森永卓郎さん
経済アナリスト/獨協大学経済学部教授
経済・雇用政策 ライフスタイルなどを研究
大衆文化に詳しく空き缶やおもちゃなどのコレクターとしても活動
●開放特許で日本経済は確実に良くなる!?
廣瀬アナ 埋もれた特許からの新ビジネス。ポストコロナの鍵となるかもしれません。経済アナリストの森永卓郎さんは、開放特許の活用をどのように見ていますか?
森永さん 大企業にとっては眠っていた特許を中小企業に提供することで契約料が入ってくる。中小企業は開放特許を使って新しい商品や事業を立ち上げられる。ウィンウィンの関係になっているわけです。中小企業というのはニッチなニーズ、変化するニーズに対応するのが得意で、どんどん進めたら日本経済は確実に良くなる。最大の問題は何かというと、「えっ、開放特許って何?」という、まだまだ知られてないところ・・・。
廣瀬アナ 開放特許の活用で売上が2.5倍となった飲食店(VTRで紹介)。いかがですか?
森永さん 「コロナで売上が減ってテイクアウトに移らないといけない」というのは、ほとんどの飲食業が分かっていたんだと思うんですよ。だけど、売上が2.5倍になったのは開放特許を使って、消費者にもっといい商品を提供できるようにしようというアイデアを思いついたのが、大きな勝因だったんだと思うんです。
●メリットはスピード感!
廣瀬アナ この開放特許のメリットの一つがスピード感。「特許を取る」となればアイデアを思いついてから研究・開発・出願を経て、ようやく商品化となるわけですが、開放特許を活用すれば、「発案」から「特許を取る」までを省略できるわけですよね。
森永さん そうなんです。中小企業はニッチなニーズへの対応、地域にどんなニーズがあるのかをよく分かっている。その上で、このスピードというのはものすごく大切で、せっかくいいものを出しても、流行が終わっちゃって、みんながいらなくなった時に出しても意味がないわけですよね。
廣瀬アナ そのスピード感は大企業よりも中小企業のほうが強みとしては持っている?
森永さん そうですね。大企業というのは巨大船みたいな会社なんですよ。ちょこまかは動けない。大量につくるのは得意なんですけど。中小企業は小型ボートみたいなもので、一番の強みはどんどん変化に対応していける。このスピードを助けてくれる開放特許の仕組みは、すごくいいと思います。
廣瀬アナ 開発特許から生まれた商品の中で、何か気になるものはありますか?
森永さん この扇子(持ち手に抗菌加工が施されている)が一番好きですね。なぜかというと「じゃあ、大企業が扇子を作りますか」という話なんですよ。これを大量生産して1億人の日本人が使うかって、そんなことはない。やっぱり扇子を好きな人って限られているので。ただ、好きな人にとっては“抗菌”というのは、すごい大きなアピールになるわけです。だから、こういう使い方が開放特許の一番いい使い方なんだと思います。
廣瀬アナ どんな開放特許があるか知りたいという方には、「開放特許情報データベース」があります。企業、大学、研究機関等の開放特許を一括して検索でき、その目的や効果を見ることが出来ます。現在の登録件数は2万3000ほどです。
森永さん 目的は分かりやすいんですけど、技術の中身ってなると実は結構難しい部分がある。やっぱり技術ですから…。例えば、経営者で現場にそんなに詳しくない人が見ても、読み物として読みやすいようには書いてない。たぶんご覧になっても「これでいけるぞ」となる中小企業の経営者は主流ではないと思います。「よく分かんないな」っていう人のほうが正直言って多いんじゃないかな。
●開放特許→商品化のカギは!?
廣瀬アナ これをどう活用するかっていうところが大切ですよね。
森永さん ええ。だから誰かアドバイスしてくれるような人がいないと。データベースはその一つで、中小企業の経営者が全部見ることは出来ないですよね。
和田D 専門家によると、仮に1000の中小企業がこの開放特許のことを知っても、実際に商品化できるのは2、3件という指摘もあります。
廣瀬アナ こうした中、注目されるのは「開放特許と中小企業のマッチング」ですが、VTRで紹介した信用金庫の取り組みをどのようにご覧になりましたか。
森永さん 素晴らしい取り組みだと思いました。信用金庫の担当者は現場を回って、中小企業のものづくりや経営の具体的な中身をよく分かっているわけです。そこで開放特許をどう使ったらいいか、コンサルティングしてマッチングするのは、本当にいい取り組みで、ほかの信用金庫もやってほしいなと思う。
ただ一つ限界があるのは、開放特許の内容や使い方などについて大企業に問い合わせていますよね。信用金庫の職員は、技術の専門家じゃないんですよ。本業は融資なので。だから、技術のことが分かっている人がマッチングを行えば、もっと可能性が広がって幅広い特許に行き着くことができると思う。
マッチングを進める大牟田柳川信用金庫
廣瀬アナ そこをどこが担えるのでしょうか?
森永さん 各地域の経済産業局。彼らがもっと現場に入り込むのが一番望ましいと思うんです。技術のことをよく分かっているし、比較的幅広い知識を持っているわけです。ところが、何が問題かというと、企業を集めて勉強会はやっているんですが、どんどん現場に入っているかいうと、そういうことはあんまりない。
かつてはやっていたんですけれども、世間で役人と企業の癒着の批判があったんで、一歩引いちゃっている部分があって。でも信用金庫の職員は中小企業と癒着しているわけじゃないじゃないですか。だから、同じようなことを技術をよく分かった経済産業局の人がやってくれたら、もっとよくなると思うんです。
●開放特許で日本のものづくり復権へ!?
廣瀬アナ 和田ディレクター、取材する中でヒントはありましたか。
和田D 川崎市では「川崎モデル」と呼ばれる形をつくっていて、行政と地元の信用金庫などが一緒になって中小企業に対して、開放特許のマッチングを行っています。例えば、「商品化にお金がない」というとき、「こういう補助金があります」と紹介したり、大企業との難しい契約をサポートしたりするなど、これまでに45件の契約を成立させています。さらに「川崎モデル」を全国に広げようとしていて、九州では福岡県大牟田市、宮崎県延岡市と連携するなど、約30の自治体と連携をしています。
森永さん 私から見ると、それは素晴らしいんですよ。けど、やっぱり30ぐらいしかできてないわけですよね。もし国として大きな方針を打ち立てれば、それこそ1000とか、1500っていう単位でできるわけですよ。開放特許の活用は、非常にいい取り組みだと思いますから…。誰も損しないんです。ウィンウィンなんですよ。
だけど、どうも国レベルになると、「日本に半導体事業を持ってきて再び発展させるんだ」とか、そういう大きいところは予算も付きやすいし注目も集めやすいけど、本当に日本の足腰を鍛えようと思ったら、中小企業をきちんと復活させることが「日本のものづくり復権」のために一番大切なことになると思うんです。一つ一つが小さく地味なんで、メディアもあんまり注目しないようなところもあるからこそ、もっと地に足の着いた議論をしたほうがいいと思うんです。
●中小企業へ 事業変革のチャンス
廣瀬アナ 一方、特許の契約から商品化までに約3年かかったケースもあります。中小企業はどう取り組んでいけばいいんでしょうか?
森永さん 今こそ中小企業は、新しい事業分野、新しい商品の開発にどんどん展開していかなきゃいけない時代に来ているんだと思うんです。開放特許を使ったらすぐに商品ができてV字回復って、そんな簡単な話ではないですね。だけど、コロナで景気がそんなによくない時代こそ、企業が変わるチャンスなんですよ。やっぱり順風満帆だと、誰も物事を変えようとしないんですね。厳しくなって「何かしなきゃいけないな」っていうときが事業変革のとき。そのきっかけになる大きなテーマが開放特許なんです。だから、そこをもっとアピールすべきだと思いますよ。
●日本経済を支える好循環へ
森永さん 大企業のほうも、まだ開放している特許の割合は多くない。せいぜい数パーセントだと思うので、それをもっと広げていく。そして、中小企業がその開放特許で発展してくれれば、そこから契約料がどんどん入ってくる。
今、日本の大企業も基礎研究にあまりお金を出さなくなっちゃっているんですね。そうすると長期の発展に結び付かないんですよ。だから、その契約料をもらって、大企業はさらに50年、100年先の技術開発に専念するんだっていう好循環が生まれるとすごくいいと思うんですよね。
廣瀬アナ 多くの特許を開放することで中小企業がもうけて、そのお金が大企業の研究を支えるというサイクルができると。
森永さん そうですね。1980年代ぐらいまでは、日本のものづくりは世界最強だったわけですよね。それがどんどん他のアジアの国にマーケットを奪われたのは、一つは研究開発の停滞があったと思うので。でも、天からお金は降ってこないわけですからね。実は、大企業は技術だけじゃなくて商標権、意匠権など、いっぱい知的財産を持ってるんですよ。これを活用するような空気に変えないといけないと思うんですよ。
●開放特許は“モノが生まれる”大きな土台
森永さん アイデアや新しい商品は、“無”からは生まれないんです。何か異質なものが組み合わさったときに、新しいものが生まれるんです。だから、眠っている特許というのは、一つの大きな土台になるんです。大企業のほうは分からなくても、中小企業でいろんなニーズに向かい合っている人たちがそれを見たら「これ、使えるじゃん」ということに絶対なっていくので、マッチングをしっかりしてほしいなと思いますね。
廣瀬アナ 開放特許は中小企業にとってスピード感がメリットだと思ったんですが、ある意味では、長期的に日本経済を支えていく土台とも言えそうですね。
森永さん そうなんです。中小企業の中でも「確かに事業変革をしなきゃいけない」「このままだとずるずる落ちてっちゃうぞ」っていうのは分かっていても、何から取り組んだらいいか分かんない企業って、たくさんあるんですね。そういったところにヒントとなる“技術”、開放特許を見せるのがいいと思います。
●どうなる!?これからの経済・・・
廣瀬アナ 今後のこの経済、どうなっていくと見ていますか。
森永さん OECDの経済見通しでは、例えば、今年のアメリカの経済成長率0.5%、ユーロ圏、ヨーロッパも0.5%で、ドイツとイギリスはマイナス成長という予測になっているんですね。私も長いこと経済を見てきて、こんなに悲観的な予測が出ることはないんです。もうすごいインフレで、欧米はとんでもない金融引き締めになっているんで経済がよくなるはずがないんですよ。
逆に厳しい状況だからこそ「みんなが変わらなきゃ」って思う。たぶん私は、今年から2025年ぐらいまでの2年間は、経済社会がガラッと変わる大きな変革期になるんだと思っています。
実は、今から100年ぐらい前が、日本の経済社会が大転換した時期なんですね。第一次世界大戦が終結して戦争特需がなくなって、「スペインかぜ」が3年ぐらい日本を苦しめたんです。そのあと、非常に大きな不況が起きる中で、国民生活が大転換するキーワードが“和洋折衷”だったんですよ。
例えば、筆から鉛筆や万年筆を使うようになって、クレヨンとかクレパスを使うようになる。和菓子しか食べてなかった日本人が和洋折衷のお菓子を食べるようになって、畳から椅子に座るようになった。そういうニーズに対応するために、次々に企業が創業したんです。それが100年後の今でもちゃんと生き残っているということが起きたんです。
それと同じぐらいのインパクトが、これから起きてくると思っているんです。キーワードは何かというと、DX、GX、AXと私は言っているんですけど。
廣瀬アナ というのは?
森永さん DX=デジタルトランスフォーメーション、GX=グリーントランスフォーメーション、そして、AXは、他の人は言ってないんですけど、AX=アートトランスフォーメーション。
●ワクワクドキドキしたモノを作り出す
廣瀬アナ アート?
森永さん アート。もうあと十数年で人工知能やロボットの能力は人間を越えると言われてるんですよ。そうすると、単にモノを作るだけは、全部人工知能とロボットがやっちゃうわけですね。そのときに企業はどう付加価値を確保するかというと、モノがモノであるゆえの付加価値じゃなくて、その上に乗っかっている、アイデアとか、センスとか、あるいは技術とか、そういうものが付加価値を持つ時代に変わっていくわけですね。
アートっていうのは、英語では技術という意味と、芸術という両方の意味を持ってるんですよ。この開放特許というのは、技術の部分の土台になるんですよ。技術がなくて、ふざけると、もう何の意味もない商品になっちゃうんですけど、きちんとした技術の上に、中小企業が持っているアイデアやセンスを乗っけるとアート作品が生まれるんですね。例えば、日本の高級車は2000万円で買えても、フェラーリは1億円超えますよね。フェラーリはアート作品なんですよ。
だから、これからは「製品を作る世の中」から「作品を作る世の中」に変わっていかないといけない。その作品のベースにはやっぱり技術がないといけないんですけど、技術だけではアートにならないんですよ。そこに、「何だ、これは?」っていう、ワクワク、ドキドキさせるモノを作り出す。それがたぶん一番得意なのは、中小企業なんですね。
廣瀬アナ 大企業ではなくて?
森永さん 例えば、世界で一番アートを得意にしているのが、フェラーリのあるイタリア。大企業はほとんどないんですよ。もう中小企業ばっかりなんです。でも、その一つ一つの中小企業が世界に通用するブランドを持っている。そういう形に日本の中小企業もどんどん発展していくといいなって思いますね。
廣瀬アナ 開放特許が、その土台に?
森永さん そうです。技術の土台。そこに中小企業が何を乗っけるかっていうのが、今、まさに問われているんだと思います。
開放特許は、本当にいい仕組みだと思うんですけど、そこに気付いた先進的な企業だけが利用してるのが、残念ながら現状だと思うんです。開放特許の認知度をもっと高めて、もっとデータベースも充実させて、もっとマッチングする人たちも充実させていかないといけないと思うんです。だからそこを、政治家の皆さん、分かってほしいな。もう余計なとこへ行かずに、中小企業の現場を回ってくださいよって、私は思っちゃうんですけどね。
廣瀬アナ ありがとうございました。