フミダス!ガマダス「豪雨拾得物を持ち主の元へ! ~バレーボール前編~」

NHK
2022年4月26日 午後2:25 公開

NHK熊本局の記者グループ「災害機動班」です。
3月11日に新企画の番組「フミダス!ガマダス」の記念すべき第1回が放送されました。

この「フミダス!ガマダス」は「私たちの取材力を生かして地域のお困り事を解決しよう」というのがコンセプトです。熊本の皆さんと共に一歩を踏み出して!頑張る!そんな思いを込めた新企画です。

「豪雨で流失したバレーボールの返却」

今回は第1回の「フミダス!ガマダス」で放送した「豪雨で流失したバレーボールの返却」について取材の裏側も含めてお見せしたいと思います!

それでは、フミダス!ガマダス!(取材班:木村隆太・岸川優也)

あまび~

豪雨拾得物を返そう!

「人吉市に豪雨で流失し、その後届けられた拾得物がある。持ち主が見つからないので返却のお手伝いができないか」

年明けの会議でこう提案したのは記者グループ「災害機動班」のまとめ役である馬場キャップ。3月に放送を控えていた「フミダス!ガマダス」の会議中のことだった。

「フミダス!ガマダス」は年明けに始動したばかりの新企画。まだ何をするのかわからないなか、中国の支局での駐在経験もあるベテランの馬場キャップの提案に全員が賛同した。

(右から人吉市の新門孝治さん、取材班の木村記者、岸川記者、馬場記者)

(右から人吉市の新門孝治さん、取材班の木村記者、岸川記者、馬場記者)

さっそく人吉市の仮庁舎に向かうと施設の管理などを担当する総務部の新門孝治さんが出迎えてくれた。案内されたのは仮庁舎の奥にある倉庫。
そこには豪雨のあと球磨川流域などで見つかった遺影や位牌のほか、寄せ書きが書かれたバレーボール、アルバムなどが棚に並べられていた。

その数なんと158点!(1月末時点)

アルバムの写真などは何が写り込んでいるのかわからないものもあり、ほとんどに豪雨で水に浸かった形跡が残っていた。

(倉庫に保管された豪雨拾得物)

(倉庫に保管された豪雨拾得物)

新門さん「いろいろ手がかりをたどって、持ち主を調べました。ただ、個人情報の壁に当たって、持ち主が見つかっていません。なるべく早く返したい気持ちはありますが、調べようがなくて、これまでに返却できたのは3点だけです。非常にもどかしいです」

返却作業が難航するのにはいくつか理由があるという。
まず、豪雨のあと市の職員が最優先で取り組んだのが被災者の生活支援など災害対応。通常業務と兼務する職員も多かった。さらには職員の3人に1人が被災していたこともあり、返却作業に時間を割く余裕がなかったのだ。

次に、豪雨災害が広範囲で起きたということ。拾得物が見つかったのは人吉市や球磨川の河口付近など。たとえ保管場所が人吉市でも、持ち主が人吉市にいるとも限らない。職員が戸籍などを調べようとしてもそもそも人吉市に情報がないこともあるのだ。

そして、持ち主を探すための法的根拠がないということ。国は「災害廃棄物対策指針」のなかで災害時に届けられた拾得物の取り扱い方針を示している。ただ、そこに記されているのは「持ち主が大事にしていると思われるアルバムや位牌などは廃棄しないで、きれいに保管して、可能な限り持ち主に引き渡す」というもの。つまり、持ち主さがしに具体的な手法までは示されていない。実際の運用は各自治体に任されているうえに、指針は戸籍を調べる際の法的根拠にはならないのだ。

新門さん「持ち主にとって大事な宝物もあると思うので、心情的にも簡単には処分はできないです。なるべく早く返してあげたいという気持ちがありますね」

何とかして力になりたい。
そこで私たちは手がかりが残されている拾得物をいくつか選び出した。
そして、木村記者と岸川記者が「あみ先輩」と書かれたバレーボールを、馬場キャップと元浦ディレクターがアルバムをそれぞれ持ち主に届けようと第一歩をフミダスことになった。

取材は同時並行で多角的に!

とはいえ、本当に持ち主は見つかるのか・・・。不安がよぎったが、あらゆる取材方法を同時並行で進めていくことにした。

- 取材方法1:じっくりボールを観察 -

あわよくばボールに学校名など直接持ち主に結びつく情報は書き込まれていないだろうか。そう思いながらじっくりとボールを観察してみる。

「トスをあげてくださりありがとうございました」
「優しく明るい先輩が大好きです」

寄せ書きは全部で10。あみ先輩への思いが伝わってくる。だが、残念ながら直接的なヒントまでは書かれていない。
しかし、分析をしてみるといくつかのキーワードが見えてきた。

(ボールから読み取れたキーワード)

(ボールから読み取れたキーワード)

取材方法2:製造時期を調べる -

ボールには製造番号が記載されている。製造時期がわかれば、卒業した時期を絞り込めるかもしれない。そこでメーカーにも取材してみることにした。

(ボールメーカーの杉井秀平さんと、右下がオンライン取材する岸川記者)

(ボールメーカーの杉井秀平さんと、右下がオンライン取材する岸川記者)

対応してくれたボールメーカーの杉井秀平さんによると、ボールの製造時期は2019年12月1日から31日。サイン用のマスコットボールとして販売されている商品だという。豪雨が2020年7月に発生したことから、その年の3月に卒業した可能性があるとみられるようだ。

製造時期が絞り込まれたことは心強い。

取材方法3:中学校に取材 -

人吉市によるとボールが発見されたのは、八代市を流れる球磨川の河口付近だという。そこで、発見場所付近の中学校にあたってみることにした。

まず、向かったのは発見場所に最も近い八代市立第三中学校。取材に応じてくれたのはバレーボール指導歴約30年のベテラン、松村智朗先生だった。
さっそくボールを見せてみると・・・

松村智朗先生

松村先生「これだけだとちょっと分からないですね。被災した八代市坂本町にある坂本中学校でもないですね。バレーボール部がないですから。球磨川上流の人吉・球磨のほうじゃないかなと思いますよ。球磨村、相良村とかにもバレーボール部はありますからね」

松村先生がいうように八代市の可能性は低そうだ。ただ、可能性をすべてつぶしておくのも取材の鉄則。念のため八代市の中学校に片っ端から確認してみると、いずれも「該当なし」ということがわかった。

- 取材方法4:バレーボール発見者に取材 -

あわせて私たちはボールの発見者の戸高丈雄さんにも話を聞くことができた。案内してくれたのは八代市建馬町にある、球磨川から分かれた前川に面した漁船の係留地点。保管場所の人吉市から50キロ以上離れた場所だった。

戸高さん

ボールを見せると戸高さんは記憶をたどるようにして当時のことを話してくれた。
豪雨の後、戸高さんは川の様子が気になって見に来たという。そこには多くの流木や家財が漂着していた。そこでボールが目にとまり、近くに落ちていた棒を使って拾い上げたという。

戸高さん「あまり覚えてないですけど、ぷかぷか浮いていたな。あっ、ボールがあると思って。ほかの災害ゴミだったら、たぶん拾ってないと思いますけど、寄せ書きがたくさん書いてあったのでひかれたんですよね」

その後、ボールを自宅に持ち帰り、泥をきれいに洗い流すと、寄せ書きもくっきりと見えるようになった。そして、その言葉ひとつひとつに心を動かされたという。

さん「見ただけでその子が部活を頑張っていたんだろうなって。下級生の子がいっぱい寄せ書きをしていたので、本人に渡してあげたほうが今後のためにも嬉しいのかなって思いましたね」

そこで戸髙さんは家族と一緒に、ボールを拾ったことをSNSに投稿し、持ち主をさがしだそうとした。すると・・・。

さん「どうも球磨村の女の子みたいな話が出て、球磨村の中学校に預ければわかるんじゃないかなと。それで行ってみたら、通行止めになっていたので、後日、人吉市が預かってくれるという話を聞いて、人吉市に預けることにしたんです」

いざゆかん、球磨村へ!

断片的な情報を集めた結果、あみ先輩像がぼんやりと浮かび上がってきた。
それは「あみ先輩は以前、球磨村の中学校のバレーボール部でセッターを務め、豪雨が起きる数か月前に中学校を卒業した」とみられるということ。

球磨村へ

あみ先輩にボールを届けられるのか、私たちは車を球磨村に向けた。

次回、後編に続く・・・。

後編はこちら