初の“戦争犯罪”裁判 専門家が指摘する特徴

サタデーウオッチ9
2022年6月3日 午後5:44 公開

5月23日、ウクライナの裁判所で軍事侵攻後初めて、「戦争犯罪」が問われる裁判の判決が出ました。21歳のロシア兵に下された判決は「終身刑」でした。

戦争犯罪や国際司法に詳しい立命館大学の越智萌准教授に、この裁判の特徴について聞きました。

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―――ウクライナの検察によると、ロシア軍による戦争犯罪は1万4000件以上が捜査中で、既に容疑者600人以上が特定され、およそ80人について訴追の手続きが始まっていると言います(5月31日)。戦時中にこれだけの件数が捜査されるのは異例のことなのでしょうか?

越智)

そうです。施設などが破壊されていて、裁判官や司法スタッフ、弁護士も避難している人が多いなど裁判をするための様々なリソースが不足するなか、彼らが業務を開始できているのは異例なことです。

いま捜査官たちは、各地の空いている場所などを利用してヒアリングスペースを作り、住民や目撃者にどんどんそこに来てもらい証言を記録しています。こうした取り組みもあって非常に迅速に、異例な形で捜査が進んでいると思います。

裁判から見えるウクライナ側の狙い

―――越智さんは今回の裁判について3つの注目ポイントをあげています。

①「法に基づいた公平な裁判」であること。報復的な要素はほとんど見られず、ウクライナの国内法に基づき一般の刑事事件と同様に裁判が行われた。

②「人権の尊重」。被告には無償で弁護士・通訳がつき、反論の権利があることも説明された。

③「公開」。インターネットなど様々な媒体で伝えられ世界中の人がチェックすることができた。

このような裁判を行ったウクライナ側の狙いは何でしょうか?

越智)

ウクライナ側は公正に裁判をすることについて、3つの狙いをもっているのではないかと思います。

1つ目は、捕虜になっている他のロシア兵が、より証言をしやすい環境を作ることです。これから戦争犯罪を追求していくうえで、ロシア軍内部の証言はとても必要なものです。ちゃんと公開の場で人権を守った形で裁判が行われているということを示すことで、捕虜になっているロシア兵たちに、“証言をしても大丈夫だ”と伝える狙いがあるのではないでしょうか。そうやって証言が集まることで、上層部の犯罪の証拠集めがしやすくなります。

2つ目は、ロシア側もウクライナ兵の捕虜の裁判をすると言っていますが、その裁判も公正に行って欲しいというメッセージだと思います。

3つ目には、ウクライナ国内の他の裁判所へのメッセージです。今回はキーウにある地方裁判所での裁判でしたが、これから国内のいろいろな地域の地方裁判所が戦争犯罪裁判をしていくことになりますので、その裁判所にも報復的な形の司法ではなくて、正当性を保った裁判をやって欲しいと。他の地方裁判所もこのようにやって欲しいというお手本だと思います。

プーチン大統領は裁かれるのか?

―――戦争犯罪に関する裁判は、ウクライナ国内で裁かれるケースと、国際刑事裁判所(ICC)で裁かれるケースに分かれます。今回、初の判決が出た21歳のロシア兵のような下級の兵士はウクライナ国内で裁き、責任がより重い人物については国際刑事裁判所(ICC)が捜査を進めると見られています。

今後プーチン大統領など上層部が裁かれることはあるのでしょうか?

越智)

プーチン大統領は一国の元首ですので、対等な関係の国であるウクライナが、刑事司法をするのは手にあまるものです。よってICCなど国際機関が関与して進めていくだろうと思われます。

ただ、ロシアはたとえ国際機関やICCが入っていても協力する見通しはありませんので、まずはウクライナで捕虜になっている下級兵士の事件を積み重ね、真実究明をしたうえで、最終的にICCで裁くことを目指していると思います。

現在ウクライナの検察とICCが協同で捜査をしており、どの人物をどちらで裁くのかという調整が今後図られていくと思います。

価値の転換 画期となる裁判

―――ロシア側の協力が見通せないなか、ICCが目標としていることは何でしょうか?

越智)

プーチン大統領など、今回の戦争状態をそもそも作り出した責任が最も重いとされる人たちに対して逮捕状を出すことが想定されます。逮捕状を出すと「国際指名手配」のような状態になりますので、それで国際的な包囲網を敷いていく。また、捜査結果を公表して世界に発信することで政治的なインパクトをもたせていく。それが目標だと思います。

―――戦時下でこうした戦争犯罪を裁いていくことの意義は何だと考えますか?

越智)

これまでの価値観として、「戦争中に起こったことだから仕方がない」というような、ある種の先入観があったと思います。しかし今回の裁判は、「戦争中であってもやってはいけない」という価値観の転換を具現化するものであると考えられます。

また、「プーチン大統領を裁けないと意味がない」ということがよく言われますが、裁判をして、戦闘中の行為であっても有罪とすることで、これは悪いことなんだというメッセージを一人一人の兵士に伝えていき、それを積み重ねることで次の犯罪を抑止する。そのような価値の転換をはかる力をもった裁判ではないかと考えています。