10兆円を超える沖縄への公共投資 それでも低賃金のナゼ

NHK
2022年5月2日 午後0:34 公開

沖縄では本土復帰後、国から10兆円を超える公共投資が行われ、県内の産業の1割を占めるとされる建設業はその恩恵にあずかってきたはずだった。ところが、沖縄で公共工事に携わる人たちの賃金は全国より低い水準にあるという。いったい、どこに問題があるのだろうか。

全国より高い“労務単価”

取材を始めたのはことし3月、建設や運輸の労働組合が開いた集会だった。県庁前広場に主催者の訴えが響く。

「復帰から50年、私たち県民は日本全国の中で、少ない賃金、低賃金で暮らしてきた。公共事業で本当にあるべき賃金をもらっているのか、ここに気づかなければいけない時期に来ています」

よくある労働組合の主張に聞こえるかもしれない。しかし主催者はただやみくもに賃上げを求めているわけではない。根拠となる数字がある。国は都道府県が発注する公共工事に携わる作業員の賃金の「めやす」を51の職種別、都道府県別に設定している。これを「労務単価」という。

都道府県別を比べてみると、沖縄の「労務単価」はどの職種を見ても全国平均より高く設定されていることがわかる。しかし、おととし厚生労働省が行った調査結果と比較すると、沖縄の賃金の水準は「労務単価」を大きく下回っているのだ。

作業員の賃金 業界の実態は

集会に参加したダンプカー運転手の桃原利光さんは、この道30年のベテランだ。同じくダンプカーの運転手だった父親の背中に憧れ、迷わず同じ道を選んだ。自分が工事に関わった道路が完成し、利用されているのを見ると誇りに感じるという。

しかし収入には不満を感じている。3人の子どもを育て上げたが、長男の本土の大学への進学や、中古住宅のローンなど子育て中の家計はいま以上に厳しかったと話す。

「燃料も結構、高騰していますよね。タイヤの消耗とか、今の単価では生活できないんですよ。転職しようにもこれしかできないから」

実際に県の公共工事を請け負った時の明細書を見せてもらった。

明細書はおととし(令和2年)のものだ。1時間4000円、8時間の労働で、1日の賃金3万2000円とある。これに対して当時の「労務単価」は、諸経費を含め1日6万7000円あまり。半分以下ということになる。

3万2000円には諸経費も含まれる。桃原さんによれば、平均1万2000円は燃料費に消えるため、手元に残るのは2万円程度。仕事が元請けから下請けへと発注されていく業界の構造があり、末端の業者にはなすすべがないと訴える。

「元請けから下請け、孫請けと進むにつれピンハネされているのではないかなと。仮に単価を上げるよう求めたら、業者は自分ではなく、安いところを選ぶ。そうされたら仕事が減りより大変なことになる」

沖縄県議会の議論は停滞 

桃原さんたちでつくる組合は、数年前から県議会に陳情書を提出している。国が設定した「労務単価」の80%の支払いを条例で業者に義務づけるよう求める内容だ。しかし採択される見通しは立っていないという。

県議会でこの陳情を審議する経済労働委員会の西銘啓史郎委員長は「労働者の立場から見れば条例を改正したほうがいいというのは、私も理解している」と前置きした上で、次のように話す。

「理想と現実があって、経営者側もやはりコストが上がることに対していろいろな不安もあるでしょうし、建設業に限らず、県は中小企業が多いですからね。そういう意味では本当に薄利の中でやっている中で、どこまで理想と現実のギャップを埋められるかというのが大きな課題だと思います。理想としては給与も上げてあげたいという経営者もいるでしょうし、とはいえ会社が存続しなければ雇用も守れないっていうのがありますので、その壁っていうのですかね。それは経営者としては常に苦労されてると思いますね」

さらに、西銘委員長は、業界の構造そのものを見直す必要があるのではないかとも指摘する。桃原さんも訴えていた下請け・孫請けの問題だ。

「特に建設業には、大手があって、中小があって、下請け・孫請けまでいっぱいあると思うんですよね。特に孫請けまでいくと、いろんな課題があるわけです。建設業界に限らず、メインで100をもらった人がいて、それを90で発注をして、80、70、60っていくと、最後の方々は大変やっぱり苦労するとは思います。しかし100もらった人が、100出せるかっていうと、これはなかなか厳しいと思いますし、どこかでこの、契約のあり方とか、(業界の構造)そのもの自体をどっかで議論しなきゃいけないんだろうなと」

結果は自分たちに返ってくる

公共工事に携わる作業員の賃金水準をどう担保していくのか。条例で業者に何かしらの条件をつけて賃金の引き上げを図っている自治体は、全国26の市と区にのぼる。

そのひとつが東京・世田谷区だ。7年前に条例を制定し、4月からは「労働単価」の85%を支払った業者が区の公共工事の入札で有利になるしくみを導入して条例の効果を高めようと取り組んでいる。

ただ、世田谷区も条例の制定には長い年月を要したという。区議会に条例の制定についての請願が初めて出されたのは平成14年、条例の施行は平成27年だ。区契約課の阿部辰男課長は、次のように語る。

「いわゆる経営者側と労働者側が対立するような意見が交錯するようなことは当然ありますよね。あります。ですがそこを協力することによって、それをよくかみ砕いてみると、やはりそれは相まって、お互いのためになると。それはすなわち、区全体の公共事業をよくするということにつながるわけで、その結果が自分たちに返ってくるということなので、理解が進んだうえでの条例制定の動きだと思うんです」

実際、世田谷区では「公契約適正化委員会」という区長の諮問機関を常設し、事業者側、労働者側、学識経験者などが建設的に議論する場を設けている。

この委員会で委員を務める、区内の建設会社社長にも話をきいた。

「うちも零細企業なので、うちだから大丈夫だっていうところは決してないと思います。でもやっぱり改革していかないとっていうところの思いが強くて、まずはそういうところから始まると思うんですよね。不備があれば委員会で発言して(行政側に)お伝えして、そこを変革していくっていうところで、しっかりと向き合っていきたいなと思っています」

行政がどうコミットするかのメッセージ

公共事業の条例に詳しい日本大学元教授の永山利和さんは、発注元と受注者が対等ではない業界の体質を変えていくには、現場からの声だけでなく、行政のリーダーシップが欠かせないと指摘する。

「安くすれば受注できる、あるいは安い条件をたくさん抱えた方が仕事がしやすいという経営のあり方、風土を変えていくことが 求められている。それにはやはり、行政が経済発展に対するコーチング役を担う必要があると思うんです。ここを自覚しないと、なかなか事業者を説得したり、そういう土壌の改良を進めていくことをできなくなってしまう。公契約条例というのは、行政が、現実の経済にどうコミットするかっていうメッセージなんです」

私たちの税金が投下されている公共工事。そのお金はどこにどう流れているのかを明らかにするのは、すそ野の広さ故に複雑で、困難だ。しかし、低賃金の問題を放置すれば、業界離れ、人手不足、職人が育たないといった問題はより深刻になっていく。

さらに、県民所得が全国最下位の沖縄で建設業の課題をどう解決していくのかは、県全体の課題でもある。所得の向上を実現する特効薬はない。いまできる具体策は何なのか。復帰50年の節目に、地道な一歩を踏み出せないものかと強く思う。 

記者 西銘むつみ

1992年入局。沖縄放送局では主に沖縄戦や戦後処理を継続的に取材。3年いた首都圏放送センターでは、当時の環境庁、沖縄開発庁を担当。