廃棄物処理業への誇り
名護市の宮里翔太さん(26歳)が取材の開口一番口にしたことばには力がこもっていました。
「廃棄物処理業界のことを、もっと多くの人に知ってほしい」
その強い思いはどこから来るのか、職場を案内してもらいながら耳を傾けました。
宮里さんは、地元にある自動車や鉄くずのリサイクルなどを行う会社に勤めています。
お父さんっ子だった宮里さん。選んだのは父親と同じ職業でした。
「小学2、3年生くらいのころ、父が働いていた会社によく遊びに行っていました。夏休みの宿題もしないで 友だちと遊びにも行かないで、ずっとお父さんの背中を追いかけて。重機に興味があったので、トラックに乗せてもらってちょっと高い景色がいいなと思ったり、カスタムパーツを解体車から集めてみたり。当時は本当にそれが楽しい日々でした。今でもこうやってリサイクルの仕事に携われて改めておもしろいなと思っています」
憧れと違った現実
しかし今、幼少期の憧れと現実とのギャップに直面しています。
「ボランティアで清掃活動などをすることがありますが、比較的、意識が高い若者が集まります。観光業、飲食業、建設業などいろいろな業種の方がいて、それぞれが自分の仕事の話をすることがあります。その時に、僕のやっている仕事の内容がなかなか分かってもらえない時があるんですよ。循環社会とよく言われますが、製造業があって、消費者がいる観光業があって、飲食業があって、そこで 消費されたものは最後、産業廃棄物や一般廃棄物として僕たちの業界がリサイクルや 適正処分をするという流れがあります。廃棄物は確実にどの業者も出しているのに、なぜか僕たちの職業というのはあまり認識されていない」
宮里さんは、同業者の仲間とともにある行動に出ます。
SDGsの視点から
自分たちの仕事の内容をSNSを使って発信することにしたのです。「業界の人だけじゃなくて、一般の人に見て知ってもらいたい」。さらに、宮里さんたちは、地元、名護市の子どもたちに出前授業を行うことにしました。キーワードはSDGs。これまでは子どもたちに重機を見せるなどして、自分たちの業界に興味を持ってもらい、将来、業界の担い手になってくれる子が出てくれば幸いだと考えてきました。しかし、今回は、業界という枠を越えて、もっと広い視点でゴミ問題に向き合ってもらうことにしました。自分たちのふるさと、沖縄の環境を守るために。
子どもたちが未来をつくる
出前授業を行ったのは名護市安和地区にある産業廃棄物の最終処分場「安和エコパーク」。これ以上はリサイクルできない廃棄物を埋め立てる場所です。やってきたのは地元、名護市の安和小学校の4年生16人。
授業の冒頭、宮里さんは「少しでもリサイクルや環境に関することを考えるきっかけになってもらえれば」と呼びかけました。
さらに、3年前に完成したこの最終処分場は半年後に4分の1のスペースが廃棄物で埋まってしまうこと、処分場のひっ迫が沖縄県の大きな課題になっていることを伝えました。
その上で、SDGsにも関係する4R(よんあーる)と呼ばれるゴミを増やさない4つの方法を紹介しました。▽レジ袋など不要なものを断る リフューズ、▽シャンプーや洗剤などを 詰め替えにしてゴミを減らす リデュース、▽繰り返し使うリユース、▽資源として再び利用するリサイクルです。
子どもたちは、自分がすぐにできることは何かを考えました。
「街にゴミが落ちていたら 拾ってゴミ箱に分別して捨てる」
「4Rを実践して環境に優しい世界にする」
子どもたちから出た素直な意見です。
出前授業をした宮里さんの手応えは。
「やってみると子どもたちは興味津々で、休み時間には僕に声をかけてくれたり質問してくれたりして、すごく興味を持ってくれたので 新しい取り組みとしていいものになったなと思っています。今後はもっとリサイクル率を増やして、最終処分場ができるだけ埋まらないような仕組みになればいいなと思います。そして、願わくば、子どもたちにこの仕事をかっこいいなと思ってもらって、 この職業に就いてくれる人が出てくればいいなと願っています」
空気のような?ゴミ処理
収集してもらうのが当たり前で、空気のようになってしまっているゴミの処理。しかし、コロナ禍であっても現場で働き続ける宮里さんような人たちがいなければ、ゴミが町中にあふれてしまうおそれがあります。ゴミがきちんと処理されることはけっして当たり前ではない。そう自覚することが、4Rに続く5つ目の方法ではないかと感じています。
記者 西銘むつみ
1992年入局 沖縄戦や基地問題など沖縄を取材し続ける