くまもとの風「67年目の新たな波紋 ~水俣病 求められる実態調査~」

NHK
2023年1月20日 午前9:50 公開

(稲塚貴一アナウンサー)

「公害の原点」と言われる水俣病。先月(2022年12月)、国が行ったある発表が新たな波紋を呼んでいます。いったい何が起きているのでしょうか。

頭や首、体につけられた電極。

国が発表したのは、最先端の技術で水俣病の症状を調べるという新たな手法です。この研究に国は15年以上、費やしてきました。

先月、その研究成果を水俣で報告。

(環境省担当者)

「メチル水銀による脳への影響をある程度客観的に評価できるようになったと」

しかし、被害者側は反発。手法の研究に時間を費やすのではなく、広い範囲の健康調査を一刻も早く実施してほしいと訴えました。

(出席者)

「明日からでも出来るじゃないですか、健康調査。別にMEGとか使わなくても。あなたたちがやっていることは全く欺瞞だしね」

(出席者)

「あと何年すればこの研究は終わるのか。どんどん死んでいってるぞ」

背景には、今なお訴えても届かない被害の現実があります。

(水俣病の症状を訴える女性)

「お母さんにも水俣病の症状があって、私にも症状があって。この親子がいたことを世の中に知ってもらいたい」

公式確認から67年となる水俣病。残された課題にどう向き合うのか、考えます。

(NHK熊本放送局 西村雄介 吉田渉)

【いまだに被害の全貌が分からない水俣病】

水俣病は不知火海一帯の魚介類が汚染され、熊本県や鹿児島県で大きな被害をもたらした公害です。化学メーカー・チッソが工場から流した排水に含まれる有機水銀が原因でした。

1956年に公式確認された水俣病。どこまでを被害として認めるのか、長年、論争が続いてきました。

これまで熊本県と鹿児島県であわせて2284人が「患者」として認められました。行政が審査し、補償金が支払われた人たちです。

さらに、患者とは認定されていないものの、一時金が支払われるなど政治的な救済策の対象になった人たちがあわせておよそ4万8000人います。(グラフに表示されているのは、重複を除いた実人数)

ただ、不知火海の沿岸にはおよそ47万人が住んでいたとされていて、被害者がどれぐらいいるのか、今もその全体像は分かっていません。

そのため被害者側は行政に対し、不知火海沿岸で大規模な健康調査を行い、実態を明らかにしてほしいと長年、訴えてきました。

一方、行政はどこまでを被害として認めるのか。ある症状をひとつの基準にしてきました。それが「感覚障害」です。

感覚障害は手や足などがしびれたり、感覚が鈍くなったりする症状で、水俣病の場合は全身に現れます。これまでは医師が筆や針などを使って体に触れ、その反応を頼りに診断をしていました。 

しかし、国はこうした方法は主観に左右され、誤差が生じやすいとして、今回、新たに感覚障害を機械で調べる方法を打ち出したのです。なぜそれが被害者側の反発を招いているのか、取材しました。

【国が打ち出した手法 感覚障害にこだわる国】

国が発表した新たな手法。その最大の特徴は水銀によって損傷を受けたとされる脳そのものを調べることです。

まず、手首に繰り返し電気で刺激を与えます。それが脳に伝わったときの反応を脳磁計という機器で計測をします。さらにMRIによって脳の断面を調べることで、水俣病特有の脳の異常を検知できるといいます。

国の研究機関で手法の開発に取り組んできた医師の中村政明さんです。感覚障害を主観に頼らずに検知する方法を探ってきました。

(中村政明さん)

「水俣病の神経症候の中で感覚障害が一番重要であると。それを客観的に評価をできないかということで。水俣病の可能性を見いだす検査になるかなと思います」

しかし、先月開かれた説明会では、国の報告に対し、批判の声が相次ぎました。

(被害者団体・支援者)

「脳磁計とMRI、これだけなのって感じがします」

「あと何年すればこの研究は終わるのか。どんどん死んでいってるぞ」

【調査で見えてきた多様な症状】

被害者側の反発の背景に何があるのか。

長年、水俣病患者を診察してきた水俣市の医師の高岡滋さんです。

水俣病には感覚障害以外にも多様な症状の広がりがあり、国の手法ではそれが見過ごされかねないと考えています。

高岡さんは2004年から10年以上かけ、民間の医師たちと共同で、不知火海沿岸のおよそ1万人を検診しました。

体の様々な不調について、「いつもある」と答えた人の割合です。赤は不知火海沿岸。そして、青は水銀の汚染がない地域。

比較したところ、感覚障害だけでなく、あらゆる症状で不知火海沿岸の方が高い割合を示していることが分かりました。

(高岡滋医師)

「だから、こういう症状はほとんど無視されてるわけですよ。こういうふうに、そのマスで出した時に、傾向が出てくるということはとても重要だなって感じています。いろんな症状で出てくる。純粋に健康障害を追究するというスタンスなしにこの病態を解明することはできない」

【感覚障害以外の症状でも苦しむ男性】

感覚障害以外の多様な症状。それに苦しむ人たちが直面する現実とはどのようなものなのか。

佐藤英樹さん。68歳です。みかん農家を営んでいます。

これまでに3回、行政に対し水俣病の認定申請をしましたが、いずれも認められず、現在、裁判を続けています。

(佐藤英樹さんの妻)

「ほんといろんなことがありましたね」

(佐藤英樹さん)

「いろいろあったもんね」

佐藤さんは1954年、水俣市の漁師の家に生まれました。食卓には魚が毎日並んでいました。

水銀を摂取した影響はまず家族に現れます。佐藤さんが3歳の時、祖父にけいれんの症状が出て、翌年に急死。その後、祖母と両親も発症し、後に認定されました。

佐藤さん自身も水銀の影響を受けています。へその緒を調べたところ、高い濃度の水銀が検出されました。幼い頃から手足のしびれなどの感覚障害はありましたが、行政は水俣病の症状とは認めていません。

(佐藤英樹さん)

「こっちがつった」

症状は他にも。特に悩まされ続けてきたのが、突然、体がつり、激しい痛みが襲う、こむらがえりです。

(佐藤英樹さん)

「ああ、痛い痛い。折れ曲がっとっど。動かんのよ、動かんのよ。動かんけん、手で起こしてくると」

痛みは数時間、続くことがあります。

(佐藤英樹さん)

「落ち着いた。それの繰り返し。さっきからずっと。きょうは」

佐藤さんが訴えるこむらがえりは民間の医師たちの調査でも、沿岸一帯で高い割合で見られることが明らかになっています。

「多様な症状を正式に水俣病の被害として認めてほしい」そのための国による健康調査を求めています。

(佐藤英樹さん)

「いろんな症状あっても人には言えなかった。ずっとそれをこらえてきているわけやし。感覚障害だけじゃなくて他の症状も色々あるわけやし、水俣病には。そういうのをきちんと調べなきゃ」

【精密な手法↔面的な調査】

(稲塚アナウンサー)

症状を含めて水俣病をどう捉えるのか、国と被害者側で大きく食い違う、その現実が見えてきました。ここからは西村記者とお伝えします。今回、新たに国が打ち出した手法ですが、被害者側の反発は大きいですね。

(西村雄介記者)

多様な症状を訴え続けてきた被害者側に対して、国は、感覚障害を精密に捉える手法に特化した研究にとどまってきたのが現実です。脳磁計とMRIの研究には、16年の歳月と16億円が費やされました。それだけに被害者側の落胆も大きいものがありました。

【脳磁計とMRIによる手法の課題】

(稲塚アナウンサー)

そもそも国は、今回発表した手法をどう活用していく考えなのでしょうか? 

(西村記者)

先月16日に開かれた住民説明会でもその点について出席者から質問が相次ぎ、環境省は次のように答えました。

(環境省 特殊疾病対策室 海老名英治 室長)

「この脳磁計とMRIによる評価法をどのように活用するかということにつきましては、さまざまな専門家のご意見を伺わなくてはいけないという風に考えておりますので、今後のスケジュールについて現時点では予断を持ってお答えすることはできませんけれども、できるだけ早く検討を進めたいと思っております」

(稲塚アナウンサー)

今回開発した手法をどう使うのか、今後の見通しは立っていないんですね。

(西村記者)

はい、そもそも手法自体にも様々な課題が残っていることが指摘されています。 

脳磁計は水俣に1台しかなく、検査には2時間ほどかかります。そのため被害者側が求める広範囲の調査には不向きだと言われています。

さらに検査の精度も課題で、健常者でも1割で異常を検知しました。国も水俣病かどうかの判断にはまだ使えないとしています。

(稲塚アナウンサー)

被害者側が求めてきた大規模な健康調査には、これではまだほど遠いですね。

(西村記者)

そもそも健康調査は、2009年に成立した法律の中で国が、“積極的かつ速やかに”行うと約束したものでもあります。たとえば大規模な検診やアンケート調査などを行うことが想定されています。しかし、13年以上経った今も国がそこに取り組んでいないということが今回の発表で明らかになり、大きな失望を招いたわけです。

(稲塚アナウンサー)

当時生まれた人ももう高齢となっています。対応が急がれますよね。
国による健康調査が進まない中で、水俣では民間で地道な聞き取り調査が続けられています。そこから見えてきたのは、今ようやく声をあげられるようになった人たちの存在でした。

【被害の聞き取りを続ける女性】

水俣で介護福祉士をしている永野いつ香さんです。

20年前、大学の研究の一環で住民への聞き取り調査を始め、今も続けています。

水俣病の患者の男性です。これまで水俣病のことを周りに話したことはほとんどありませんでした。永野さんが何度も通う中で、少しずつ自らの症状について語ってくれるようになりました。

(男性)

「感覚が分からんから」

(永野いつ香さん)

「冷たいですね」

(男性)

「動かせんようになった。指、動かない。両手両足を切断してもらって、義足はめた方が楽じゃなかろうかな」

【被害を訴え始めた親娘 決意の裏にある思い】

水俣の住民の多くは被害についてあまり語ろうとはしません。水俣病に対する差別や偏見を恐れているためです。

この日、永野さんが訪ねた親子も長年、声をあげられずにいました。

80代の治子さん(仮名)と、60代の娘、すみれさん(仮名)です。

治子さんは不知火海で獲れた魚を仕入れ、山あいの集落まで売り歩いていました。

(治子さん)

「魚はね。タチウオとかイワシ、アジ」

「自分が水俣病の被害を広げてしまったのではないか」そうした罪悪感から自身の症状を訴えることは、はばかられたといいます。

(治子さん)

「私たちが魚を持って行って、食べた人もおんなっとはおる。その人たちの体がそがんになった場合は私たちの責任じゃなかろうかと思うんですばってんが」

売れ残った魚は持ち帰り、毎日3食、家族で食べていました。30代の頃から、治子さんは手のしびれなどを感じ始め、症状は年々ひどくなっていきました。

(永野いつ香さん)

「感覚障害があるから爪がはげたことにも気がつかない」

治子さんは11年前、行政に対し「自分には水俣病の症状がある」と思い切って訴えました。しかし、結果は非該当。60年近く前に魚を売ったり食べたりしたことを証明できなかったためです。

(治子さん)

「やっぱもうなんも関係のなかって書いてあって、言うですけん、ほんならもうダメばいなぁ」

水俣病と疑われる症状は、娘のすみれさんにも現れています。全身にまひがあるすみれさん。幼い頃、脳性小児まひと診断されました。

しかし、5年前、水俣病の支援団体を母と訪ねたとき、水銀が影響している可能性を指摘されました。

(すみれさん)

「私のことを聞かれて、脳性小児まひですよって言ったけど、もしかしたらお母さんも症状があられるけん、水俣病じゃないかなと」

翌年、医師の診察を受けたところ、胎児性水俣病の疑いがあると告げられました。

水俣周辺では、すみれさんが生まれる数年前から、首が据わらず、けいれんを起こす子どもが次々と生まれていました。母親の胎内で水銀の影響を受けたことが原因です。

母の治子さんは「自分が魚を食べたせいで娘が水俣病になった」と自分を責め続けてきました。

(すみれさん)

「大丈夫です。大丈夫ですよ。あなたの子どもでよかったと思ってますから。大丈夫ですよ」

(治子さん)

「ありがとう。ごめんね。ごめんなさい」

2人は水俣病と認めてほしいと、今も、訴え続けています。

(すみれさん)

「泣かせたのは誰かってことをね、分かってもらいたい。というのが一番ありますけど。(申請が)棄却になったとしてもこの親子がいたことを世の中に知ってもらいたい」

(永野いつ香さん)

「事実は事実として残していかないと、この被害がなかったことになってしまうかもしれない。ひとつでもいいから、事実を聞いて、それを残していきたい」

【治子さん、すみれさんの背後にもっと多くの人がいる】

(稲塚アナウンサー)

治子さんやすみれさん親子のように、今ようやく声をあげられる人もいる。水俣病の被害の全容を把握することは本当に難しいですね。

(西村記者)

そうですね、親子のように患者の認定申請をしている人は1500人近くいます。裁判で被害を訴えている人も1600人に上るわけですが、潜在的な被害者がまだ多くいると考えられています。 

【国が調査を実施する難しさ】

(稲塚アナウンサー)

こうした現状がある中で、国はなぜ健康調査に踏み切らないのでしょうか? 

(西村記者)

複数の環境省OBと元国会議員に取材したところ、主に2つの指摘がありました。

(1)新たな”基準づくり”の難しさ

新たに調査に乗り出せば、どこまでを被害とするのかという議論になります。そもそも水銀は体に残らず、汚染された魚をどれくらい食べたのか、今となっては科学的な証明が難しいと言われています。そのため、どういった症状を水銀の影響とするのか、感覚障害以外の新たな基準を設けることが困難だという指摘です。

(2)補償額をめぐる懸念

そして、こんな指摘もありました。

国が健康調査を行うと約束した2009年の特別措置法。その策定に国会議員として関わった、松野信夫さんです。当時、補償に結びつく調査に消極的な環境省の姿勢を感じたと言います。

(松野信夫さん)

「その調査研究(健康調査)と被害者の救済補償というのとできるだけもう切り離したいと。純粋に調査研究、それが被害者の発掘だとかあるいはその補償問題につながるというのをできるだけ断ち切りたい。避けたいというのがもう僕らも(環境省と)話をしてて、あのひしひしと感じているところで」

(西村記者)

調査の結果を踏まえて、より多くの人を認める方向で基準を変えることになると、補償額も膨らみます。税金が事実上使われるため、行政は及び腰だという指摘でした。

【これからどうすればいいのか?】

(稲塚アナウンサー)

打つ手はないんでしょうか。

(西村記者)

取材の中で聞かれたのは、補償といったん切り離し、住民たちの健康不安に応えるという目的で調査を行うこと。その上で医療福祉を充実させる道を探れないか、という意見もありました。

(稲塚アナウンサー)

ただ行政が大きく方針を変えるというのも難しそうですね。

(西村記者)

打開の道があるとすれば、司法の判断、そして政治のリーダーシップです。特に政治を動かす上では、世論の高まりがカギになると思います。

(稲塚アナウンサー)

水俣病は私たちが恩恵を受けた経済成長の裏で起きた現実であり、今なお続く問題です。決して他人事ではなく、私たちひとりひとりが忘れてはならない、改めてそう感じました。

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