「バス送迎」「トラックでの投票」模索続ける自治体

NHK
2023年5月10日 午後6:03 公開

投票所までのバス送迎や、トラックの荷台を活用した移動式の投票所…。

秋田県では、急速に進む人口減少が選挙制度の「運営」にも影響を及ぼしています。

4年に1度の統一地方選挙で、投票率アップに向けて、鹿角市と湯沢市で新たに始まった取り組みを紹介します。

(秋田放送局 記者 須川拓海)

鹿角市で投票所が激減

「年を重ねても有権者であることには変わりはないので、足が続くかぎりはその責任を全うしたいと思いますが、やはり不便になるなと思います」

こう話すのは、鹿角市の山あいにある土深井地区の自治会長、柳沢義一さん。

去年、自宅から徒歩3分の場所にある地区の集会所に設けられていた投票所が廃止され、最も近い投票所でも7キロ遠くなりました。

鹿角市にはこれまで46か所に投票所があり、それぞれの自治会の会館などで票が投じられてきました。

しかし、鹿角市は去年の参議院選挙から投票所を6か所に激減。

これまでの投票所40か所を廃止した上で、6か所をどの地区に住んでいても投票ができる「共通投票所」としたのです。

人口減少で維持が困難に

背景にあるのは人口減少です。

鹿角市では有権者の数が20年前から7000人以上減りました。減少率は20%を超えます。

人口減少に伴って、投票が公正に行われているかチェックする立会人の確保も難しくなってきました。

立会人は、有権者の数に応じてそれぞれの投票所に2人から5人が必要で、10年以上自治会長を務めている柳沢さんは、選挙のたびに地区の住民の中から立会人を推薦してきました。

しかし、人口減少や高齢化とともに限界を感じるようになってきたといいます。

「投票の間、立会人は何もできないし、みんな年をとってきたので体力的にも大変です。その上、若い人は減っているし、そもそも若い人は仕事などもあって忙しい。頼める人がほとんどいなくなってしまったので、しかたなく自治会の役員にやや強引にお願いしてきました」

さらに、投票所の運営を担う市の職員も減っています。現在は約270人で、30年前と比べると200人以上減りました。職員が減ることで負担が増えたこともあり、鹿角市は投票所を減らす決断をしました。

しかし、去年の参議院選挙の投票率は、前回から6.18ポイント下がり49.12%。

県内の市町村で唯一、50%に届きませんでした。

移動支援で投票機会の確保を

この結果を受けて鹿角市が打ち出したのが「鹿角市投票率等向上推進計画」です。

そこに盛り込まれた柱の1つが、住民の「移動支援」。県議会議員選挙で、地元のバス会社と協力して、住民を共通投票所までバスで送迎することにしました。

バスは、これまで投票所だった8か所を回り、それぞれの一番近い共通投票所に向かいます。対象は、いずれも投票所が4キロ以上遠くなった地区に住み、家族の支援などを受けられず、移動手段の確保が難しい高齢者や障害者としました。

(鹿角市選挙管理委員会 相馬天事務局長)

「今までは、投票所を構えて有権者に来てもらうという、どちらかというと受動的なものだった。これからは、それに加えて、人が集まるようなところにこちらから出向いて、能動的に投票を促したい」

投票日当日。バス2台で投票所への初めての送迎が行われましたが、待ち受けていたのは、想定とは異なる事態でした。

市は、2台のバスであわせて100人以上の利用を見込んでいましたが、利用したのは、わずか2人だけだったのです。

(バスを利用した女性)

「今回はバスが出るというので利用しました。ほかに乗っている人がいなくて貸し切り状態だったのでなんだか申し訳ない気持ちです」

投票率は52.13%で、県議会議員選挙としては過去最低を更新。試行錯誤が続くなか、鹿角市は次の選挙ではバスによる移動支援は取りやめることを決めました。その上で、移動式の投票所で地区に出向き、期日前投票を促すことなどに力を入れるということです。

ただ、県内でも有数の豪雪地帯のため、冬の時期の選挙となるとこうした対策を行うことは簡単ではなく、課題が残ることになりました。

(鹿角市選挙管理委員会 相馬天事務局長)

「大都市だったらこういう対策もできたとか、雪国でなければこういう対策もできたなどと考えることもある。それでも、この鹿角市の環境でやるしかないので、その中でできるかぎりのことを尽くしていきたい」

湯沢市はトラックの荷台を投票所に

今回の選挙で、投票を支援するための新たな取り組みは、県南部の湯沢市でも行われました。

湯沢市で行われたのは、トラックの荷台を投票所に生まれ変わらせようという全国的にも珍しい試みです。

荷台の広さはわずか6畳たらず。ここに記載台や投票箱、立会人が座るスペースなどをパズルのように配置しなければなりません。

なぜこのようなユニークな取り組みが行われたのか。

背景にあるのは、人手不足です。

(バスを使った移動期日前投票所 画像提供:湯沢市選挙管理委員会)

山あいの地域に出向く移動式の投票所。これまでは路線バスを活用してきました。3年前、人口減少で投票所を61か所から28か所と半分以下に減らした代わりに始めました。

しかし、今回の選挙では、人手不足でバスの運転手が確保できないと、地元のバス会社から断られてしまいました。

バス会社によると、運転手が高齢化し定年を迎えるなどして減っている一方、人口減少や仕事の多様化などを背景に新たに就職する人が少なくなっていることから、慢性的な人手不足が続いているといいます。

(湯沢市選挙管理委員会 村上始事務局長)

「できればこれまでどおりの形で実施したかったのですが、事情が事情だけにこのような形になったのはしかたないのかなと思います。そのなかでも何らかの方法で移動期日前投票を実施したいと考え、トラックを活用することになりました」

トラックに目をつけた理由は、市の職員でも運転できるからです。

(運転手を務める市の職員)

「責任をすごく重大に感じています。安全に運転して無事に業務をこなしたい」

手作りの投票所には課題も

手探りながら始まったトラックへの投票所の設営。最大の課題は、高さ90センチもある荷台に、どう上り下りするかです。投票所として出向く地域は高齢化が進み、お年寄りが使うことが想定されていたためです。

そこで登場したのが、特注の階段。

お年寄りでも安全に利用できるようにステップにゆとりがあり、手すりも取り付けられています。車いすの人にはトラックに備え付けられているリフトを活用することで対応できることを確認しました。

こうして投票所が完成し、迎えた初日。

はじめに向かったのは、秋ノ宮地区の旧中山小学校です。

午前10時のスタートから続々と地域の人たちが投票に訪れました。投票所を開いた2時間にこの場所で55人が投票。期間中、トラックは13か所を回り、期日前投票が行われました。

(投票した人)

「揺れることもなく安全に記入できた」

「上がり口がすこし厳しいかなと思いましたが、手すりもついていたのでよかった。座席がないぶん、中もごちゃっとしていなくていいと思います」

立会人や市の職員も、狭い荷台ながらも場所を確保して、なんとか座ることができました。

(立会人)

「きょうは晴れて暖かかったのでよかったが、それでも少し風が入って寒かった。雨が降ったら大変かもしれない」

湯沢市は、今回の取り組みで見えてきた課題を整理した上で、投票の機会を確保するための試行錯誤を続けていくことにしています。

(湯沢市選挙管理委員会 村上始 事務局長)

「どういう手段にしても簡単な正解というのはないと思いますが、地域の方々の投票を支援するという一番の目的に向かってさまざまな取り組みを考えていきたい」

取材を終えて

秋田県は、人口減少率が10年連続で全国で最も高くなっているうえ、面積も広く、過疎化も大きな課題となっています。選挙の運営にも人口減少や人手不足が影響していることは驚きでした。

取材のなかで、「選挙は、生まれてからずっと家から歩いていくものだった」「投票所まで車で行かなければならないとなると、心理的なハードルも上がる」といった声も耳にしました。

民主主義の根幹といわれる選挙制度。どこに住んでいても投票する機会が奪われることはあってはなりません。とはいえ、人口が減り続ける中でこれまでの投票所をこの先もずっと維持していくことは現実的ではないとも思います。選挙の運営や投票のあり方を改めて考え直す時が来ているのかもしれません。

須川拓海

2018年入局。津局を経て2022年夏に秋田局へ。投票したあとに投票済証をもらうことが選挙の1つの楽しみでしたが、今住んでいる秋田市では発行されていませんでした。