、仮に射程2000キロの中距離ミサイルが配備されると、ヨーロッパ全体が覆われるということになる。今まで「I NF(中距離核ミサイル)全廃条約」と呼ばれる米ロ間の中距離ミサイルの全廃条約があったが、2019年に失効しているので、ロシアがミサイルの射程を伸ばすことは可能な状態になっている。

【カリーニングラードはNATOの弱点?】

カリーニングラードはNATOにとって弱点にもなり得る場所です。リトアニアとポーランドの国境線は、ポーランド側の地名からとって「スバウキ・ギャップ」あるいは「スバウキ回廊」とも呼ばれていて、いわば“NATOのアキレス腱”です。バルト3国と他のNATO諸国が唯一陸でつながっている場所で、幅は100キロもありません。カリーニングラードにはロシア軍の陸上部隊も配備されていて、ここをおさえられると、カリーニングラードと、ロシアと同盟関係にあるベラルーシが陸続きになります。その結果、バルト3国がNATOから分断されて孤立してしまいます。

――兵頭さん、陸路によって分断されてしまうのはNATOにとってどれくらいの痛手になるのでしょうか。

兵頭さん)

スバウキ・ギャップは100キロに満たないが、ここをロシア軍が限定的に攻撃するだけで、NATOがバルト3国という加盟国の防衛ができなくなる。軍事同盟として機能不全に陥る。NATOは集団的自衛権の行使、北大西洋条約第5条の機能があるので、バルト3国などを防衛することができなくなる。その意味において、“NATOのアキレス腱”ということ。さらにカリーニングラードとロシアの同盟国ベラルーシの双方からロシア軍が挟み撃ちする可能性があって、これまでもロシア軍はスバウキ・ギャップを念頭に置いた軍事演習を繰り返している。この場所は土地が平坦で面積が狭く、NATO側としても防衛しにくい場所であることもあって、NATO加盟国のなかに存在するロシアの離れ小島カリーニングラードは、海・空に加えて陸においても、今後ロシアとNATOの大きな火種になる可能性があるといえる。

【西側で相次ぐ首脳会議】

6月下旬は重要な国際会議が相次ぎます。23日と24日に開かれたEU首脳会議では、ウクライナに加盟候補国の立場を認めることを決めました。26日からはG7の首脳会議も始まります。29日からのNATO首脳会議には岸田総理大臣も出席予定。日本の総理大臣としては初めてのことです。

――兵頭さん、こうした動きをロシアはどう見ているのでしょうか。

兵頭さん)

NATO首脳会議には、日本、オーストラリア、韓国、ニュージーランドも参加する。ここでは、ウクライナへの支援やロシアへの制裁が話し合われる予定で、西側諸国が結束することをロシアは警戒していると思われる。これに対抗するかたちで、EU首脳会議に合わせてBRICS首脳会議も実施された。BRICSは中国とロシアに加えて、ブラジル、インド、南アフリカの5か国が加盟する非欧米の多国間の組織。このなかでプーチン大統領は「一部の国々が身勝手な行動で世界経済に問題を起こしている」と批判していて、欧米諸国による経済制裁がグローバルな物価上昇などを生み出していると非難している。さらに、中国とロシアが結束しながら、新興国や途上国の代表と位置付けるBRICSの枠組みを拡大していこうという姿勢も示していて、新たな非欧米の対抗軸を作りだそうとしているのではないかという指摘もある。ウクライナ侵攻で将来的に国際社会の分断が進んで、いずれ“新冷戦”のようなものになるのではないかという指摘も見られ始めている。

――今後、他のNATO諸国に影響があったり、戦線が拡大したりすることはあるのでしょうか。

兵頭さん)

NATO加盟国に対する軍事侵攻は、ロシアにとっても相当ハードルは高い。NATOに比べてロシアの通常戦力は大幅に劣勢にあるので、NATOと全面戦争になった場合、ロシアは核戦力で対抗するしかない。NATOとの全面戦争は“第3次世界大戦”になるのみならず、一挙に核戦争に発展する危険もある。ただし、安全保障は、想定外の最悪の事態に備えることなので、ウクライナ侵攻を踏まえて、NATO首脳会議でもロシアの脅威を念頭に、バルト3国など東欧諸国の防衛強化が議論される見通しだ。今後、カリーニングラードをめぐって、NATOとロシアの緊張は一層高まっていくのではないかとみられている。