どうする公共交通 前編 近江鉄道の模索は

NHK
2022年12月2日 午後7:55 公開

「28年連続で赤字」

全国的に鉄道事業が厳しいというのは知っていましたが、去年11月に大津放送局に赴任した私は、近江鉄道の担当者から聞いたこのことばに少なからず衝撃を受けました。

取材を進めてみると、地域の足として欠かせない面がある一方で、厳しい事情も見えてきました。

地域の公共交通について考える「どうする公共交通」。前編は赤字経営が続く近江鉄道の模索をお伝えします。

(大津放送局記者 光成壮)

イベントは大盛況 でもふだんは…

近江鉄道彦根駅前 ありがとうフェスタ

ことし10月16日の近江鉄道彦根駅前。大勢の人が集まっています。

そして駅の構内にも…。

近江鉄道彦根駅 電車に乗る人たちで行列に

ずらりと行列ができています。

この日、近江鉄道は、なんと全線を1日無料で乗車できる試みを行っていました。

この日の乗客は推定で3万8000人。

ふだんの近江鉄道の乗客は、定期外の利用では1日3100人程度だと言います。実に12倍に上る人が詰めかけたことになります。

担当者をして「予想をはるかに超えた人が訪れた。無事にイベントを終えられてよかった」とまで言わしめるほどの人出でした。

しかし、ふだんの平日の日中は。

乗客がほとんどいません。午前9時台の便でしたが、乗っていたのは6人でした。

年間の乗客数は昨年度でおよそ400万人。ピークだった50年余り前と比べると、6割以上減っています。

続く赤字 乗車する体験を

近江鉄道の営業損益 28年連続で赤字

また、1994年度以降、昨年度まで28年連続で赤字が続いています。

乗客の減少も要因の1つですが、それ以上に線路や駅舎など鉄道施設の維持管理に多額の費用がかかることが背景にあるとしています。

全線1日無料という思い切った取り組みは、こうした厳しい状況の中、一度鉄道に乗る体験をしてもらうことで今後の利用につなげようという狙いで行われたものでした。

近江鉄道 山田和昭 鉄道部 部長

「乗らず嫌いをなくしていくためには、1回でも乗ってもらい、乗ったら意外に便利だったな、早かったなと感じてもらうことが第一歩かなということがあるので、無料イベントで体験者を増やしていこうと考えました」

沿線の団体と連携

ただ、単発のイベントでは、継続的な乗客の増加にはつながりません。このため、沿線で活動する団体との連携も進めています。

近江鉄道の意見交換会

全線無料の催しから1か月ほどたったこの日行われたのは、沿線のまちづくり団体や商工会議所などによる意見交換会です。集まった団体の多くが、催しの日に各地の駅でイベントを開催していました。

まずあがったのは、無料イベントの反省点です。

「無料という伝家の宝刀を最初に使ってしまった」

「無料ではなく、500円でも定期的にできないか」

「乗った人にきっちりとアンケートを取って乗った目的を聞くべきだった」

また、家族連れが楽しめるイベント列車の運行など、今後どう乗客を増やしていくかについても、積極的に意見が交わされました。

参加した団体の男性

「近江鉄道の活性化のために何をしたらいいか分からない部分があったので、こういう機会で、僕ら住んでいる地元の団体とか地元の人間が、共にやっていこうというきっかけ作りにはなったと思います」

地域の足として欠かせない一面も

イベントなどで乗客の増加につなげようとする近江鉄道ですが、地域の足として欠かせない一面もあります。

午前7時台の近江鉄道 八日市駅 たくさんの高校生や会社員の姿が

記事の冒頭に、ほとんど乗客がいない車内の写真を載せましたが、こちらは午前7時台の電車です。たくさんの高校生や会社員の姿があります。中には、100人以上が乗っている便もありました。

近江鉄道では、通勤や通学の定期券利用者が全体の7割を占めているのです。

そこで、去年から沿線の高校などが開く学校説明会にも参加。

定期券を持っていれば、休日は100円支払うだけで全線に乗れることなどを紹介する資料を使ってメリットをアピールしています。

こうした取り組みの結果、ことし4月から8月の定期券の利用者は、去年の同じ時期と比べてわずかに増えました。

しかし、沿線地域で人口減少が続くなか、経営環境は厳しさを増していると言います。

近江鉄道 山田和昭 鉄道部 部長

「28年間赤字が続いているというようなことで、これはもう民間企業として単独で維持するというのは厳しい。通院とか買い物とか、いろいろなニーズの中で使ってもらっている。地域に支えられる鉄道でもあるし、地域の役に立つ鉄道にもなっていかないといけない」

廃線ではかえってコスト増

実は近江鉄道、一時は廃線にしたらどうなるのかも検討されました。

会社は2016年、単独で事業を続けることは困難だとして滋賀県に対して支援に向けた協議を申し入れました。

その後、2019年には法律に基づく協議会が設置され、「鉄道を残すことで自治体が負担するコスト」と「廃線によって自治体が負担するコスト」が比較されました。

その結果、▼車を利用する人が増えて沿線道路の交通量が増加するため道路の拡張工事の費用や、▼鉄道を通学で利用する高校生のスクールバスの費用などで、少なくとも年間19億円程度が必要だと試算されたのです。

これは、近江鉄道の鉄道事業に関する年間の赤字額を上回っていて、自治体にとっては鉄道事業の赤字を穴埋めしたほうが経費を抑えられることが分かったということです。

上下分離方式へ

このため、近江鉄道の運営は2024年度以降、「上下分離方式」という方式に移行します。

それってどういうこと?というのが率直な疑問だと思います。

こちらのように右下の部分、線路や車両、駅舎などを自治体が保有し維持管理します。一方、右上の部分、列車の運行は民間、つまり近江鉄道が行う方式です。

これまで経営を圧迫していた施設の補修などは県と沿線の自治体が負担することになり、近江鉄道の赤字は解消される見通しです。

経営の厳しさは変わらない

ただ、赤字が解消されると言っても、乗客が増えなければ赤字額の負担が自治体に移るだけです。

このため、近江鉄道も今後さらに乗客を増やす取り組みを続け、経営改善に努めていくとしています。

一方で、地域の公共交通の厳しさは、近江鉄道に限った話ではありません。ほかの鉄道やバスなども今後どう維持していくかは大きな課題です。

後編では、こうした状況を背景に滋賀県で進む、公共交通を支えるための”新たな議論”について詳しくお伝えします。

大津局記者 光成 壮

2017年入局。初任地の盛岡局を経て2021年11月から大津局。休日はどうしても車を使ってしまいますが、京都や大阪に行く時には電車を使いたい。取材では、近江八幡市や東近江市も担当しているため、近江鉄道に乗ることもあります。